230 / 237
最後の戦いの後日譚
魔法使いの集まる場所
しおりを挟む
カナタが地図を頼んだ後、アントは席を立って宿屋の受付に向かった。
その様子を眺めていると、一枚の使い古した紙を手にして戻ってきた。
「お待たせしました。これを見れば参考になるでしょう」
「ありがとうございます」
カナタはその紙を受け取ると、じっと目を向けた。
その地図は内陸部のもののようで海がなかった。
国境線らしきものがいくつか走り、複数の国があることが分かる。
「その中で印のあるところが現在地です」
「なるほど、これですか」
カナタは片手で地図を手にしながら、もう片方の手で指さした。
「はい、それがデルナンの町。ここが魔法使いの寄り合いがあるトリムトの町です」
「……歩くには少し遠いですか?」
縮尺は不明だが、地図上では距離が離れて見える。
「この地図は近隣の地域が書かれているだけなので、そこまで遠くはありません。半日もかからないでしょう」
「なるほど、それはいいですね。うん、行ってみようと思います」
「今から出れば夕方前には着けるはずです」
「色々とお世話になりました」
カナタはペコリと頭を下げた。
旅ではよくあることだが、ここへ戻ってくるかは分からない以上、これが別れになるかもしれないと思った。
「こちらこそ、息子を助けてもらって感謝しています。何やら訳ありのようなので、よかったらこれを使ってください」
「……これは?」
カナタはアントから肩紐のついた大きな巾着袋のようなものを受け取った。
「中には食料と気持ち程度ですが、お金が入れてあります」
「それはありがたい。大事に使います」
「また、近くを通ることがあれば、気軽に立ち寄ってください。ニノも喜ぶと思います」
「はい、ぜひ!」
二人が別れのあいさつを済ませようとしたところへ、どこからかニノがやってきた。
カナタが立ち去るのを直感で察知したかのようなタイミングだった。
「おじさん、行っちゃうの?」
「うん、よその町へ行くつもり」
「ぼくもおじさんみたいな魔法使いになる。なって、悪いモンスターをやっつける」
「……ニノ」
息子の頼もしい言葉を前にして、アントが目を細めた。
カナタはそんな光景を微笑ましく感じていた。
「それでは、また。ニノはお父さんの言うことをちゃんと聞くように」
「ははっ、おじさんも元気でね」
「道中、お気をつけて」
カナタは親子に見送られて宿を出発した。
それから、デルナンの町を通過して、街道に向かって歩く。
目的地であるトリムトの町までは一本道だった。
現代社会のように道が複雑に絡み合うことはないため、道に迷うような心配はなかった。
「地図をコピーできたら良かったけど、そういうわけにもいかないか」
地図を書き写すことが困難であることは明白で、紙とインクがどれぐらい貴重であるか分からない以上、安易に頼むべきではないと判断した。
ここまでの印象ではウィリデと文化水準は同じぐらい。
そうであるならば地図は貴重品のはずで、譲ってもらうつもりもなかった。
カナタが考えごとをしながら歩くうちに、町を出て街道に至った。
大小の砂利が転がる道を歩き始めると、彼の脳裏にエルネスと旅を共にした記憶がよぎった。
「悪いことをしたな。きっと、俺のことを心配しているだろうに」
できることなら、戻って無事を伝えたい気持ちだった。
だが、ここはウィリデからだいぶ離れているように見える。
カナタは感傷に浸りながら、一歩ずつ前へと足を運んだ。
街道に出たことではっきりしたのは、デルナンは田舎だったということだ。
道の両脇には草原がどこまでも広がり、放牧中と思われる牛が散見される。
戦乱とは無縁の牧歌的な光景に、カナタは癒されるような気持ちになった。
元を辿れば、彼は一介のサラリーマンでしかなかった。
魔法を覚えてからは、カルマンとの戦いや魔女との戦いに身を投じた。
少なくとも、人生観や価値観を揺るがすようなことはなかったが、心が荒(すさ)みそうなことは何度もあった。
カナタはのどかな風景を味わうように眺めながら、街道を歩いていった。
本人の体感時間で一、二時間ほど歩いたところで、道に転がった切り株に腰を下ろした。
荷物の中の干した果実を口にして空腹感を満たす。
アントに渡された水筒で水分補給をしつつ、ここまでの道のりを休憩なしで歩いていた。
「……身体の方は大丈夫か」
カナタは幾多の戦いを経て精神的な強さを手に入れた。
だがしかし、髪の毛が真っ白になったことに不安を隠せなかった。
体力の低下、何らかの異変に注意していたが、違和感は見られない。
何度か右手を握っては緩めを繰り返したが、十分に力も入る。
マナの感覚も自然な状態であり、飛ばされた世界でいうところの魔法の行使も問題なさそうだった。
「トリムトだったか。どんな町なんだろうな。ウィリデの魔術組合みたいに入りやすいといいけども」
休憩を終えたカナタは立ち上がって移動を再開した。
トリムトに近づくにつれてデルナン周辺よりも建物が多くなっていた。
人通りも増えており、道も整備されている。
やがて町の入り口に到達して、カナタはそのまま中に入った。
雑多とまではいかないものの、それなりに栄えているように見える。
カナタはどこかウィリデに似た空気を感じながら、路地を歩いた。
アントは詳しい位置を知らなかったので、彼からはだいたいこの辺りではという曖昧な説明を受けていた。
カナタは人が集まるところなら、通り沿いにあると考えて探すことにした。
初めて見るトリムトの町に興味を示しながら、それらしい建物を探す。
しばらく歩くうちに一つの看板に目が向いた。
そこには魔法使いなんちゃらと書かれている。
こちらの世界の話し言葉はウィリデと通ずる部分が多いことから、カナタは文字を大まかに理解することは可能だった。
「……ここみたいだ」
カナタは少し緊張した面持ちで中に入った。
勝手が分からず、まずは建物の奥へと歩いていく。
初めて訪れるその場所は魔法使いの寄り合いと聞いた通り、そこかしこから魔力の気配が漂っている。
中にいる人数はそう多くはないが、魔法使いがいることは明白だった。
その様子を眺めていると、一枚の使い古した紙を手にして戻ってきた。
「お待たせしました。これを見れば参考になるでしょう」
「ありがとうございます」
カナタはその紙を受け取ると、じっと目を向けた。
その地図は内陸部のもののようで海がなかった。
国境線らしきものがいくつか走り、複数の国があることが分かる。
「その中で印のあるところが現在地です」
「なるほど、これですか」
カナタは片手で地図を手にしながら、もう片方の手で指さした。
「はい、それがデルナンの町。ここが魔法使いの寄り合いがあるトリムトの町です」
「……歩くには少し遠いですか?」
縮尺は不明だが、地図上では距離が離れて見える。
「この地図は近隣の地域が書かれているだけなので、そこまで遠くはありません。半日もかからないでしょう」
「なるほど、それはいいですね。うん、行ってみようと思います」
「今から出れば夕方前には着けるはずです」
「色々とお世話になりました」
カナタはペコリと頭を下げた。
旅ではよくあることだが、ここへ戻ってくるかは分からない以上、これが別れになるかもしれないと思った。
「こちらこそ、息子を助けてもらって感謝しています。何やら訳ありのようなので、よかったらこれを使ってください」
「……これは?」
カナタはアントから肩紐のついた大きな巾着袋のようなものを受け取った。
「中には食料と気持ち程度ですが、お金が入れてあります」
「それはありがたい。大事に使います」
「また、近くを通ることがあれば、気軽に立ち寄ってください。ニノも喜ぶと思います」
「はい、ぜひ!」
二人が別れのあいさつを済ませようとしたところへ、どこからかニノがやってきた。
カナタが立ち去るのを直感で察知したかのようなタイミングだった。
「おじさん、行っちゃうの?」
「うん、よその町へ行くつもり」
「ぼくもおじさんみたいな魔法使いになる。なって、悪いモンスターをやっつける」
「……ニノ」
息子の頼もしい言葉を前にして、アントが目を細めた。
カナタはそんな光景を微笑ましく感じていた。
「それでは、また。ニノはお父さんの言うことをちゃんと聞くように」
「ははっ、おじさんも元気でね」
「道中、お気をつけて」
カナタは親子に見送られて宿を出発した。
それから、デルナンの町を通過して、街道に向かって歩く。
目的地であるトリムトの町までは一本道だった。
現代社会のように道が複雑に絡み合うことはないため、道に迷うような心配はなかった。
「地図をコピーできたら良かったけど、そういうわけにもいかないか」
地図を書き写すことが困難であることは明白で、紙とインクがどれぐらい貴重であるか分からない以上、安易に頼むべきではないと判断した。
ここまでの印象ではウィリデと文化水準は同じぐらい。
そうであるならば地図は貴重品のはずで、譲ってもらうつもりもなかった。
カナタが考えごとをしながら歩くうちに、町を出て街道に至った。
大小の砂利が転がる道を歩き始めると、彼の脳裏にエルネスと旅を共にした記憶がよぎった。
「悪いことをしたな。きっと、俺のことを心配しているだろうに」
できることなら、戻って無事を伝えたい気持ちだった。
だが、ここはウィリデからだいぶ離れているように見える。
カナタは感傷に浸りながら、一歩ずつ前へと足を運んだ。
街道に出たことではっきりしたのは、デルナンは田舎だったということだ。
道の両脇には草原がどこまでも広がり、放牧中と思われる牛が散見される。
戦乱とは無縁の牧歌的な光景に、カナタは癒されるような気持ちになった。
元を辿れば、彼は一介のサラリーマンでしかなかった。
魔法を覚えてからは、カルマンとの戦いや魔女との戦いに身を投じた。
少なくとも、人生観や価値観を揺るがすようなことはなかったが、心が荒(すさ)みそうなことは何度もあった。
カナタはのどかな風景を味わうように眺めながら、街道を歩いていった。
本人の体感時間で一、二時間ほど歩いたところで、道に転がった切り株に腰を下ろした。
荷物の中の干した果実を口にして空腹感を満たす。
アントに渡された水筒で水分補給をしつつ、ここまでの道のりを休憩なしで歩いていた。
「……身体の方は大丈夫か」
カナタは幾多の戦いを経て精神的な強さを手に入れた。
だがしかし、髪の毛が真っ白になったことに不安を隠せなかった。
体力の低下、何らかの異変に注意していたが、違和感は見られない。
何度か右手を握っては緩めを繰り返したが、十分に力も入る。
マナの感覚も自然な状態であり、飛ばされた世界でいうところの魔法の行使も問題なさそうだった。
「トリムトだったか。どんな町なんだろうな。ウィリデの魔術組合みたいに入りやすいといいけども」
休憩を終えたカナタは立ち上がって移動を再開した。
トリムトに近づくにつれてデルナン周辺よりも建物が多くなっていた。
人通りも増えており、道も整備されている。
やがて町の入り口に到達して、カナタはそのまま中に入った。
雑多とまではいかないものの、それなりに栄えているように見える。
カナタはどこかウィリデに似た空気を感じながら、路地を歩いた。
アントは詳しい位置を知らなかったので、彼からはだいたいこの辺りではという曖昧な説明を受けていた。
カナタは人が集まるところなら、通り沿いにあると考えて探すことにした。
初めて見るトリムトの町に興味を示しながら、それらしい建物を探す。
しばらく歩くうちに一つの看板に目が向いた。
そこには魔法使いなんちゃらと書かれている。
こちらの世界の話し言葉はウィリデと通ずる部分が多いことから、カナタは文字を大まかに理解することは可能だった。
「……ここみたいだ」
カナタは少し緊張した面持ちで中に入った。
勝手が分からず、まずは建物の奥へと歩いていく。
初めて訪れるその場所は魔法使いの寄り合いと聞いた通り、そこかしこから魔力の気配が漂っている。
中にいる人数はそう多くはないが、魔法使いがいることは明白だった。
1
お気に入りに追加
214
あなたにおすすめの小説
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
異世界チートはお手の物
スライド
ファンタジー
16歳の少年秋月悠斗は、ある日突然トラックにひかれてその人生を終えてしまう。しかし、エレナと名乗る女神にチート能力を与えられ、異世界『レイアード』へと転移するのだった。※この作品は「小説家になろう」でも投稿しています。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる