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最後の戦いの後日譚
どこか遠くの町
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草むらから街道に戻るまで、少年は辺りを警戒するような素振りを見せた。
ついさっきまで、野犬のようなモンスターに追い回されていたのだから無理もないことだろう。
彼は街道に出てからカナタの方へと振り返り、その存在を担保にした安心感を得ているように見えた。
少年は町の方へと向き直ると、子どもらしい軽やかな足取りで歩いていった。
カナタは少年の後ろを歩きながら、周囲の風景に目を向けた。
「そういえば、ウィリデはどうなったんだろう」
はるか遠い記憶のように、かの国を思い出す。
メリルたちとモンスターとの戦いを続けたまま、戻ることが叶わなかった場所。
カナタはウィリデを第二の故郷と呼べるほど大事に思っていた。
少なくとも、彼がウィリデを離れた時は平和だった。
エルネスやクルトたちと協力して、カルマンからの侵攻も防いだ。
そう考えれば、不測の事態が起きるとは考えにくい。
カナタは懐かしさと儚さを感じながら、記憶の中のウィリデを想った。
しばらく歩くうちに町の入り口が近づいていた。
少年はこちらを振り返り、明るい表情でカナタを見ている。
まるで英雄を見つめるかのように、尊敬と憧れを含んだような眼差しだった。
「おじさん、町に着いたよ」
「おじさんか……訂正する必要もないか」
カナタは小さく呟いた後、入り口の看板に目を留めた。
そこには、「メルツ共和国デルナンの町」と書かれていた。
彼の記憶にはない地名だった。
少なくとも、ウィリデからずいぶん離れていることは間違いない。
カナタが少年に歩み寄ったところで、住民と思しき男性が近づいてきた。
男性は少年に足早に駆け寄り、ひざを突いて向き合った。
「ニノ、また一人で町の外に行ったのか? モンスターが出るから一人はやめなさいと言ったのに」
「……ごめん。冒険ごっこがしたくて」
「今度からは大人と一緒に行くようにしなさい」
「はーい」
少年はニノという名前のようだ。
悪びれた様子は見せているものの、どこまで反省しているのか分からない反応だった。
カナタが倒したようなモンスターがうろついているのなら、町の外は子ども一人で出向くには危険な場所なのだ。
「……ところでニノ、この人は?」
「おじさんが野犬のモンスターから助けてくれた! 魔法が使えて凄いんだ!」
わずかな違いではあるが、ここでは魔術は魔法と呼ばれることに気づいた。
カナタは二つがどう違うか分からないものの、話の齟齬を埋めるために自分の力は魔法と表現することにした。
「息子を助けてもらい、ありがとうございました。うちは食堂と宿屋を営んでいまして、よかったら何かごちそうさせてください」
「それは助かります」
カナタが素直に応じると、ニノの父親は案内を始めた。
彼は目を覚ました時、衣服以外は何も身につけていなかった。
無一文の状態だったので、遅かれ早かれ食事をどうにかする必要があった。
「おじさん、うちでご飯を食べて、うちで泊まって、ぼくに魔法を教えて!」
「こらこら、魔法を覚えたら、一人で出て行くだろ。無理を言うんじゃない」
「ちぇっ」
ニノは父親にたしなめなられて、少ししょぼくれた。
そんな様子を見て、カナタは微笑ましいと思った。
「こちらです。一階が食堂で二階が宿になっています」
父親が説明したように二階建ての建物だった。
町の規模自体が小さめなので、そこまで大きくはない。
中へと案内されて、カナタは食堂に足を運んだ。
室内は素朴な造りだった。
全体的に木材が使われており、テーブルがいくつか並んでいる。
他国ということもあり、カナタの知る異世界の食堂とは少し雰囲気が違った。
「空いた席に座ってください。食事を用意します」
「それじゃあ、頼みます」
カナタは食堂の一角に席を見つけて、空いた椅子に腰を下ろした。
今は夕食時のようで、他の席にはちらほらと客の姿があった。
ほとんどの者は革の鎧などの防具、もしくは魔法使いが身につけていそうなローブという出で立ちだった。
町の中はそんなふうには見えなかったが、近くで戦いでもあるのかとカナタは不思議に思った。
店の雰囲気や客の様子を観察しながら待つと、ニノの父親が料理を運んできた。
「今日は肉の在庫がほとんど出てしまって、魚で申し訳ないのですが」
カナタの前に置かれたのは、焼きたてのパンと魚のグリルだった。
続けて、スープの入った小ぶりなボウルも一緒に並んだ。
「冒険者の方はたくさん食事が必要でしょうから、おかわりは遠慮なく」
ニノの父親は息子を助けられたことに心から感謝しているようだった。
彼とのやりとりの中で、カナタに一つの疑問が生じた。
「……あの、冒険者とは?」
ウィリデを出入りしたり、メリルたちと戦いに身を投じていたため、その言葉自体を知らぬわけではない。
ただ、彼は自分に向けられたその言葉が何を意味するの分からなかったのだ。
「失礼しました、魔法使いの方でしたか?」
「……ま、まあ、そんなところです」
ニノの父親と会話が微妙にすれ違いを見せていたが、ややこしいことになる前にカナタは質問に同意した。
はるか彼方から異空間を通って、飛ばされてきたとは話せなかった。
とりあえず、肩書きを魔法使いとしておけば、そこまで詮索されないと思った。
カナタは愛想笑いを浮かべながら、知らないことが多い点に不安を感じていた。
とはいえ、たずねる相手に当てもなく、まずは胃袋を満たすことを優先した。
ついさっきまで、野犬のようなモンスターに追い回されていたのだから無理もないことだろう。
彼は街道に出てからカナタの方へと振り返り、その存在を担保にした安心感を得ているように見えた。
少年は町の方へと向き直ると、子どもらしい軽やかな足取りで歩いていった。
カナタは少年の後ろを歩きながら、周囲の風景に目を向けた。
「そういえば、ウィリデはどうなったんだろう」
はるか遠い記憶のように、かの国を思い出す。
メリルたちとモンスターとの戦いを続けたまま、戻ることが叶わなかった場所。
カナタはウィリデを第二の故郷と呼べるほど大事に思っていた。
少なくとも、彼がウィリデを離れた時は平和だった。
エルネスやクルトたちと協力して、カルマンからの侵攻も防いだ。
そう考えれば、不測の事態が起きるとは考えにくい。
カナタは懐かしさと儚さを感じながら、記憶の中のウィリデを想った。
しばらく歩くうちに町の入り口が近づいていた。
少年はこちらを振り返り、明るい表情でカナタを見ている。
まるで英雄を見つめるかのように、尊敬と憧れを含んだような眼差しだった。
「おじさん、町に着いたよ」
「おじさんか……訂正する必要もないか」
カナタは小さく呟いた後、入り口の看板に目を留めた。
そこには、「メルツ共和国デルナンの町」と書かれていた。
彼の記憶にはない地名だった。
少なくとも、ウィリデからずいぶん離れていることは間違いない。
カナタが少年に歩み寄ったところで、住民と思しき男性が近づいてきた。
男性は少年に足早に駆け寄り、ひざを突いて向き合った。
「ニノ、また一人で町の外に行ったのか? モンスターが出るから一人はやめなさいと言ったのに」
「……ごめん。冒険ごっこがしたくて」
「今度からは大人と一緒に行くようにしなさい」
「はーい」
少年はニノという名前のようだ。
悪びれた様子は見せているものの、どこまで反省しているのか分からない反応だった。
カナタが倒したようなモンスターがうろついているのなら、町の外は子ども一人で出向くには危険な場所なのだ。
「……ところでニノ、この人は?」
「おじさんが野犬のモンスターから助けてくれた! 魔法が使えて凄いんだ!」
わずかな違いではあるが、ここでは魔術は魔法と呼ばれることに気づいた。
カナタは二つがどう違うか分からないものの、話の齟齬を埋めるために自分の力は魔法と表現することにした。
「息子を助けてもらい、ありがとうございました。うちは食堂と宿屋を営んでいまして、よかったら何かごちそうさせてください」
「それは助かります」
カナタが素直に応じると、ニノの父親は案内を始めた。
彼は目を覚ました時、衣服以外は何も身につけていなかった。
無一文の状態だったので、遅かれ早かれ食事をどうにかする必要があった。
「おじさん、うちでご飯を食べて、うちで泊まって、ぼくに魔法を教えて!」
「こらこら、魔法を覚えたら、一人で出て行くだろ。無理を言うんじゃない」
「ちぇっ」
ニノは父親にたしなめなられて、少ししょぼくれた。
そんな様子を見て、カナタは微笑ましいと思った。
「こちらです。一階が食堂で二階が宿になっています」
父親が説明したように二階建ての建物だった。
町の規模自体が小さめなので、そこまで大きくはない。
中へと案内されて、カナタは食堂に足を運んだ。
室内は素朴な造りだった。
全体的に木材が使われており、テーブルがいくつか並んでいる。
他国ということもあり、カナタの知る異世界の食堂とは少し雰囲気が違った。
「空いた席に座ってください。食事を用意します」
「それじゃあ、頼みます」
カナタは食堂の一角に席を見つけて、空いた椅子に腰を下ろした。
今は夕食時のようで、他の席にはちらほらと客の姿があった。
ほとんどの者は革の鎧などの防具、もしくは魔法使いが身につけていそうなローブという出で立ちだった。
町の中はそんなふうには見えなかったが、近くで戦いでもあるのかとカナタは不思議に思った。
店の雰囲気や客の様子を観察しながら待つと、ニノの父親が料理を運んできた。
「今日は肉の在庫がほとんど出てしまって、魚で申し訳ないのですが」
カナタの前に置かれたのは、焼きたてのパンと魚のグリルだった。
続けて、スープの入った小ぶりなボウルも一緒に並んだ。
「冒険者の方はたくさん食事が必要でしょうから、おかわりは遠慮なく」
ニノの父親は息子を助けられたことに心から感謝しているようだった。
彼とのやりとりの中で、カナタに一つの疑問が生じた。
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ただ、彼は自分に向けられたその言葉が何を意味するの分からなかったのだ。
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「……ま、まあ、そんなところです」
ニノの父親と会話が微妙にすれ違いを見せていたが、ややこしいことになる前にカナタは質問に同意した。
はるか彼方から異空間を通って、飛ばされてきたとは話せなかった。
とりあえず、肩書きを魔法使いとしておけば、そこまで詮索されないと思った。
カナタは愛想笑いを浮かべながら、知らないことが多い点に不安を感じていた。
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