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こんなところに異世界 ―俺は勇者じゃないとそろそろ気づいてほしい―

モンスターの抵抗

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 サスケに対していい印象はなかったものの、実際に目の前で死んでしまったことは大きな衝撃だった。彼と知り合ったばかりとはいえ、人が目の前で死ぬのは気持ちのいい出来事のわけがない。

 オーウェンは床にしゃがみこんだ状態で言葉を発しなかった。 
 悲しみに暮れる彼の影響なのか、悲壮な空気が広間に満ちているようだった。
 
 俺たちのリーダーであるオーウェンがそのような状態で先に進めるはずもなく、彼が落ち着くまで先へ進めるような雰囲気ではなかった。

 他の仲間たちは、彼の様子を見守りながら広間の中を意味もなく歩いたり、どうしていいのか分からないように見えた。俺も同じような状態だった。

「……サスケを弔ってやりたいけど、この状況だと後回しだな」
「……たしかにそうなるね」

 俺がオーウェンから離れたところで立っていると、リュートが声をかけてきた。

 この世界では土葬が中心なので、遺体を焼く必要はなかったはずだ。
 しかし、魔王との戦いが控えている以上、サスケを埋葬する時間も場所も確保できない。仕方がないが、ここに置いておくしかないだろう。

 やがて、オーウェンはおもむろに立ち上がり、サスケの遺体を広間の隅に運んだ。
 
 そして、彼は何かを決意するように「よしっ」と声を上げた。

「さあ、行こう。魔王のところへ」

 オーウェンは悲しみを拭い去るように力強い表情をしていた。
 きっと、サスケの敵を討つために戦い抜くつもりなのだろう。

 彼の強い決意に胸を打たれながら、その後に続いて広間を出た。


 先頭のオーウェンは道を知らないはずだが、淀みない足取りで先へ進んでいた。

「なあ、オーウェンのペース速すぎないか」
「うん、ちょっとそうかも」

 リュートが何気ない感じで声をかけてきた。
 彼が言うようにオーウェンはペースを上げているように見える。

 サスケのことがあったばかりで仕方がないのかもしれない。

 案内役のサスケが倒れて道が分からない状態だが、ここの構造は複雑ではなかった。
  
 通路から広間、また通路があって広間という分かりやすいルートだった。
 ただ、最初の入り口はサスケなしでは見つけられなかったと思う。

 何度も似たような道を通ってきたので、まるでデジャブのような錯覚を抱きそうになる。白髪の少女は瀕死の状態で逃げているので、また幻術を可能性が使われる可能性もゼロではない。

 再び対峙しないことを願いながら、通路を道なりに進んだ。


 ノンストップで歩き続けたが、少しずつ疲れが出てきた。
 途中でモンスターに出くわしたものの、仲間が退けてくれた。

 今までの通路に比べて長く感じる。

 マナの流れを確かめてみたが、幻術を使われた形跡はなかった。
 おそらく、初めからこの長さのようだった。

 三十分近くは歩いたと感じたところで、オーウェンから少し休もうと提案があった。

 腰を下ろせるような椅子があるはずもなく、皆壁に背中を預けて疲れを取ろうとしていた。サスケの死は未だ余韻を残しており、何となく空気が重く感じた。

 オーウェンは口を開かず、何かを考えるように虚空を見つめていた。
 他の仲間たちは静かに休んでいた。 

 俺自身、疲れが蓄積してきたので、何かを話そうという気分ではなかった。
 
 ずいぶん進んできたので、そろそろ魔王のところへたどり着くのだろう。 
 そのことを考えると気が重くなるが、考えすぎないようにした。

 ここまできて引き返すつもりはなく、仲間と協力して倒すつもりしかない。
 魔術がどこまで通用するかは未知数だが、どうにかなることを願うだけだ。


 重い沈黙が続いた後、オーウェンが出発の号令をかけた。
 俺たちはこの場を離れて移動を再開した。 

 一つ前の広間を出てから、ほとんどモンスターを見ていなかった。
 拍子抜けしてしまうような感じだった。

 こんな状態なら、このまま魔王のところへたどり着けるのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、道の先で通路の幅が広がっていた。

「……今まとで様子が違うな。みんな、気をつけてくれ」

 俺もオーウェンと同じように変化に注意すべきだと感じていた。
 魔王が控える場所へ通じているわりに守りが手薄すぎる。 

 そう考えていたら、左右の前方にいくつも扉があることに気がついた。

「……あれ、何の扉だ」

 疑問に思いつつ進んだところで、一斉に扉が開いた。
 不穏な事態に身構えると、中から次々とモンスターが現れた。

「敵の数が多そうだ。少し下がって各個撃破しよう」

 オーウェンが冷静に指示を出し、俺たちはそれに従って引き返した。

 モンスターの集団はすぐ近くに迫り、武器を持ったコボルトが近づいてくる。

「カナタ、ここで魔術は使いにくいですよ。剣でどうにか耐えてください」
「うん、わかった」

 シモンのアドバイスは的確だった。 
 ここで魔術を放ったら仲間を巻き添えにしてしまう。

「ったくもう、槍は窮屈な場所は戦いにくいんだぜ」
「この程度なら余裕ですよ」

 リュートとエレンは口々に意見を述べながら、コボルトを倒し始めた。
 二人が倒しきれないモンスターがこちらへ流れてくる。 

 腰に携えた鞘から剣を引き抜き、正面に構える。

 隣でシモンが剣を振るい、次々とコボルトが倒れていく。
 自分のところまで来ないのではと気が緩みかけたところで、次の波がやってきた。

 今度はゴブリンの集団が近づいている。
 コボルトほど圧力はないが、数と俊敏さはこちらの方が上だった。

 リュートとエレンが串刺しにして、オーウェンやシモンが斬り伏せていくが、数がどうしようもなく多い。

 そして、ついに俺のところにまで迫ってきた。

 緑色の胴体で斧のような武器を持った個体だった。
 まるで、肉食獣のように躊躇いのない殺意で向かってくる。

 動きは素早いが、とにかく防御は確実に――。
 囲まれないように周囲に注意を払いながら、単調な攻撃をかわす。

 反撃に移りたいところだが、攻撃と同時に隙が生まれそうで躊躇してしまう。

 同じゴブリンから間合いを取っていると、オーウェンがそのゴブリンを倒した。

「完全に援護はできないが、数が減るまで耐えてくれ」
「……はい」

 自然と声が震えそうになっていた。
 それぐらい前方から迫るモンスターの数は圧倒的だった。

 ここに退避せずに広い通路で戦っていたら、確実に全滅していただろう。

 手にした剣を握りしめると少しだけ力が湧いてくるような気がした。
 
 ――モンスターの勢いが落ち着くまで耐えなければ。
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