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本編
胡蝶、離縁されて実家に戻る
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「公家の血を引くお姫様だか何だか知らないが、お前に見下されるのはもううんざりだ」
「……それはどういう意味ですか?」
「お前とは離婚する。今日中に荷物をまとめて、この家から出て行け」
「本気ですか? 旦那様、私の目を見て、おっしゃってください」
「うるさいっ、出て行けと言ったら出て行くんだっ」
顔を背けたまま怒鳴るようにして言うと、北小路清春――夫は逃げるように部屋を出て行ってしまった。行き先はわかっている。おそらく愛人のところへ向かったのだろう。胡蝶はため息をついて、自室にあるわずかばかりの私物をまとめ始めた。
――私なりに、一生懸命やってきたつもりだったけど。
18で結婚して、わずか1年で離縁されてしまうなんて。
気位が高い、愛想がない、夫に対する敬意がない――胡蝶に対する周囲の評価は厳しいものだった。けれど実家にいた頃、「美人だがしょせんは妾の子」だの「無口で根暗な娘」だのと周りから見下されていたのは胡蝶のほうだ。その上、本妻からは目の敵にされ、何かにつけて嫌がらせをされた。父親である侯爵が自分に無関心なのをいいことに、この縁談をまとめたのも本妻の仕業だ。
格下の家柄ではあるが、北小路子爵は社交的で見目麗しく、上流階級でもよく知られた青年だった。それゆえ女性関係も激しく、一時は芸者遊びにのめり込み、かなりの借金があったようだ。その借金を胡蝶の父親、花ノ宮侯爵が肩代わりする代わりに胡蝶を正妻として娶るという取り決めだったらしい。
――借金がなくなったら、私はもう用済みというわけね。
けれど夫も馬鹿ではないから、侯爵に対する言い訳くらい用意しているはず。
離婚の原因は妻に子どもができないから、とでも言うつもりなのだろう。
――子どもができなくて当然よ。
結婚当初から寝室は別にしていて、夫と夜を過ごしたことは一度もないのだから。
――最初からそのつもりだったんだわ。
ぐっと涙をこらえて、胡蝶は立ち上がった。
愛人と鉢合わせする前に、この家から出なければ。
さもないと、もっと惨めな気持ちになってしまう。
――実家に戻って、お父様に全てお話しましょう。
事情を知れば、少しくらいは同情してもらえるはず。
そう思い、重い荷物を抱えて徒歩で実家に戻った胡蝶だったが、
「旦那様にはお会いになれません」
信じられないことに、家の中にすら入れてもらえなかった。代わりに数人の使用人たちに囲まれ、車に押し込まれて、気づけば田舎道を走っていた。どうやら夫に先を越されてしまったらしい。出戻り女は一族の恥だとして、家族にも見放されてしまったようだ。
「……これから、私はどうなるの?」
「お佳代のところへ行って頂きます」
答えたのは助手席に座る女中頭だった。
ちなみに「お佳代」というのは胡蝶が9歳になるまで育ててくれた乳母のことだ。
「胡蝶様は今後一切、人前に出さないようにとの、旦那様のご命令です。これからはお佳代が胡蝶様のお世話をいたしますので、どうか外出もお控えください」
――なるほど、私を幽閉するつもりなのね。
「それはいつまで?」
「さあ。わたくしにはわかりかねます」
下手をすれば一生、家の中に閉じ込められてしまうかもしれない。けれど勘当されて、路頭に迷うよりはまだマシだと胡蝶は前向きに考えた。それに幽閉されると言っても、昔ながらの地下牢ではなく、気心知れた乳母のところに身を寄せるのだから、肩身の狭い実家にいるより、遥かに過ごしやすい。何より田舎の空気は新鮮で、食べ物も美味しい。
「わかりました、お父様の指示に従います」
内心、湧き上がる喜びを押し隠して、胡蝶は従順なふりをした。
「……それはどういう意味ですか?」
「お前とは離婚する。今日中に荷物をまとめて、この家から出て行け」
「本気ですか? 旦那様、私の目を見て、おっしゃってください」
「うるさいっ、出て行けと言ったら出て行くんだっ」
顔を背けたまま怒鳴るようにして言うと、北小路清春――夫は逃げるように部屋を出て行ってしまった。行き先はわかっている。おそらく愛人のところへ向かったのだろう。胡蝶はため息をついて、自室にあるわずかばかりの私物をまとめ始めた。
――私なりに、一生懸命やってきたつもりだったけど。
18で結婚して、わずか1年で離縁されてしまうなんて。
気位が高い、愛想がない、夫に対する敬意がない――胡蝶に対する周囲の評価は厳しいものだった。けれど実家にいた頃、「美人だがしょせんは妾の子」だの「無口で根暗な娘」だのと周りから見下されていたのは胡蝶のほうだ。その上、本妻からは目の敵にされ、何かにつけて嫌がらせをされた。父親である侯爵が自分に無関心なのをいいことに、この縁談をまとめたのも本妻の仕業だ。
格下の家柄ではあるが、北小路子爵は社交的で見目麗しく、上流階級でもよく知られた青年だった。それゆえ女性関係も激しく、一時は芸者遊びにのめり込み、かなりの借金があったようだ。その借金を胡蝶の父親、花ノ宮侯爵が肩代わりする代わりに胡蝶を正妻として娶るという取り決めだったらしい。
――借金がなくなったら、私はもう用済みというわけね。
けれど夫も馬鹿ではないから、侯爵に対する言い訳くらい用意しているはず。
離婚の原因は妻に子どもができないから、とでも言うつもりなのだろう。
――子どもができなくて当然よ。
結婚当初から寝室は別にしていて、夫と夜を過ごしたことは一度もないのだから。
――最初からそのつもりだったんだわ。
ぐっと涙をこらえて、胡蝶は立ち上がった。
愛人と鉢合わせする前に、この家から出なければ。
さもないと、もっと惨めな気持ちになってしまう。
――実家に戻って、お父様に全てお話しましょう。
事情を知れば、少しくらいは同情してもらえるはず。
そう思い、重い荷物を抱えて徒歩で実家に戻った胡蝶だったが、
「旦那様にはお会いになれません」
信じられないことに、家の中にすら入れてもらえなかった。代わりに数人の使用人たちに囲まれ、車に押し込まれて、気づけば田舎道を走っていた。どうやら夫に先を越されてしまったらしい。出戻り女は一族の恥だとして、家族にも見放されてしまったようだ。
「……これから、私はどうなるの?」
「お佳代のところへ行って頂きます」
答えたのは助手席に座る女中頭だった。
ちなみに「お佳代」というのは胡蝶が9歳になるまで育ててくれた乳母のことだ。
「胡蝶様は今後一切、人前に出さないようにとの、旦那様のご命令です。これからはお佳代が胡蝶様のお世話をいたしますので、どうか外出もお控えください」
――なるほど、私を幽閉するつもりなのね。
「それはいつまで?」
「さあ。わたくしにはわかりかねます」
下手をすれば一生、家の中に閉じ込められてしまうかもしれない。けれど勘当されて、路頭に迷うよりはまだマシだと胡蝶は前向きに考えた。それに幽閉されると言っても、昔ながらの地下牢ではなく、気心知れた乳母のところに身を寄せるのだから、肩身の狭い実家にいるより、遥かに過ごしやすい。何より田舎の空気は新鮮で、食べ物も美味しい。
「わかりました、お父様の指示に従います」
内心、湧き上がる喜びを押し隠して、胡蝶は従順なふりをした。
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