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最後の戦いの後日譚

本当のエピローグ

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 カナタはゆっくりと目を開くと、首だけを動かして辺りの様子に目を向けた。
 その場所は死闘を繰り広げていたことが幻だったかのように静かだった。
 彼がいるのは小さな森の中で木漏れ日が差しこんでいる。
 どこからか小鳥のさえずりが耳に届いて、木々の間を通るそよ風がカナタの頬を揺らした。

 カナタは地面に横たわった状態から、両手を支えにして身体を起こした。
 黒く艶のあった髪は白一色に染まり、何らかの異変があったことを告げている。
 そう、魔女との戦いは幻ではなく、彼は自らの生命力を賭して勝負に出た。
 最後の戦いに勝利した代償として、髪の毛が白くなってしまったのだ。
 
「……あれ、ここは?」

 意識が覚醒した後もまどろみの中にいるような様子だったが、カナタは自身のおかれた状況を徐々に認識し始めた。
 決死の賭けに出たこと、戦いの途中でシモンが消滅してしまったこと。

「……そうだ、シモンが俺を……」

 カナタ自身も生命力を使ったことで、この世界から消滅する寸前だった。
 しかし、シモンが最後の力を振り絞って押しとどめた。 
 その時に空間の裂け目を通過したため、元いた場所とは異なる場所に出た。

「とりあえず、町の方へ歩いてみよう」

 森の向こうには町が見えていた。
 周辺の地理など情報を集めるには人がいるところに行った方がいい。
 彼の判断は妥当なものだった。

 カナタはその場から歩き出した。
 森を抜ける手前で湧き水の流れる泉を見つけて、喉を潤そうと近づいた。
 両手で水をすくって、何度か口に運ぶ。
 澄んだ泉は水鏡のように反射している。

「……うわっ!?」

 カナタ自身は己の変化に気づいていなかった。
 水面に映る変色した髪に手を当て、何ごとかと何度も確かめる。
 
「これはどういうことなんだ。髪は白いのに、それ以外に老化したような様子は見えないな」

 彼の中で明確な答えは出ないものの、生命力を酷使した代償だと納得した。
 ついでに顔を洗い流した後、カナタは町に向かって再び歩き出した。

 森から町までは一本道だが、街道というほど整備された道ではなかった。
 石が転がり放題で、むき出しの地面が顔を覗かせている。
 カナタはそんな道を歩きながら、周囲に視線を向けていた。
 それは少しでも状況を知ろうという意思の表れだった。

「……あれは」

 道から外れたところに人影が見えた。
 大人にしては背丈が低く、よく見ると少年が動き回っていた。

「……こんなところで何をしているんだろう」

 思考が明瞭になってきたとはいえ、カナタの頭は十分な回転をしていなかった。
 状況判断に通常よりも時間がかかっている。
 やがて彼は少年が何かに追いかけられていることに気づいた。

「あれは、モンスター……!」

 メリルと共に戦った記憶が浮かび上がる。
 気づけばカナタは走り出していた。逃げ惑う少年の元へと一直線に。

「うわぁっ!」

 近くまで来ると少年の叫びが耳に届いた。
 ふざけているわけではなく、怯えていることは明確だった。
 少年の後方に野犬のような獣が追いすがっている。

 ――全身を流れるマナに意識を向ける。

 それは何度も繰り返した呼吸のように自然な挙動。
 カナタは右手をかざして氷柱を発生させた。
 氷魔術が放たれると、獣に向かって飛んでいった。

 熟練の狙撃手のように完璧な精度だった。
 少年を巻きこむことなく、標的に直撃した。
 氷柱が野犬にぶつかるように接触すると、凍てつく冷気に覆われるように標的は活動を停止した。
 
「ふぅ、これで大丈夫かな」

 カナタは一息つくと、地面にへたりこんだ少年に近づいた。
 立ち上がれるようにそっと手を伸ばす。
 髪の色は変わっても、他人想いなところは変わっていなかった。

「……ケガはない? よく逃げ切れたね」

「あ、あっ、ありがとう……」

 少年の声は怯えるように震えていた。
 カナタのように魔術で護身ができなければ、あれぐらいの相手でも脅威に感じるのだろう。
 
「えーと、あそこの町の子?」

 カナタは確かめるように町の方を指先で示した。
 そんな彼の様子少年はじっと見つめた。

「うん、そう」

 少年は殊勝なことにカナタが命の恩人と理解できたようで、懸命に受け答えをしようとしている。
 一方のカナタは自分の立場をどう伝えればいいのか、考えながら言葉を選ぼうとしていた。

「俺は旅をしているところなんだけど、町まで案内してもらってもいい?」

「うん、分かった。ついてきて、おじさん」

「……おじさん」

 黒さを失った髪の毛が理由だと分かっていても、心とは複雑なものである。
 カナタは少年の言葉に少なからぬダメージを受けた。
 しかし、そんな素振りを見せないまま、

「じゃあ、案内よろしく」

 さわやかな声で少年に告げた。
 
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