上 下
102 / 237
揺れる異世界 ―戦乱のフォンス編―

上級魔術師カナタ

しおりを挟む
 俺がウィリデに帰ってきてから、数日が経過していた。
 しばらくの間、目の回りそうな忙しさが続き、こちらにきて初めて時間に追われるような日々だった。

 色々な出来事があった中で、一人で大森林を突破したリカルドが、ウィリデの王様に陳情に行ったことが最初に思い浮かんだ。
 さすがに他国から訪れたばかりのドワーフだけでは王に会うことを許されないので、エルネスが仲介役として協力した。

 リカルドはフォンス侵攻に伴う殺戮と戦いを望んでいなかった。しかし、彼の意思は実を結ばず、カルマンは進軍の準備を進めていた。

 リカルドは鍛冶師として責任ある立場であったことを逆手に取り、国を出て武器防具の生産を遅らせる作戦をとった。そして、その足でフォンスに防衛するように進言した。
 だが、残念なことにこれも実を結ばず、彼はフォンスで門前払いを食って、ウィリデにやってきたというわけだ。

 最終的な結果として、ウィリデ王がリカルドの陳情を聞き入れたことによって事態が大きく動いた。長旅を経て、彼の希望がようやく叶ったということになる。

 俺はウィリデに戻ってからも魔術の修練を続けていたが、エルネスの推薦がきっかけで上級魔術師になった。
 本来は段階を踏んで精査されるらしいが、戦力になるという理由から、簡易的に魔術をチェックされるだけで済んだ。

 言うまでもなく、カルマンが攻めてくるまでに残された時間が分からないので、人口がそう多くないウィリデには少しでも戦力が必要なのだろう。

 その後有事に備え、ウィリデ国防の中心になる魔術部隊の人員配置が行われた。
 
 ・カルマンが大森林を越えた場合に備える

 ・フォンスへの援軍に向かう

 ・カルマンの動きを偵察する

 これら三つの目的に分かれて、人員が振り分けられた。

 当然ながら、防衛は国家存続にかかわる重要な役割なので、魔術部隊に所属する上級魔術師の中でも上位にあたるものが選ばれたらしい。
 言い切れないのは、その人たちの実力はおろか顔さえも知らないからだ。

 俺は上級魔術師になれたものの、正式に魔術部隊へ入ったわけではないので、こういった情報はエルネスから事後報告というかたちで聞いていた。
 
 今回の件でどこに配置されるかと思ったら、フォンスへ行ったばかりで土地勘があるという理由で前線の調査を任されてしまった。
 もちろん、新米で仮登録のような俺一人に任せるはずもなく、エルネスも行ったばかりということで二人で向かうことになった。

 肝心の魔術の方はというと、使えば使うほど限界値が上がり続け、発動できる魔術の威力も伸びていった。
 成長を認められたこともあって、俺は少しずつ自信を深めていた。

 初めは上手く扱えなかった氷魔術の習得、それに加えて雷魔術の習得。
 この二つが扱えるようになったことも大きな成長だと振り返る。

 
 ――ここまでの出来事がこの数日間にあった。
 
 短期間に魔術の修練を詰めこまれたことが、多忙を感じた一番の理由だった。
 一人分の戦力にならなければいけない状況だったので、今回は仕方がなかった。
  
 カルマンが攻めてくることは確定的で、残された時間はそう多くなかった。
 俺とエルネスは馬の扱い方を端折り気味に教わって、マナで強化された特別な価値のある馬で前線の調査に向かうことになった。

 この馬は疲れ知らずでとにかく速く走れる。
 エネルギー源が大気中のマナなので、ほぼ無尽蔵ということだ。

 俺たちは短時間で大森林を抜けてフォンスに入り、リカルドに書いてもらった地図で国境付近まで進んだ。
 フォンス側では敵の姿が見えなかったが、念のため慎重に国境を越えた。

 それから、少し進んだ先で戦いの気配がした。
 エルネスと二人で様子を窺いながらゆっくりと近づいた。

 そこには、何十人もの兵士が入り乱れていた。
 エルネスからそれがカルマン兵だと聞かされた。

 そして、人間業とは思えない戦いぶりで、カルマン兵を退ける二人の男がいた。
 所属は分からないが、フォンスを守ろうとする位置取りから味方だと判断した。
 
 そこからは、エルネスの指示を受けることなく、自然と体が動いていた。
 手前で劣勢にあった男を手助けするために、彼を取り囲んだカルマン兵に向けて中程度の雷魔術を放った。

 ボルト換算すればけっこうな数値が出そうな雷なので、金属製の装備を身につけていたら一溜まりもないはずだ。
 こちらの見込み通りに、魔術が直撃した兵士たちは気絶するように倒れていった。

「エルネス、これはけっこうヤバい状況ですね」
「にわかに信じがたいと思っていましたが、まさかここまでカルマンが攻めてくるとは……。カナタさん、気を引き締めていきましょう」
 
 人生で初めて、生身の人間を相手にした戦いが始まろうとしていた。
 戦いの空気に圧倒されそうだったが、魔術がこの身を守ってくれると信じ、両足に力をこめてカルマン兵たちと相対した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...