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最後の戦いの後日譚

魔法使いの集まる場所

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 カナタが地図を頼んだ後、アントは席を立って宿屋の受付に向かった。
 その様子を眺めていると、一枚の使い古した紙を手にして戻ってきた。

「お待たせしました。これを見れば参考になるでしょう」

「ありがとうございます」

 カナタはその紙を受け取ると、じっと目を向けた。
 その地図は内陸部のもののようで海がなかった。
 国境線らしきものがいくつか走り、複数の国があることが分かる。 
 
「その中で印のあるところが現在地です」

「なるほど、これですか」

 カナタは片手で地図を手にしながら、もう片方の手で指さした。
 
「はい、それがデルナンの町。ここが魔法使いの寄り合いがあるトリムトの町です」

「……歩くには少し遠いですか?」

 縮尺は不明だが、地図上では距離が離れて見える。
 
「この地図は近隣の地域が書かれているだけなので、そこまで遠くはありません。半日もかからないでしょう」

「なるほど、それはいいですね。うん、行ってみようと思います」

「今から出れば夕方前には着けるはずです」

「色々とお世話になりました」

 カナタはペコリと頭を下げた。
 旅ではよくあることだが、ここへ戻ってくるかは分からない以上、これが別れになるかもしれないと思った。

「こちらこそ、息子を助けてもらって感謝しています。何やら訳ありのようなので、よかったらこれを使ってください」

「……これは?」

 カナタはアントから肩紐のついた大きな巾着袋のようなものを受け取った。
 
「中には食料と気持ち程度ですが、お金が入れてあります」

「それはありがたい。大事に使います」

「また、近くを通ることがあれば、気軽に立ち寄ってください。ニノも喜ぶと思います」

「はい、ぜひ!」

 二人が別れのあいさつを済ませようとしたところへ、どこからかニノがやってきた。
 カナタが立ち去るのを直感で察知したかのようなタイミングだった。

「おじさん、行っちゃうの?」

「うん、よその町へ行くつもり」

「ぼくもおじさんみたいな魔法使いになる。なって、悪いモンスターをやっつける」

「……ニノ」

 息子の頼もしい言葉を前にして、アントが目を細めた。
 カナタはそんな光景を微笑ましく感じていた。

「それでは、また。ニノはお父さんの言うことをちゃんと聞くように」

「ははっ、おじさんも元気でね」

「道中、お気をつけて」

 カナタは親子に見送られて宿を出発した。
 それから、デルナンの町を通過して、街道に向かって歩く。

 目的地であるトリムトの町までは一本道だった。
 現代社会のように道が複雑に絡み合うことはないため、道に迷うような心配はなかった。
 
「地図をコピーできたら良かったけど、そういうわけにもいかないか」

 地図を書き写すことが困難であることは明白で、紙とインクがどれぐらい貴重であるか分からない以上、安易に頼むべきではないと判断した。
 ここまでの印象ではウィリデと文化水準は同じぐらい。
 そうであるならば地図は貴重品のはずで、譲ってもらうつもりもなかった。

 カナタが考えごとをしながら歩くうちに、町を出て街道に至った。
 大小の砂利が転がる道を歩き始めると、彼の脳裏にエルネスと旅を共にした記憶がよぎった。

「悪いことをしたな。きっと、俺のことを心配しているだろうに」

 できることなら、戻って無事を伝えたい気持ちだった。
 だが、ここはウィリデからだいぶ離れているように見える。

 カナタは感傷に浸りながら、一歩ずつ前へと足を運んだ。

 街道に出たことではっきりしたのは、デルナンは田舎だったということだ。
 道の両脇には草原がどこまでも広がり、放牧中と思われる牛が散見される。
 戦乱とは無縁の牧歌的な光景に、カナタは癒されるような気持ちになった。

 元を辿れば、彼は一介のサラリーマンでしかなかった。
 魔法を覚えてからは、カルマンとの戦いや魔女との戦いに身を投じた。
 少なくとも、人生観や価値観を揺るがすようなことはなかったが、心が荒(すさ)みそうなことは何度もあった。
 カナタはのどかな風景を味わうように眺めながら、街道を歩いていった。
 
 本人の体感時間で一、二時間ほど歩いたところで、道に転がった切り株に腰を下ろした。
 荷物の中の干した果実を口にして空腹感を満たす。
 アントに渡された水筒で水分補給をしつつ、ここまでの道のりを休憩なしで歩いていた。
 

「……身体の方は大丈夫か」

 カナタは幾多の戦いを経て精神的な強さを手に入れた。
 だがしかし、髪の毛が真っ白になったことに不安を隠せなかった。
 体力の低下、何らかの異変に注意していたが、違和感は見られない。
 
 何度か右手を握っては緩めを繰り返したが、十分に力も入る。
 マナの感覚も自然な状態であり、飛ばされた世界でいうところの魔法の行使も問題なさそうだった。

「トリムトだったか。どんな町なんだろうな。ウィリデの魔術組合みたいに入りやすいといいけども」

 休憩を終えたカナタは立ち上がって移動を再開した。
  
 トリムトに近づくにつれてデルナン周辺よりも建物が多くなっていた。
 人通りも増えており、道も整備されている。

 やがて町の入り口に到達して、カナタはそのまま中に入った。   
 雑多とまではいかないものの、それなりに栄えているように見える。
 カナタはどこかウィリデに似た空気を感じながら、路地を歩いた。
    
 アントは詳しい位置を知らなかったので、彼からはだいたいこの辺りではという曖昧な説明を受けていた。
 カナタは人が集まるところなら、通り沿いにあると考えて探すことにした。
 初めて見るトリムトの町に興味を示しながら、それらしい建物を探す。

 しばらく歩くうちに一つの看板に目が向いた。
 そこには魔法使いなんちゃらと書かれている。
 こちらの世界の話し言葉はウィリデと通ずる部分が多いことから、カナタは文字を大まかに理解することは可能だった。 

「……ここみたいだ」

 カナタは少し緊張した面持ちで中に入った。
 勝手が分からず、まずは建物の奥へと歩いていく。
 初めて訪れるその場所は魔法使いの寄り合いと聞いた通り、そこかしこから魔力の気配が漂っている。
 中にいる人数はそう多くはないが、魔法使いがいることは明白だった。
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