173 / 237
こんなところに異世界 ―俺は勇者じゃないとそろそろ気づいてほしい―
親衛隊長イアンの戦い
しおりを挟む
「――モンスターに囲まれた時点で趨勢は決していたか」
ダスク中心にそびえる塔の中で、イアンは呆然とした様子で呟いた。
騒乱の最中にあって彼の言葉に気を留める者は皆無だった。
イアンは淡い栗色の髪を一本に束ね、整った顔立ちで精悍な佇まいをしている。
鋼の甲冑を身にまとい、ダスクの元首たる女王から授けられた装飾のついた鞘には一振りの剣が収まっていた。
数年前から、イアンはダスク親衛隊の長として王族の警護を任されていた。
ただ、モンスターが現れるようになってからは都市の防衛が主な任務になった。
ダスクは頑強な岩壁に囲まれており、出入りは通用門からしかできない。
それに加えて門自体もかなりの強度を誇る。
難攻不落の城塞に付け入る隙はないとイアンは考えていた。
たとえ相手がモンスターであろうとも。
――しかし、この状況は楽観的な見込みだったことを強(したた)かに突きつけている。
周囲の民家からは炎が立ち上り、火の勢いは増すばかりだ。
岩石を削って作られた外壁に比べて、民家は防火性がが高くない。
建築時の利便性を考慮して材木が多く使われている。
そして、脆弱性のあるこの部分に次々と火矢が打ちこまれた。
その結果、岩壁の内側は炎に包まれて悲惨な状況に陥っている。
貴重な戦力である親衛隊の面々は市民救出と消火作業に追われて分散していた。
そこに門を打ち破って通過したモンスターが現れて苦戦を強いられている。
優れた戦力を有するはずの彼らだったが、助け合う精神が裏目に出ていた。
火の手を無視して戦えばモンスターを押し返すことは可能だったかもしれない。
しかし、その心に根づいた精神がそうはさせなかった。
「――隊長、モンスターがこちらに迫っています!」
「……女王陛下の避難は済んだか?」
「はっ! 二名の護衛と地下通路へ向かわれました」
「よしっ、そうか」
イアンは胸をなで下ろした。
“市民の被害を最小限に食い止め、女王を無事に逃がす”。
それが彼にとっての次善の策だった。
「戦力は目減りしているが、女王が無事ならば憂うことはない」
「隊長、打って出ますか?」
「ああっ、もちろんだ」
塔にいるのはイアンを含めた十人ほどの兵士のみ。
数こそまばらではあるが、彼に負けず劣らずの精兵ばかりだった。
「さあ、いこう」
「はっ!」
彼らは物見を駆け下りると、出入り口の扉を突き破るように飛び出していった。
外に出ると悲惨な状況がイアンの五感を刺激した。
民家から立ち上る赤い炎と煙、逃げ惑う人々の悲鳴。
市民を避難させながら戦う兵士の姿。
「いくぞ、我らの町を守る!」
イアンは鞘から剣を抜くと、離れた場所にいるゴブリンへ駆けていった。
ゴブリンは殺気に気づいて振り向いたが、すでに遅かった。
豪快な一振りでその首が落とされた。
それから、近くで市民を誘導していた兵士が彼に話しかけてきた。
「イアン隊長!」
「遅くなってすまない」
「女王陛下はご無事で……」
「ああっ、問題ない」
その兵士は安堵するような表情を浮かべてイアンを見た。
さらにそこへ別の兵士が慌てた様子で駆け寄ってきた。
厳しい状況を物語るように、身につけた鎧には焦げついた跡が見受けられる。
「隊長! 厳しい状況ですが、どうにか敵を食い止めています」
「十分な指揮がとれなくてすまなかった」
「いえ! お気づきかと思いますが、このままでは窮地に立たされます」
「ああっ、その通りだ」
イアンたちが上手く立ち回れば内側に侵入したモンスターは倒せるかもしれない。
しかし、その他にも外を取り囲んだモンスターがいる。
「我らが意地を見せるために、市民を犠牲にしていいものか……」
彼は周囲の状況を観察しながら、取るべき手立てを考えていた。
「よしっ、生き残った全員で外へ出よう」
「隊長、ダスクを手放すおつもりですか!?」
「これ以上粘っても犠牲が増えるだけだ。それは女王陛下も望まないはずだ」
「はっ! それでは手分けして市民を地下通路へ誘導します」
「よしっ、頼んだ。私は邪魔が入らぬようにモンスターを抑える」
イアンと仲間の兵士たちはその場を後にした。
門の方角からは次々とモンスターが侵入している。
ダスク中心にそびえる塔の中で、イアンは呆然とした様子で呟いた。
騒乱の最中にあって彼の言葉に気を留める者は皆無だった。
イアンは淡い栗色の髪を一本に束ね、整った顔立ちで精悍な佇まいをしている。
鋼の甲冑を身にまとい、ダスクの元首たる女王から授けられた装飾のついた鞘には一振りの剣が収まっていた。
数年前から、イアンはダスク親衛隊の長として王族の警護を任されていた。
ただ、モンスターが現れるようになってからは都市の防衛が主な任務になった。
ダスクは頑強な岩壁に囲まれており、出入りは通用門からしかできない。
それに加えて門自体もかなりの強度を誇る。
難攻不落の城塞に付け入る隙はないとイアンは考えていた。
たとえ相手がモンスターであろうとも。
――しかし、この状況は楽観的な見込みだったことを強(したた)かに突きつけている。
周囲の民家からは炎が立ち上り、火の勢いは増すばかりだ。
岩石を削って作られた外壁に比べて、民家は防火性がが高くない。
建築時の利便性を考慮して材木が多く使われている。
そして、脆弱性のあるこの部分に次々と火矢が打ちこまれた。
その結果、岩壁の内側は炎に包まれて悲惨な状況に陥っている。
貴重な戦力である親衛隊の面々は市民救出と消火作業に追われて分散していた。
そこに門を打ち破って通過したモンスターが現れて苦戦を強いられている。
優れた戦力を有するはずの彼らだったが、助け合う精神が裏目に出ていた。
火の手を無視して戦えばモンスターを押し返すことは可能だったかもしれない。
しかし、その心に根づいた精神がそうはさせなかった。
「――隊長、モンスターがこちらに迫っています!」
「……女王陛下の避難は済んだか?」
「はっ! 二名の護衛と地下通路へ向かわれました」
「よしっ、そうか」
イアンは胸をなで下ろした。
“市民の被害を最小限に食い止め、女王を無事に逃がす”。
それが彼にとっての次善の策だった。
「戦力は目減りしているが、女王が無事ならば憂うことはない」
「隊長、打って出ますか?」
「ああっ、もちろんだ」
塔にいるのはイアンを含めた十人ほどの兵士のみ。
数こそまばらではあるが、彼に負けず劣らずの精兵ばかりだった。
「さあ、いこう」
「はっ!」
彼らは物見を駆け下りると、出入り口の扉を突き破るように飛び出していった。
外に出ると悲惨な状況がイアンの五感を刺激した。
民家から立ち上る赤い炎と煙、逃げ惑う人々の悲鳴。
市民を避難させながら戦う兵士の姿。
「いくぞ、我らの町を守る!」
イアンは鞘から剣を抜くと、離れた場所にいるゴブリンへ駆けていった。
ゴブリンは殺気に気づいて振り向いたが、すでに遅かった。
豪快な一振りでその首が落とされた。
それから、近くで市民を誘導していた兵士が彼に話しかけてきた。
「イアン隊長!」
「遅くなってすまない」
「女王陛下はご無事で……」
「ああっ、問題ない」
その兵士は安堵するような表情を浮かべてイアンを見た。
さらにそこへ別の兵士が慌てた様子で駆け寄ってきた。
厳しい状況を物語るように、身につけた鎧には焦げついた跡が見受けられる。
「隊長! 厳しい状況ですが、どうにか敵を食い止めています」
「十分な指揮がとれなくてすまなかった」
「いえ! お気づきかと思いますが、このままでは窮地に立たされます」
「ああっ、その通りだ」
イアンたちが上手く立ち回れば内側に侵入したモンスターは倒せるかもしれない。
しかし、その他にも外を取り囲んだモンスターがいる。
「我らが意地を見せるために、市民を犠牲にしていいものか……」
彼は周囲の状況を観察しながら、取るべき手立てを考えていた。
「よしっ、生き残った全員で外へ出よう」
「隊長、ダスクを手放すおつもりですか!?」
「これ以上粘っても犠牲が増えるだけだ。それは女王陛下も望まないはずだ」
「はっ! それでは手分けして市民を地下通路へ誘導します」
「よしっ、頼んだ。私は邪魔が入らぬようにモンスターを抑える」
イアンと仲間の兵士たちはその場を後にした。
門の方角からは次々とモンスターが侵入している。
1
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
おじさんが異世界転移してしまった。
明かりの元
ファンタジー
ひょんな事からゲーム異世界に転移してしまったおじさん、はたして、無事に帰還できるのだろうか?
モンスターが蔓延る異世界で、様々な出会いと別れを経験し、おじさんはまた一つ、歳を重ねる。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?
雪詠
ファンタジー
大学受験に失敗し引きこもりになった男、石動健一は異世界に迷い込んでしまった。
特殊な力も無く、言葉も分からない彼は、怪物や未知の病に見舞われ何度も死にかけるが、そんな中吸血鬼の王を名乗る者と出会い、とある取引を持ちかけられる。
その内容は、安全と力を与えられる代わりに彼に絶対服従することだった!
吸血鬼の王、王の娘、宿敵、獣人のメイド、様々な者たちと関わる彼は、夢と希望に満ち溢れた異世界ライフを手にすることが出来るのだろうか?
※こちらの作品は他サイト様でも連載しております。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる