100 / 237
揺れる異世界 ―戦乱のフォンス編―
騎士の誇り その2
しおりを挟む
時間を稼がれるほど、消耗の激しいクルトには不利な状況だった。
援軍が見こめるならば、この時間はカルマン兵たちの劣勢につながりかねないはずであるのに、国境近くの戦いとは思えないほど、悠長な構えを見せている。
クルトは意識が朦朧としながらも、時間を稼がれるのは危険だと感じていた。
自ら斬りこんで、己を取り囲む敵に鋭い剣戟を与える。
普段ならば人を斬る時に、いくらかの躊躇いを覚える彼だったが、極限の状況において、そのことに意識を傾ける余裕はなかった。
「ここで死んじゃだめだ! クルト、あんたはこの国の王になるんだ!」
シモンの悲痛な叫びが戦場に響き渡った。
クルトは初めて聞くその内容に耳を疑った。
いつ意識が飛んでもおかしくない彼にとって、それは幻聴のようにすら思えた。
シモンは彼に王になれなどとは、一度も口にしたことはない。
気まぐれにフォンス防衛の手伝いをして、そのうち去っていくだろう。
出会ってすぐの頃、クルトはシモンのことをそんな風に捉えていた。
しかし、行動を共にするにあたって、彼の思いやりや外には出さない芯の強さに好感を抱くようになった。その感情は旧知の友人へのそれによく似ていた。
「――もう少し! もう少しだ!」
「何をそんなに必死になって……」
クルトは言葉を発するのもやっとの状態だった。
まるで糸の切れた人形が闇雲に剣を振るっているように見える。
そんな状態でも敵が攻めきれないのは、彼を踏みとどまらせている気迫であり、来るもの全て斬り倒すと言わんばかりの鋭い眼力だった。
人間が極限状態で出せる力など、そこまで長時間保てるものではない。
ふいにクルトは自らの限界点を察して、いよいよ最期の時が迫るのを感じた。
「……父上、僕は騎士としての役目を全うしました」
「――クルト! ああっ、どけっ!」
シモンは敵の包囲を振りほどこうと、尋常ならざる速度で剣を振るい続けるが、その数はクルトの周りとは比べ物にならず、一人で相手にしていることがにわかに信じがたい人数だった。
限界の到達したクルトは、自ら斬りこむ余力はなく、せめてもの時間稼ぎにと防御の構えを見せた。
先ほどまでの鬼気が影を潜め、隙だらけであることを確認してから、カルマン兵たちは一気に距離を詰めた。
「クルト! クルト!」
フォンスの騎士クルトは、生まれて始めて己の死を意識した。
剣の一振り、一歩の足さばき、何をするのも不可能な状況だった。
もはや万策尽きたかに思えたその時だった。
空中を稲光が走り、彼を取り囲んでいたカルマン兵たちがその場に倒れこんだ。
「……ようやく、来てくれたか」
シモンはクルトの後方を見ながら、ぽつりとこぼした。
そして、彼は怒涛の攻撃で敵を蹴散らしていく。
「エルネス、これはけっこうヤバい状況ですね」
「にわかに信じがたいと思っていましたが、まさかここまでカルマンが攻めてくるとは……。カナタさん、気を引き締めていきましょう」
途切れかけた意識の中で、クルトの耳に聞き慣れない声が届いた。
一人はエルフで、もう一人は戦場には似つかわしくない軽装備で、見慣れない服を身につけている。
「……あとは、君たちに任せた」
クルトは剣を握ったままの状態で、その場に倒れこんだ。
窮地にあることは変わらないはずなのに、やりきった満足感から彼は微笑みを浮かべていた。かろうじて息はあるが、気を失っている。
彼の前方ではシモンが立ち回り、後方では二人の男たちがカルマン兵に向けて、身構えていた。戦闘はまだ継続している。
援軍が見こめるならば、この時間はカルマン兵たちの劣勢につながりかねないはずであるのに、国境近くの戦いとは思えないほど、悠長な構えを見せている。
クルトは意識が朦朧としながらも、時間を稼がれるのは危険だと感じていた。
自ら斬りこんで、己を取り囲む敵に鋭い剣戟を与える。
普段ならば人を斬る時に、いくらかの躊躇いを覚える彼だったが、極限の状況において、そのことに意識を傾ける余裕はなかった。
「ここで死んじゃだめだ! クルト、あんたはこの国の王になるんだ!」
シモンの悲痛な叫びが戦場に響き渡った。
クルトは初めて聞くその内容に耳を疑った。
いつ意識が飛んでもおかしくない彼にとって、それは幻聴のようにすら思えた。
シモンは彼に王になれなどとは、一度も口にしたことはない。
気まぐれにフォンス防衛の手伝いをして、そのうち去っていくだろう。
出会ってすぐの頃、クルトはシモンのことをそんな風に捉えていた。
しかし、行動を共にするにあたって、彼の思いやりや外には出さない芯の強さに好感を抱くようになった。その感情は旧知の友人へのそれによく似ていた。
「――もう少し! もう少しだ!」
「何をそんなに必死になって……」
クルトは言葉を発するのもやっとの状態だった。
まるで糸の切れた人形が闇雲に剣を振るっているように見える。
そんな状態でも敵が攻めきれないのは、彼を踏みとどまらせている気迫であり、来るもの全て斬り倒すと言わんばかりの鋭い眼力だった。
人間が極限状態で出せる力など、そこまで長時間保てるものではない。
ふいにクルトは自らの限界点を察して、いよいよ最期の時が迫るのを感じた。
「……父上、僕は騎士としての役目を全うしました」
「――クルト! ああっ、どけっ!」
シモンは敵の包囲を振りほどこうと、尋常ならざる速度で剣を振るい続けるが、その数はクルトの周りとは比べ物にならず、一人で相手にしていることがにわかに信じがたい人数だった。
限界の到達したクルトは、自ら斬りこむ余力はなく、せめてもの時間稼ぎにと防御の構えを見せた。
先ほどまでの鬼気が影を潜め、隙だらけであることを確認してから、カルマン兵たちは一気に距離を詰めた。
「クルト! クルト!」
フォンスの騎士クルトは、生まれて始めて己の死を意識した。
剣の一振り、一歩の足さばき、何をするのも不可能な状況だった。
もはや万策尽きたかに思えたその時だった。
空中を稲光が走り、彼を取り囲んでいたカルマン兵たちがその場に倒れこんだ。
「……ようやく、来てくれたか」
シモンはクルトの後方を見ながら、ぽつりとこぼした。
そして、彼は怒涛の攻撃で敵を蹴散らしていく。
「エルネス、これはけっこうヤバい状況ですね」
「にわかに信じがたいと思っていましたが、まさかここまでカルマンが攻めてくるとは……。カナタさん、気を引き締めていきましょう」
途切れかけた意識の中で、クルトの耳に聞き慣れない声が届いた。
一人はエルフで、もう一人は戦場には似つかわしくない軽装備で、見慣れない服を身につけている。
「……あとは、君たちに任せた」
クルトは剣を握ったままの状態で、その場に倒れこんだ。
窮地にあることは変わらないはずなのに、やりきった満足感から彼は微笑みを浮かべていた。かろうじて息はあるが、気を失っている。
彼の前方ではシモンが立ち回り、後方では二人の男たちがカルマン兵に向けて、身構えていた。戦闘はまだ継続している。
1
お気に入りに追加
214
あなたにおすすめの小説
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
練習船で異世界に来ちゃったんだが?! ~異世界海洋探訪記~
さみぃぐらぁど
ファンタジー
航海訓練所の練習船「海鵜丸」はハワイへ向けた長期練習航海中、突然嵐に巻き込まれ、落雷を受ける。
衝撃に気を失った主人公たち当直実習生。彼らが目を覚まして目撃したものは、自分たち以外教官も実習生も居ない船、無線も電子海図も繋がらない海、そして大洋を往く見たこともない戦列艦の艦隊だった。
そして実習生たちは、自分たちがどこか地球とは違う星_異世界とでも呼ぶべき空間にやって来たことを悟る。
燃料も食料も補給の目途が立たない異世界。
果たして彼らは、自分たちの力で、船とともに現代日本の海へ帰れるのか⁈
※この作品は「カクヨム」においても投稿しています。https://kakuyomu.jp/works/16818023213965695770
異世界チートはお手の物
スライド
ファンタジー
16歳の少年秋月悠斗は、ある日突然トラックにひかれてその人生を終えてしまう。しかし、エレナと名乗る女神にチート能力を与えられ、異世界『レイアード』へと転移するのだった。※この作品は「小説家になろう」でも投稿しています。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
150年後の敵国に転生した大将軍
mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。
ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。
彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。
それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。
『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。
他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる