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揺れる異世界 ―戦乱のフォンス編―

戦地へ赴く者

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 手にしたカップを机において、リサの方を向いた。
 彼女はクリーム色のしっとりしたケーキを食べているところだった。

「この店が好きなのね」
「店もいいけど、このお茶が好きなんだ」
「あらそう、私は飲んだことないな」

 俺はカップを持ってリサの席に移動した。
 
「カルマンの件は大変みたいね」
「今日もそれでフォンスに行ってきた」
「へえ、お疲れさま。何だかウィリデの国民みたい」

 リサにそう言われて悪い気はしなかった。
 報告に同席できない状態だが、それなりに溶けこめている実感がある。

「あっ、そうだ。カナタに渡す物があるのよ」
「んっ、何? どんな物かな」
「ちょっと待って」

 彼女は服の胸ポケットから何かを取り出した。
 それは丈夫そうな緑の蔦で作られた腕輪のような物だった。

「大きさ大丈夫かしら? ちょっとつけてみて」
「う、うん」

 リサがその腕輪を通してくれた。
 彼女の指先は透き通るような白色で美しい肌だった。

「どうきつくない?」
「ううん、ちょうどいいよ」

 手首を回してみたが、ちょうどつけ根のところで引っかかる。
 これなら、うっかり落とさずに済みそうだ。

「リサ、ありがとう」
「うん、どういたしまして」

 彼女はその白い頬を少し紅色に染めていた。
 一方の俺はふわふわと浮足立ちそうな心地になっている。

「魔術部隊に入ったってことは戦いに行くかもしれないのよね?」
「そうだね、その可能性はあるかな」
「気をつけてね」
「うん、ありがとう」

 それからしばらくして、リサは用事があるので離れていった。
 彼女が行ってから、俺は何度も腕輪を眺めていた。

 同じ場所でエルネスを待っていると、夕暮れ時に彼がやってきた。

「お待たせしました」
「いえいえ、お疲れさまです」

 エルネスは疲れた様子を見せず、椅子に腰かけた。

「あら、エルネス様。先日は魔術組合で依頼を受けて頂いてありがとうございました。こちらは私からのサービスです。よかったらどうぞ」

 彼の存在に素早く気づき、店員の女性が飲み物を運んできた。
 俺が飲んでいるハーブティーとは違い、紅茶のような見た目をしている。

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。また何かあれば遠慮なくお越しください」
「はい、それではごゆっくりどうぞ」

 クラシカルなメイド服を身につけた女性店員は去っていった。
 エルネスはにこやかな表情で飲み物を口にした。

「ええ、それでは連絡事項があるのでお伝えします」
「はい」
「報告は無事完了して、フォンスへの援軍に関する話し合いがありました」

 エルネスの言葉に緊張を覚えた。
 はたして、どうなったのだろう。

「明朝、僕とカナタさんを合わせた四人でフォンスの前線に向かいます」
「四人ですか、ずいぶん絞った人数ですね」

 皮肉のつもりはなく、率直な感想だった。

「マナ強化された馬が四頭いるので四人です。二人がけで一頭に乗るのは森を抜けるのに危険ということで、一人一頭にするということに決まりました」
「残りの二人は誰なんですか?」
「魔術部隊から援軍に出されるので、当然上級魔術師です。明日には顔を合わせるので、その時に自己紹介をすれば大丈夫だと思います」

 たしかに、顔が広いわけではないので名前だけ聞かされても困ってしまう。
 どんな人か気になるところだが、明日分かるのならそれで構わない。
 
 俺たちはいくつか言葉を交わした後、解散して互いの帰路についた。
 
 その後は何となく上の空のまますごした。
 
 フランツの店で夕食をとって、宿舎に帰ってからミチルと会話をした。
 ベッドで横になってからそこまでのことは覚えていたが、細部を思い出すことができなかった。

 いよいよ、前線に向かうことになった。
 少し前のように戦わなければならないかと考えると、全身に緊張感が走る。

 本格的なカルマンの侵攻を前にして、自分はどこまでの働きができるのかという不安が大きくのしかかる。上級魔術師になったばかりで、実戦経験も一度だけ。

 ただ、カルマンのことを見過ごせば、いずれウィリデに攻め入ってくる可能性も十分にありえる。それだけは防がなければならない。

 きっと、クルトも祖国を守ろうと必死に戦っているのだろう。
 彼の懸命さは感心しているし、できることなら力になりたいと思う。

 俺はなかなか寝つけないまま、長い時間をベッドの上で横になってすごした。


 翌朝、荷物の確認をしてから、待ち合わせ場所に向かった。
 城門前には、エルネスの姿があった。

「おはようございます」
「カナタさん、おはようございます。あとの二人はそろそろ来るはずです」

「エルネスちゃん、おはよう」
「これはこれは異国の方にエルネス、おはようございます」

 一見、頼りなさそうに見えるエルフの少女と体格のいい青年が現れた。

「カナタさんに二人を紹介しますね。そちらの女性がクリスタ、背の高い男性がヘルマンです」
「はじめまして、カナタといます。二人ともよろしく」
「カナタちゃん、よろしくね」

 クリスタにちゃん呼ばわりされて何だかこそばゆい感じがした。
 それにしても、彼女は十代半ばぐらいの見た目なのに上級魔術師なのか。
 
「私のことはヘルマンと呼んで下さい。こちらこそよろしくお願いします」

 続いて紳士的な物腰のヘルマンが口を開いた。
 彼は俺より少し若く見える。逞しい体つきは魔術師というより武術家みたいだ。
 
 魔術部隊で支給されるのか、二人とも同じような服を着ている。
 西洋風の法衣を動きやすくしたような意匠だ。

「さて、それでは馬を借りに行って出発しましょう」

 俺たちは厩舎に向かって歩き始めた。
 各自で自分用の馬を受け取り、準備が整った。

 四人で馬を引きながら街を通過して、城壁の外に出た。
 衛兵とは顔なじみになりつつあり、いつもご苦労さまですと言わんばかりに頭を下げてくれる。

「フォンスに入ってから途中で休憩を取って、前線を目指します」

 この中では最年長であろうエルネスが指揮をとった。
 すでに何回か同じような出発を経験しているが、今回は戦いに赴くことが確定的なので足が重く感じている。

「カナタちゃん、行くわよ」

 クリスタが軽い調子で声をかけてきた。
 彼女に視線を向けると、ふわりとした身のこなしで馬に飛びのった。

「彼女、馬に慣れてるんですね」
「今回は乗馬ができるというのも条件でした。僕たちは急ごしらえでしたが、そんな時間も惜しむ状況になってしまったので」  

 エルネスの説明に納得がいった。
 俺たち四人は、いよいよ前線に向けて出発した。
 
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