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こんなところに異世界 ―俺は勇者じゃないとそろそろ気づいてほしい―

海と猟師とモンスターの町 

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 途中で休憩を挟みながら歩き続けると、草原の向こうに大海原が見えた。

「おっ、海だ!」

 こちらの世界に来てから初めて見る光景だった。
 ウィリデ、フォンス、カルマン、どの国に行っても海の気配はなかった。

 緩やかな風に乗って潮の匂いが漂ってきた。
 それは海が存在していることを実感させる香りだった。

「珍しいですか?」

 メリルがきょとんとした顔で言った。

「うん、あんまり見る機会がなかったからね」
「こんな状況ですが、カナタさんが喜ぶところを見れてよかったです」

 今更だが、メリルには別の世界から来たことを話していなかった。
 転移装置のことや日本のことを話してもややこしくなるだけなので、あえて説明することはやめておこう。

 それからさらに進むと前方に白亜の崖と海岸線が伸びて、そのまた向こうに町らしきものが見えていた。

「あそこに見えるのがタラサの町です」
「特に周囲を囲うものがないから、モンスターからは丸見えだよ」
「ご安心を。それに備えて隠し通路を調査済みです」
「なるほど、それなら目立たずに行けそうだ」

 これまでの町に比べて色彩豊かで明るそうな町に見えたので、モンスターが支配する暗い雰囲気が想像しづらかった。

 やがてメリルの案内で隠し通路の入り口に到着した。

「ええと、ここが入り口?」 
「はい、これを持ち上げると――」

 草がまとまって生えた一角にメリルが手を伸ばした。
 それから、大きな蓋のように置かれた石を横にずらした。

「中は暗いと思うので、カナタさんが先に行って頂けると助かります」
「……うん、わかった。それじゃあ仕方ないね」

 正面に進むと丸い暗闇がポッカリと口を開けていた。
 さすがに、この中を照明なしで進むのは不可能に近い。

「中に進むから、後方の警戒は頼んだよ」
「はい、お任せください」

 左手で火の魔術を発動して、暗闇の中を歩き始めた。
 少し進んだところで、後ろから入り口を閉じる音がした。

「暗くなりますが、バレないために閉めておきます」
「それはそうだよね、オッケー……」

 この空間が湿っぽくてカビ臭いせいか、やや勢いが削がれた。
 不快指数が上がり続けるので、早く出口にたどり着きたい。

 俺は気を紛らわすために、メリルと話すことにした。

「こういうところって、モンスターが出そうだけど?」
「いえ、コウモリはいるかもしれませんが、モンスターはいないと思います。彼らの役割は人間を支配することですから」

 どうやら、野生動物とモンスターは別物のようだ。
 たしかにゴブリンは動物よりも魔物と呼ぶ方が正しいだろう。

 地下空間の様子に意識を向けるとむき出しの土が壁になっており、板や杭で生き埋め防止策を施した後が見受けられる。

 まるでモグラになったような気分だった。
 ゴブリンたちの巣窟よりも狭いので、背中を曲げなければいけないのも不便だ。

 俺は魔術の炎を頼りにしながら、ゆっくりしたペースで進んだ。

 距離にして数十メートル――あるいはそれ以上――は移動したところで、左手に階段があった。地上に向かって斜めに伸びている。 

 俺はメリルに確認してから、その階段を上がった。
 高さはそこまでなく、何段か進んだところで天井に差しかかった。

 魔術を発動中の左手を近づけると、それが板状の何かということが分かった。
 そのまま魔術で照らした状態で、横に動かせないか右手を伸ばした。

 カタンと音がして、簡単に動かせた。
 フタがあった向こう側は、どこかの室内につながっているようだ。

 俺は火の魔術を消して、両手を使いながら中に上がった。
 先に入った後、メリルに手を貸した。
 
「――ここは?」
「民家につながっているという情報でしたが……」

 日光がほとんど差しこまない薄暗い部屋だった。
 床板は劣化で穴が空いたりしていて、椅子やテーブルなどの家具は使用不能なほどにボロくなっている。
 
 二、三人ぐらいの家族なら生活できそうな広さだが、至るところに埃が積もって住人がいるようには見えない。 

 部屋には何個か窓がついているが、ガラスが割れて空洞になっている。
 そこから外の様子を慎重に覗くと周囲には民家が立ち並び、町の中に到達できたことを確認した。

「モンスターに気づかれずに入れたけど、これからどうしよう?」
「潜入している仲間がいるようなのですが、夜が来るのを待ちましょう。日が暮れる頃にはモンスターは帰るはずです」

 彼女の言うように夜になれば目立ちにくい。
 それにゴブリンやオークの様子を見た限り、人間を見下して油断している。

 今のところ、モンスターの間で情報が行き渡っている様子は見られなかったので暗闇に乗じて行動すれば見つかるリスクは低いはずだ。



 廃屋に到着してからいくらか時間がすぎた。
 日が暮れるまでまだまだかかりそうだ。

 外がずいぶん静かだったので、少しだけ様子を見に行くことをメリルに提案すると同意してくれた。
   
 まずは窓の部分から外を確認して、周りに危険がないことを確認。
 メリルは機敏な動きで扉の外に出ると来るように合図を送ってきた。

 俺はそれに頷いて彼女に続いた。

 こんなふうにこそこそせずに魔術で大立ち回りすれば、この辺りにいるぐらいのモンスターなら余裕で倒せるかもしれない。キングゴブリンも強敵ではなかった。

 しかし、解放のための戦いはメリルとその仲間たちのものであり、部外者の俺が主体的に動くのは何か違う気がした。

 そんなことを考えながら、民家と民家の間を息を潜めながら移動した。
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