161 / 237
こんなところに異世界 ―俺は勇者じゃないとそろそろ気づいてほしい―
帰還と旅立ち
しおりを挟む
ケラスとの一戦を終えて町へ戻ると、漁師たちが心配そうな顔をしていた。
「三人とも無事でよかった! なかなか戻らないからどうなったかと」
駆け寄ってきたロッシが声をかけてくれた。
全身に疲労感がこみ上げているおかげで、手を上げて応えるのが精一杯だった。
俺たちはケラスのことを話しても不安にさせるだけだと思い、漁師たちに伝えるのは控えようと決めていた。
「デグラスの脅威は去ったが、再びモンスターがやってきてもおかしくない。だから、私はこの町に残る」
ゼノは俺とメリルの方を向いて言った。
最初に会った時と比べて、少し表情が柔らかくなったように見えた。
「わたしたちは次の町へ向かいます」
「他にも危険なモンスターはいるはずだ。無事を祈る」
休息を取ってから出発することもできるが、すぐに発つことに決めた。
ケラスへの危機感が高まり、どのような影響を及ぼすか気がかりだった。
タラサの町を出る時、ロッシを含む全ての漁師が見送ってくれた。
その中にはゼノの姿もあった。
そう長い期間ではなかったが、密度の濃い時間を過ごした気持ちだ。
デグラスを葬り去り、結果としてケラスを退かせることができた。
そういった成果に関しては手応えを感じる部分もある。
しかし、懸念していることもあった。
タラサのような小規模な町に、デグラスのような危険なモンスターがいた。
後から現れたケラスが例外的な存在だったとしても、さらに規模の大きな町に行けば強力な敵と戦わざるを得ないのだろう。
タラサを出発してしばらくすると、海岸線から街道につながる道が見えてきた。
「わたしの情報が確かなら、次の町までずいぶん遠かったと思います」
「たくさん歩くということだね」
身体のコンディションはいまいちだが、馬がない以上は仕方がない。
覚悟を決めて進むことにしよう。
それからメリルと長距離の移動が始まった。
何度目かの日没と夜明けを経て、タラサから遠く離れた場所までやってきた。
歩きっぱなしというわけにもいかず、事情を話して民家に泊めてもらったりしながら雨風をしのいだ。
進んだ距離に比例して、周囲の景色も変化していた。
草原の広がる平地から遠くに冠雪した山々が見える高原に移り変わっている。
タラサ周辺に比べて気温が低くなっているため、途中で毛皮の上着を購入した。
現金を持っておらず、メリルにこちらの通貨であるギニーを出してもらった。
――そして現在。俺とメリルは白い砂利の広がる山道を進んでいた。
道の脇には草花が生えて、離れたところには澄んだ小川が流れている。
「ここまでがモンスター支配の空白地帯だったかな?」
「はい、道中でお話ししたように、組織がまとめた情報ではアルヒやタラサのような辺境は緩やかな支配ですが、この先は鉱山資源などの影響から厳しい状況が続いているそうです」
ここに来るまでの間、小規模な集落はあっても町や村は見なかった。
人口が少なければあえて支配する必要もないのだろう。
……しかし、ここからは違うということか。
歩き続けるうちに、道の先に関所のようなものが見えた。
背の高い石垣で作られた壁と中央につけられた門。
モンスターが見張っているかと思いきや、門の付近には衛兵が立っていた。
「カナタさん、油断してはいけません。向こう側はモンスターの支配地域です。おそらく、あそこにいる人はモンスターの配下だと思います」
「……相手が人間だからと気を許しちゃダメだってことか」
一人だったら間違いなく気づかなかっただろう。
迂回することはできないようなので、俺たちは旅人を装って通過することを歩きながら打ち合わせた。
足を止めることなく少しずつ関所に近づいていく。
長槍を持った体格のいい衛兵がこちらに気づいた。
彼は怪訝そうな様子を見せると、ゆっくりと歩み寄ってきた。
そして、互いの距離が数メートルになると牽制するように口を開いた。
「おい、見かけない顔だな。どこからやってきた?」
「旅をしていまして、海岸線から歩いてきました」
「そんなに遠くからか。ここだけの話、関所より向こうではモンスターの監視が厳しい。旅が目的なら、引き返す方が賢明だ」
いかつい外見とは裏腹に衛兵は親切に教えてくれた。
しかし、ここまできて戻るわけにはいかない。
メリルに視線を向けると、任せろと言わんばかりに頷いた。
「危険を感じたらすぐに引き返すので通してもらえませんか?」
彼女は荷物から素早い動作で小さな布袋を取り出した。
「これは何だ?」
「開けてみてください」
「……塩か」
険しかった衛兵の表情がいくらか和らいだ気がした。
彼は無言のまま、メリルの手元から布袋を引き取った。
「どうしてもというならば止めはしない。忠告はしたからな」
「ありがとうございます」
彼は俺たちから離れて、何事もなかったかのように持ち場に戻った。
どうすべきか成り行きを見守る俺に、メリルは先へ進もうと手で合図をした。
俺は落ち着かない気持ちのまま、彼女と関所を通過した。
「この辺りは海が遠いので塩は貴重なんです」
「切り札になるのは現金だけじゃないってことか」
とにかく、衛兵が一人だけで助かった。
複数だったら話をまとめるのは手間がかかっただろう。
「三人とも無事でよかった! なかなか戻らないからどうなったかと」
駆け寄ってきたロッシが声をかけてくれた。
全身に疲労感がこみ上げているおかげで、手を上げて応えるのが精一杯だった。
俺たちはケラスのことを話しても不安にさせるだけだと思い、漁師たちに伝えるのは控えようと決めていた。
「デグラスの脅威は去ったが、再びモンスターがやってきてもおかしくない。だから、私はこの町に残る」
ゼノは俺とメリルの方を向いて言った。
最初に会った時と比べて、少し表情が柔らかくなったように見えた。
「わたしたちは次の町へ向かいます」
「他にも危険なモンスターはいるはずだ。無事を祈る」
休息を取ってから出発することもできるが、すぐに発つことに決めた。
ケラスへの危機感が高まり、どのような影響を及ぼすか気がかりだった。
タラサの町を出る時、ロッシを含む全ての漁師が見送ってくれた。
その中にはゼノの姿もあった。
そう長い期間ではなかったが、密度の濃い時間を過ごした気持ちだ。
デグラスを葬り去り、結果としてケラスを退かせることができた。
そういった成果に関しては手応えを感じる部分もある。
しかし、懸念していることもあった。
タラサのような小規模な町に、デグラスのような危険なモンスターがいた。
後から現れたケラスが例外的な存在だったとしても、さらに規模の大きな町に行けば強力な敵と戦わざるを得ないのだろう。
タラサを出発してしばらくすると、海岸線から街道につながる道が見えてきた。
「わたしの情報が確かなら、次の町までずいぶん遠かったと思います」
「たくさん歩くということだね」
身体のコンディションはいまいちだが、馬がない以上は仕方がない。
覚悟を決めて進むことにしよう。
それからメリルと長距離の移動が始まった。
何度目かの日没と夜明けを経て、タラサから遠く離れた場所までやってきた。
歩きっぱなしというわけにもいかず、事情を話して民家に泊めてもらったりしながら雨風をしのいだ。
進んだ距離に比例して、周囲の景色も変化していた。
草原の広がる平地から遠くに冠雪した山々が見える高原に移り変わっている。
タラサ周辺に比べて気温が低くなっているため、途中で毛皮の上着を購入した。
現金を持っておらず、メリルにこちらの通貨であるギニーを出してもらった。
――そして現在。俺とメリルは白い砂利の広がる山道を進んでいた。
道の脇には草花が生えて、離れたところには澄んだ小川が流れている。
「ここまでがモンスター支配の空白地帯だったかな?」
「はい、道中でお話ししたように、組織がまとめた情報ではアルヒやタラサのような辺境は緩やかな支配ですが、この先は鉱山資源などの影響から厳しい状況が続いているそうです」
ここに来るまでの間、小規模な集落はあっても町や村は見なかった。
人口が少なければあえて支配する必要もないのだろう。
……しかし、ここからは違うということか。
歩き続けるうちに、道の先に関所のようなものが見えた。
背の高い石垣で作られた壁と中央につけられた門。
モンスターが見張っているかと思いきや、門の付近には衛兵が立っていた。
「カナタさん、油断してはいけません。向こう側はモンスターの支配地域です。おそらく、あそこにいる人はモンスターの配下だと思います」
「……相手が人間だからと気を許しちゃダメだってことか」
一人だったら間違いなく気づかなかっただろう。
迂回することはできないようなので、俺たちは旅人を装って通過することを歩きながら打ち合わせた。
足を止めることなく少しずつ関所に近づいていく。
長槍を持った体格のいい衛兵がこちらに気づいた。
彼は怪訝そうな様子を見せると、ゆっくりと歩み寄ってきた。
そして、互いの距離が数メートルになると牽制するように口を開いた。
「おい、見かけない顔だな。どこからやってきた?」
「旅をしていまして、海岸線から歩いてきました」
「そんなに遠くからか。ここだけの話、関所より向こうではモンスターの監視が厳しい。旅が目的なら、引き返す方が賢明だ」
いかつい外見とは裏腹に衛兵は親切に教えてくれた。
しかし、ここまできて戻るわけにはいかない。
メリルに視線を向けると、任せろと言わんばかりに頷いた。
「危険を感じたらすぐに引き返すので通してもらえませんか?」
彼女は荷物から素早い動作で小さな布袋を取り出した。
「これは何だ?」
「開けてみてください」
「……塩か」
険しかった衛兵の表情がいくらか和らいだ気がした。
彼は無言のまま、メリルの手元から布袋を引き取った。
「どうしてもというならば止めはしない。忠告はしたからな」
「ありがとうございます」
彼は俺たちから離れて、何事もなかったかのように持ち場に戻った。
どうすべきか成り行きを見守る俺に、メリルは先へ進もうと手で合図をした。
俺は落ち着かない気持ちのまま、彼女と関所を通過した。
「この辺りは海が遠いので塩は貴重なんです」
「切り札になるのは現金だけじゃないってことか」
とにかく、衛兵が一人だけで助かった。
複数だったら話をまとめるのは手間がかかっただろう。
1
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
おじさんが異世界転移してしまった。
明かりの元
ファンタジー
ひょんな事からゲーム異世界に転移してしまったおじさん、はたして、無事に帰還できるのだろうか?
モンスターが蔓延る異世界で、様々な出会いと別れを経験し、おじさんはまた一つ、歳を重ねる。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?
雪詠
ファンタジー
大学受験に失敗し引きこもりになった男、石動健一は異世界に迷い込んでしまった。
特殊な力も無く、言葉も分からない彼は、怪物や未知の病に見舞われ何度も死にかけるが、そんな中吸血鬼の王を名乗る者と出会い、とある取引を持ちかけられる。
その内容は、安全と力を与えられる代わりに彼に絶対服従することだった!
吸血鬼の王、王の娘、宿敵、獣人のメイド、様々な者たちと関わる彼は、夢と希望に満ち溢れた異世界ライフを手にすることが出来るのだろうか?
※こちらの作品は他サイト様でも連載しております。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる