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こんなところに異世界 ―俺は勇者じゃないとそろそろ気づいてほしい―

デグラスとの決戦

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 家の中に招き入れてくれた青年はロッシと名乗った。
 
 コボルトが他にもいると教わり、夜明けまで待たせてくれることになった。
 俺とメリルがお腹を空かせているように見えたようで、魚介の入った温かいスープまでごちそうしてくれた。

「漁の収穫はほとんどデグラスに持っていかれるから、小ぶりの魚、あとはエビやカニをかろうじて食べられる状態さ。以前は漁業で栄えていたのに、最近は生活が苦しくなる一方だよ」

 ロッシの言葉が独裁者に支配された国民のように聞こえた。
 とにもかくにも、圧政を強いられたように漁獲を搾り取られて大変なようだ。

 情報交換を兼ねた食事が終わってから、俺とメリルは用意してもらった部屋で仮眠を取りながら夜が明けるのを待った。



 気がつくと、窓から朝の陽射しが入りこんでいた。

 床に腰を下ろしたままだったので、身体の節々が固くなっているように感じる。
 ベッドはなかったが、休ませてもらえただけで十分だった。

 ロッシに断りを入れて屋内の水場で顔を洗い、簡単に身支度を整えた。
 メリルは女性のわりに身なりに頓着しないように感じていたが、旅の荷物から布のようなものを取り出して、部屋の片隅で身体を拭いていた。

 満足な設備がないことに慣れているようで、鏡がない状況でも髪の毛を器用に揃えていたのには驚かされた。
 彼女の整った顔立ちには後ろで一本にまとめられた髪型がよく似合うと思った。
 
 やがて、ロッシが出かける時間が来たようだった。

「オレは漁の仕事があるから、そろそろ家を出るよ。……本当にデグラスを倒すつもりなら応援したい気持ちなんだ」
  
 彼は日に焼けた顔で微笑むと、足早に出ていった。

「ロッシのためにもデグラスを何とかしたいな」
「デグラスの手の内が見えないのは悩ましい限りです」
「最初のオークはメリルたちが調査した後だし、ゴブリンは隙だらけだったからいいけれど、デグラスは不穏な感じがするよね」

 ここまでは単純なモンスターばかりだった。
 しかし、コボルトに監視をさせていたりして、デグラスに真っ向勝負を挑んでいいものか判断が難しかった。

「日中はコボルトがいないみたいなので、まずは港でデグラスを調査しましょう」
「そうだね、とにかく観察するしないか」
 
 俺たちはロッシの家を出て、港に向かって歩き始めた。

 少しして目的地に到着すると漁師たちが集められていた。
 きっちりと整列させられていて、デグラスが何かを話している。

「わたくしの可愛いコボルトたちが昨夜から行方不明です。まさか、漁師のあなたたちに殺せるとは思いませんが……何か知っていることがあるなら、早く話した方が身のためです」

 デグラスは冷淡な様子で漁師たちに投げかけた。
 その中にロッシもいるので、彼が制裁を受けないことを願うばかりだ。

「まだ様子を見た方がいいかな?」
「……難しいところです。迂闊に攻めれば反対に討たれる可能性もあります」

 メリルの言う通りだと思った。
 ゼノが協力する可能性は低く、二人だけで倒せるのか読めない状況だった。
 
「――私たちに疑いをかけるのはやめてもらおうか」
 
 俺たちが話し合っているとゼノが声を上げた。

「おやっ、何ですか? 逆らうつもりなら今度は容赦しませんよ」
 
 デグラスは細身の眼鏡の縁に手を当てると、挑戦的な口調で言い放った。 
 その身から放たれる殺気が、ただの脅しではないことを表していた。
 
「……このまま沈黙を続けたとして、誰かしら処刑するつもりなのだろう?」
 
 ゼノは冷静な様子で言い終えた後、どこからか取り出したナイフでデグラスに襲いかかった。それは一瞬の出来事だった。

 彼の一撃は敵を切り裂き、傷を負わせることに成功したように見えた。
 デグラスの衣服に縦の切れ目が入り、そこから血のようなものが滲んでいる。

「アホ、アホ、人間にやられたー。カカカッ、マヌケ、お前の母ちゃんブタ」
 
 デグラスの肩に乗った黒い鳥がそんなことを喚き散らした。
 攻撃を受けたこと加えて罵詈雑言が響き、デグラスは殺気を強めていた。

「――お黙りなさい」

 やつがそう言い放つと、黒い鳥は何事もなかったかのように静かになった。
 デグラスはすぐに反撃せず、ゼノを睨みつけた。

「ふんっ、人間ごときが。逆らったことを後悔して死ぬがいい」

 デグラスは鞘から抜いた大ぶりの剣を構えると、怒涛の速さで攻撃を仕掛けた。
 ナイフ一本しかないゼノはすぐに武器を弾かれてしまった。

「……これ以上は見てられない。メリル、助けに行こう」
「はい!」

 物陰から飛び出すと、すぐさまデグラスに向けて火球を放った。
 二つ、三つと勢いよく標的に向かって飛んでいった。
 
「おやっ、何者ですか?」

 デグラスは動揺する様子を見せてから、反射的な動作でこちらを向いた。
 そこへ火の魔術が直撃する。

「……あれ?」

 初めての出来事だった。
 当たるはずだった火球が全てデグラスの手前で消滅してしまった。

「アホー、アホー、オレには魔術は効かない」

 黒い鳥がこちらをあざ笑うかのように喚いた。

「メリル、厄介な敵と戦わなければいけないみたいだ」
「ふふっ、それでも全力で協力します」

 彼女も魔術が無力化された様子を見たはずなのに気丈に言いきった。
 一筋縄で上手くいかないなら、何らかの策を講じなければならない。
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