155 / 237
こんなところに異世界 ―俺は勇者じゃないとそろそろ気づいてほしい―
海と猟師とモンスターの町
しおりを挟む
途中で休憩を挟みながら歩き続けると、草原の向こうに大海原が見えた。
「おっ、海だ!」
こちらの世界に来てから初めて見る光景だった。
ウィリデ、フォンス、カルマン、どの国に行っても海の気配はなかった。
緩やかな風に乗って潮の匂いが漂ってきた。
それは海が存在していることを実感させる香りだった。
「珍しいですか?」
メリルがきょとんとした顔で言った。
「うん、あんまり見る機会がなかったからね」
「こんな状況ですが、カナタさんが喜ぶところを見れてよかったです」
今更だが、メリルには別の世界から来たことを話していなかった。
転移装置のことや日本のことを話してもややこしくなるだけなので、あえて説明することはやめておこう。
それからさらに進むと前方に白亜の崖と海岸線が伸びて、そのまた向こうに町らしきものが見えていた。
「あそこに見えるのがタラサの町です」
「特に周囲を囲うものがないから、モンスターからは丸見えだよ」
「ご安心を。それに備えて隠し通路を調査済みです」
「なるほど、それなら目立たずに行けそうだ」
これまでの町に比べて色彩豊かで明るそうな町に見えたので、モンスターが支配する暗い雰囲気が想像しづらかった。
やがてメリルの案内で隠し通路の入り口に到着した。
「ええと、ここが入り口?」
「はい、これを持ち上げると――」
草がまとまって生えた一角にメリルが手を伸ばした。
それから、大きな蓋のように置かれた石を横にずらした。
「中は暗いと思うので、カナタさんが先に行って頂けると助かります」
「……うん、わかった。それじゃあ仕方ないね」
正面に進むと丸い暗闇がポッカリと口を開けていた。
さすがに、この中を照明なしで進むのは不可能に近い。
「中に進むから、後方の警戒は頼んだよ」
「はい、お任せください」
左手で火の魔術を発動して、暗闇の中を歩き始めた。
少し進んだところで、後ろから入り口を閉じる音がした。
「暗くなりますが、バレないために閉めておきます」
「それはそうだよね、オッケー……」
この空間が湿っぽくてカビ臭いせいか、やや勢いが削がれた。
不快指数が上がり続けるので、早く出口にたどり着きたい。
俺は気を紛らわすために、メリルと話すことにした。
「こういうところって、モンスターが出そうだけど?」
「いえ、コウモリはいるかもしれませんが、モンスターはいないと思います。彼らの役割は人間を支配することですから」
どうやら、野生動物とモンスターは別物のようだ。
たしかにゴブリンは動物よりも魔物と呼ぶ方が正しいだろう。
地下空間の様子に意識を向けるとむき出しの土が壁になっており、板や杭で生き埋め防止策を施した後が見受けられる。
まるでモグラになったような気分だった。
ゴブリンたちの巣窟よりも狭いので、背中を曲げなければいけないのも不便だ。
俺は魔術の炎を頼りにしながら、ゆっくりしたペースで進んだ。
距離にして数十メートル――あるいはそれ以上――は移動したところで、左手に階段があった。地上に向かって斜めに伸びている。
俺はメリルに確認してから、その階段を上がった。
高さはそこまでなく、何段か進んだところで天井に差しかかった。
魔術を発動中の左手を近づけると、それが板状の何かということが分かった。
そのまま魔術で照らした状態で、横に動かせないか右手を伸ばした。
カタンと音がして、簡単に動かせた。
フタがあった向こう側は、どこかの室内につながっているようだ。
俺は火の魔術を消して、両手を使いながら中に上がった。
先に入った後、メリルに手を貸した。
「――ここは?」
「民家につながっているという情報でしたが……」
日光がほとんど差しこまない薄暗い部屋だった。
床板は劣化で穴が空いたりしていて、椅子やテーブルなどの家具は使用不能なほどにボロくなっている。
二、三人ぐらいの家族なら生活できそうな広さだが、至るところに埃が積もって住人がいるようには見えない。
部屋には何個か窓がついているが、ガラスが割れて空洞になっている。
そこから外の様子を慎重に覗くと周囲には民家が立ち並び、町の中に到達できたことを確認した。
「モンスターに気づかれずに入れたけど、これからどうしよう?」
「潜入している仲間がいるようなのですが、夜が来るのを待ちましょう。日が暮れる頃にはモンスターは帰るはずです」
彼女の言うように夜になれば目立ちにくい。
それにゴブリンやオークの様子を見た限り、人間を見下して油断している。
今のところ、モンスターの間で情報が行き渡っている様子は見られなかったので暗闇に乗じて行動すれば見つかるリスクは低いはずだ。
廃屋に到着してからいくらか時間がすぎた。
日が暮れるまでまだまだかかりそうだ。
外がずいぶん静かだったので、少しだけ様子を見に行くことをメリルに提案すると同意してくれた。
まずは窓の部分から外を確認して、周りに危険がないことを確認。
メリルは機敏な動きで扉の外に出ると来るように合図を送ってきた。
俺はそれに頷いて彼女に続いた。
こんなふうにこそこそせずに魔術で大立ち回りすれば、この辺りにいるぐらいのモンスターなら余裕で倒せるかもしれない。キングゴブリンも強敵ではなかった。
しかし、解放のための戦いはメリルとその仲間たちのものであり、部外者の俺が主体的に動くのは何か違う気がした。
そんなことを考えながら、民家と民家の間を息を潜めながら移動した。
「おっ、海だ!」
こちらの世界に来てから初めて見る光景だった。
ウィリデ、フォンス、カルマン、どの国に行っても海の気配はなかった。
緩やかな風に乗って潮の匂いが漂ってきた。
それは海が存在していることを実感させる香りだった。
「珍しいですか?」
メリルがきょとんとした顔で言った。
「うん、あんまり見る機会がなかったからね」
「こんな状況ですが、カナタさんが喜ぶところを見れてよかったです」
今更だが、メリルには別の世界から来たことを話していなかった。
転移装置のことや日本のことを話してもややこしくなるだけなので、あえて説明することはやめておこう。
それからさらに進むと前方に白亜の崖と海岸線が伸びて、そのまた向こうに町らしきものが見えていた。
「あそこに見えるのがタラサの町です」
「特に周囲を囲うものがないから、モンスターからは丸見えだよ」
「ご安心を。それに備えて隠し通路を調査済みです」
「なるほど、それなら目立たずに行けそうだ」
これまでの町に比べて色彩豊かで明るそうな町に見えたので、モンスターが支配する暗い雰囲気が想像しづらかった。
やがてメリルの案内で隠し通路の入り口に到着した。
「ええと、ここが入り口?」
「はい、これを持ち上げると――」
草がまとまって生えた一角にメリルが手を伸ばした。
それから、大きな蓋のように置かれた石を横にずらした。
「中は暗いと思うので、カナタさんが先に行って頂けると助かります」
「……うん、わかった。それじゃあ仕方ないね」
正面に進むと丸い暗闇がポッカリと口を開けていた。
さすがに、この中を照明なしで進むのは不可能に近い。
「中に進むから、後方の警戒は頼んだよ」
「はい、お任せください」
左手で火の魔術を発動して、暗闇の中を歩き始めた。
少し進んだところで、後ろから入り口を閉じる音がした。
「暗くなりますが、バレないために閉めておきます」
「それはそうだよね、オッケー……」
この空間が湿っぽくてカビ臭いせいか、やや勢いが削がれた。
不快指数が上がり続けるので、早く出口にたどり着きたい。
俺は気を紛らわすために、メリルと話すことにした。
「こういうところって、モンスターが出そうだけど?」
「いえ、コウモリはいるかもしれませんが、モンスターはいないと思います。彼らの役割は人間を支配することですから」
どうやら、野生動物とモンスターは別物のようだ。
たしかにゴブリンは動物よりも魔物と呼ぶ方が正しいだろう。
地下空間の様子に意識を向けるとむき出しの土が壁になっており、板や杭で生き埋め防止策を施した後が見受けられる。
まるでモグラになったような気分だった。
ゴブリンたちの巣窟よりも狭いので、背中を曲げなければいけないのも不便だ。
俺は魔術の炎を頼りにしながら、ゆっくりしたペースで進んだ。
距離にして数十メートル――あるいはそれ以上――は移動したところで、左手に階段があった。地上に向かって斜めに伸びている。
俺はメリルに確認してから、その階段を上がった。
高さはそこまでなく、何段か進んだところで天井に差しかかった。
魔術を発動中の左手を近づけると、それが板状の何かということが分かった。
そのまま魔術で照らした状態で、横に動かせないか右手を伸ばした。
カタンと音がして、簡単に動かせた。
フタがあった向こう側は、どこかの室内につながっているようだ。
俺は火の魔術を消して、両手を使いながら中に上がった。
先に入った後、メリルに手を貸した。
「――ここは?」
「民家につながっているという情報でしたが……」
日光がほとんど差しこまない薄暗い部屋だった。
床板は劣化で穴が空いたりしていて、椅子やテーブルなどの家具は使用不能なほどにボロくなっている。
二、三人ぐらいの家族なら生活できそうな広さだが、至るところに埃が積もって住人がいるようには見えない。
部屋には何個か窓がついているが、ガラスが割れて空洞になっている。
そこから外の様子を慎重に覗くと周囲には民家が立ち並び、町の中に到達できたことを確認した。
「モンスターに気づかれずに入れたけど、これからどうしよう?」
「潜入している仲間がいるようなのですが、夜が来るのを待ちましょう。日が暮れる頃にはモンスターは帰るはずです」
彼女の言うように夜になれば目立ちにくい。
それにゴブリンやオークの様子を見た限り、人間を見下して油断している。
今のところ、モンスターの間で情報が行き渡っている様子は見られなかったので暗闇に乗じて行動すれば見つかるリスクは低いはずだ。
廃屋に到着してからいくらか時間がすぎた。
日が暮れるまでまだまだかかりそうだ。
外がずいぶん静かだったので、少しだけ様子を見に行くことをメリルに提案すると同意してくれた。
まずは窓の部分から外を確認して、周りに危険がないことを確認。
メリルは機敏な動きで扉の外に出ると来るように合図を送ってきた。
俺はそれに頷いて彼女に続いた。
こんなふうにこそこそせずに魔術で大立ち回りすれば、この辺りにいるぐらいのモンスターなら余裕で倒せるかもしれない。キングゴブリンも強敵ではなかった。
しかし、解放のための戦いはメリルとその仲間たちのものであり、部外者の俺が主体的に動くのは何か違う気がした。
そんなことを考えながら、民家と民家の間を息を潜めながら移動した。
1
お気に入りに追加
214
あなたにおすすめの小説
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
異世界チートはお手の物
スライド
ファンタジー
16歳の少年秋月悠斗は、ある日突然トラックにひかれてその人生を終えてしまう。しかし、エレナと名乗る女神にチート能力を与えられ、異世界『レイアード』へと転移するのだった。※この作品は「小説家になろう」でも投稿しています。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる