愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活

四馬㋟

文字の大きさ
上 下
3 / 93
本編

お姫様のライスカレー

しおりを挟む
 茶道よりも、華道よりも、舞踊よりも、料理をすることが好きだ。けれど貴族の娘が料理をするなんてとんでもないと本妻に叱責され、作った料理を目の前で捨てられてしまったその時から、自身で料理を作ることは諦めていた。もちろん嫁ぎ先でも、プロの料理人が作ったものを食べていたし、教育係の教え通り、身の回りのことは全て使用人任せにしていた。



 ――けれどこれからは好きなだけ料理ができる。



 家事は全般的にできないものの――お掃除は苦手だし、縫い物も下手くそ、一人では缶詰もろくに開けることもできないが――お料理だけならそこら辺の主婦には負けないと胡蝶は張り切っていた。



「まあ、お嬢様ったら。料理ならあたくしがいたしますから」

「好きなことをして良いと言ったのはかあさんでしょう?」

「そうでしたね、でしたら……ライスカレーはいかがです? ご飯はあたくしが炊きますから」



 いいわね、と胡蝶は目を輝かせる。

 プロの料理人が作ったものばかり食べていたので、ちょうど家庭料理を恋しく思っていたのだ。



「だったらカレー粉と小麦粉はあるかしら?」

「ございますよ。唐辛子はお使いになります?」

「そうね、辛さを調節する時に使うわ」

「刻んでご飯に混ぜてもおいしいですしね」



 さすがに牛肉はないので、豚肉で代用することにした。野菜は玉ねぎや人参、じゃがいもの他にグリンピース、残り物の南瓜も使う。それらを賽の目に切って、じゃがいもは水にさらしておく。玉ねぎをバターでキツネ色になるまで炒めて、透き通ってきたら人参を加えてさらに炒める



 ――小麦粉がダマにならないよう、気をつけなくちゃ。



 レシピは既に頭の中に入っている。

 料理ができない反動から、暇さえあれば家族に隠れて、料理本を読みふけっていたのだ。

 

 火加減に注意しつつ、たまにお佳代と談笑しながら、胡蝶は久しぶりの料理を楽しんでいた。火花がパチパチっと飛び散る音、お鍋から聞こえるぐつぐつ音、立ち上るスパイシーな香り、台所にこもった熱気――ああ、この時間がどれほど恋しかったことか。



「そろそろいいかしら」



 時間をかけてじっくり煮込んだら、最後に牛乳を加えて、塩胡椒で味を整える。

 ライスを盛ったお皿に慎重にカレーをかけていき、真ん中に半熟卵をのせたら完成だ。



「できたわ、頂きましょう」

「らっきょのお漬物も出しましょうね」



 小さなちゃぶ台に料理を並べて、差し向かいで腰を下ろす。

 いつも食事は一人で済ませていたので、誰かと一緒に食事できることが嬉しくてたまらない。



「あらま、卵がうまい具合にトロトロですわね」

「生卵をそのままのせるより、半熟にしたほうが美味しいかなと思って」



 辛さ加減もちょうど良く、卵の黄身とからめて食べるとなお美味しい。

 

 お佳代はもう少し辛いほうが好みだと言って、唐辛子を刻んで、にんにくと油で炒めたものをカレーに混ぜて食べていた。たまにらっきょの漬物を食べると、味に変化が出て、これはこれで甘酸っぱくて美味しい。夢中で食べているとじんわり汗が噴き出してきて、胡蝶はふうーと息を吐いた。



「一気に食べてしまったわ」

「大変おいしゅうございました」



 お佳代もあっという間にお皿を空にしてしまうと、直後に「ううっ」と泣き出してしまう。



「あら、そんなに辛かった?」

「いえいえ、あんなに小さかったお嬢様が、こんなに美味しい料理をお作りになられるなんて……」



 昔を思い出して、感極まってしまったらしい。



「たかがライスカレーくらいで、大げさね」

「ご立派になられて、お佳代は嬉しゅうございます」

「出戻り女でも?」

「お嬢様はまだまだお若いんですから、これからいくらでもチャンスはありますよ」



 着物の袖で佳代の涙をぬぐってやりながら、胡蝶はぼんやり考えていた。



 ――私がお佳代の、本当の娘だったら良かったのに。



 貴族の娘ではなく農家の娘に生まれていれば――けれど今は、ないものねだりをするのはよそう。隣の芝生は青く見えるものだし、貴族には貴族の苦労があるように、農家にも農家の苦労があるだろうから。



 それよりも今は、全力でこの時間を楽しもうと、頭を切り替える。



「明日から食事は全部、私が作るわね」




しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

わたしはただの道具だったということですね。

ふまさ
恋愛
「──ごめん。ぼくと、別れてほしいんだ」  オーブリーは、頭を下げながらそう告げた。  街で一、二を争うほど大きな商会、ビアンコ商会の跡継ぎであるオーブリーの元に嫁いで二年。貴族令嬢だったナタリアにとって、いわゆる平民の暮らしに、最初は戸惑うこともあったが、それでも優しいオーブリーたちに支えられ、この生活が当たり前になろうとしていたときのことだった。  いわく、その理由は。  初恋のリリアンに再会し、元夫に背負わさせた借金を肩代わりすると申し出たら、告白された。ずっと好きだった彼女と付き合いたいから、離縁したいというものだった。  他の男にとられる前に早く別れてくれ。  急かすオーブリーが、ナタリアに告白したのもプロポーズしたのも自分だが、それは父の命令で、家のためだったと明かす。    とどめのように、オーブリーは小さな巾着袋をテーブルに置いた。 「少しだけど、お金が入ってる。ぼくは不倫したわけじゃないから、本来は慰謝料なんて払う必要はないけど……身勝手だという自覚はあるから」 「…………」  手のひらにすっぽりと収まりそうな、小さな巾着袋。リリアンの借金額からすると、天と地ほどの差があるのは明らか。 「…………はっ」  情けなくて、悔しくて。  ナタリアは、涙が出そうになった。

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

処理中です...