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保養地ククシル湖で旅の疲れを癒そう

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『あなたはいい子ね、アネーシャ。それに聖女としての資質も高い。歴代の聖女たちよりも、ずっと』



 真っ白な空間でふわふわ浮かびながら、アネーシャは目の前に立つ女性をぽかんと眺めた。美しい顔にスタイル抜群のプローポーション――コヤそっくりの美女だ。違うのは髪と瞳の色くらい――目の前の美女は黄金色の長い髪と瞳をしている――で、声までそっくり。



「コヤ様のお姉さん?」

『サウラと呼んでちょうだい』



 親しみやすい声を出されて、「サウラ様」と素直に呼ぶ。



『ねぇ、アネーシャ。あなたさえ良ければ、私の聖女にならない?』



 なるほど、これが俗に言う「すかうと」という奴なのだろう。

 アネーシャは慎重に口を開いた。



「見返りは?」

『あらゆる富と名声が手に入るわよ』

「……うーん」

『興味ない? だったらこの世でもっとも美しく、価値のある宝石をあげるわ』

「うーん……」

『もしくは、あなたを飛び切りの美女に変身させてあげるっていうのはどう?』

「っ……」



 思わず心が揺れたものの、「結構です。今の自分の姿で満足していますから」と強がりを言う。



「それに大事なのは、外見の美しさより心の美しさだと思うので」



『そう、あなたは私の妹のことをとても大事に思ってくれているのね。母親を慕うように、彼女のことを慕ってる。だから彼女のことを裏切らないし、裏切りたくもない』



 そこまで分かっているのなら話は早い。



『けれど妹にとっての一番は邪神ドルクで、あなたではないのよ、アネーシャ』



 幼子に言い聞かせるように言われて、アネーシャは俯いた。



『現に妹は、あの男の封印を解くつもりで動いている。アネーシャ、あなたとドラゴンスレイヤーの男を結びつけようとしているのもそのため。封印を解くためには、百人分の聖女の血――それも破瓜の血が必要だから』



 あまりのことにぶっと吹き出してしまう。

 ということは、預言書の内容が正しければ……



「私がその百人目……なんですか?」

『ええ、そう。だから妹も焦ってるの。あと少しで愛しい男に会えるだもの』



 思わず視線を遠くに向けて、現実逃避しかけるアネーシャだったが、



「邪神が目覚めたらどうなるんですか?」

『私たち神々に復讐するでしょうね。手始めに人類を滅ぼす、とか?』



 それは大変だ。

 国を救うレベルではない気がする。



「サウラ様はそれを止めるためにジェミナを私たちのところに?」



『いいえ、むしろ逆よ。ドルクの封印を解く手伝いをするため。あの男を目覚めさせて、今度こそ息の根を止めてやるわ。でないと妹の心はいつまでもあの男に囚われたまま――そんなの許せないでしょ?』



 艶然と微笑む女神の姿に、背筋がぞくっとした。



『私は父と違って、封印なんて生ぬるい手段は取らない。やるなら徹底的にやる』

「……コヤ様はそのこと」 

『気づいているでしょうね。だから私を嫌っているし、遠ざけようとしている』



 思わず黙り込むアネーシャに、『あなたはどうしたいの?』とサウラは訊ねる。



『本来、神々は守るべき制約に縛られていて、地上ではほとんど力が使えない。けれど妹は、その抜け道として聖女を作った。聖女の願いを叶えるという大義名分を得て、制限なく力をふるってる。全てはドルクの封印を解くために、あなたたちを利用しているの。不幸で可哀想な女の子たちをね。幸福という名の光を与えて、いいように操っている』



 確かに孤児院での暮らしは辛かったし、寂しくもあった。

 しかしコヤが現れた途端、生活が一変して、ただの孤児から聖女として祭り上げられた。



 欲しいものは何でも手に入ったし、周囲に大切にされて幸せだった。

 そしてその幸福感は今も続いている。



「そんなことない。現にゾマ様は違うでしょ? 聖女として一生を終えた」

『時には例外もある。次の聖女に望みを託せばいいだけ』



「でも、でも……」



『私は妹のことを大切に思っている。そしてアネーシャ、あなたも。私たちはいわば似た者同士。だから二人で力を合わせましょう。美しいコヤ・トリカを守るの。醜悪で恐ろしい邪神の手から……』



 言いながらサウラは、白い手をアネーシャに差し出す。



『この手をとって、アネーシャ。私の力が必要だと言って。そうすれば……』







 ――……ネーシャっ。







 自分を呼ぶ声が聞こえて、アネーシャははっとする。







 ――起きなさい、アネーシャ。ご飯食べに行くわよ。







「……戻らないと、コヤ様が呼んでる」

『あなたはいいの? このままで。コヤ・トリカに操られたままで』

「操ろうとしているのはあなたで、コヤ様は違う」



 サウラの誘惑を、アネーシャはきっぱりと跳ねのける。



「サウラ様がコヤ様のことをどんなに好きでも、陰でこういうことしてたら、好きになってもらえない。嫌われる一方だよ。好きな子いじめは子どものやることだって、いい加減気づいたら?」



 コヤならきっとこう言うだろうなと思い、「べー」と舌を出す。



「だから私、もう行くね。少しでも長くコヤ様といたいから」



 あ、それと、とアネーシャは思い出したように告げる。



「私は不幸でも可哀想な女の子でもないから。孤児だからって、勝手に決め付けないで」



 次の瞬間、白い空間からぱっとアネーシャの姿が消えた。



 残された太陽の女神は優しげな表情を消すと、ぼそっとつぶやく。



『子どもで悪かったわね』



 

 
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