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揺れる異世界 ―戦乱のフォンス編―

戦いの始まり その1

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 メルスの町を出てからは、道に詳しいアデリナがクルトたちを先導した。
 分岐点もいくつかあり、初めて通る二人では道に迷いそうだった。

 先へ進むほど道の荒れ具合いが目立つようになり、馬の速度を抑えざるをえない状況になっている。
 
「アデリナ、君はこんな方から歩いてきたのか」
「ええ、距離はあったから大変だったけど、クルトに伝えなきゃって」

 空には雲がかかっているが、雨が降り出しそうというほどではなかった。
 少し肌寒さを感じる空気の中、クルトたちは移動を続けた。

 フォンスとカルマンの間に国交はない。
 両国の国民は危険を避けるため、国境周辺へ不要に近づくことは少なかった。
 
 クルトはメルスからカルマン領へ至る道に人影はないだろうと予想していた。
 そう考えるのは過去に得た情報が影響している。


 無人の道を三人と二頭の馬が進み続けていた。
 人が通る機会が少ないことで、道が荒れていったのだろう。
 
 国境には関所は存在せず、目印として道の左右に大きな岩が置かれている。
 誰が置いたのかは不明であり、いつの間にかそうなっていたらしい。 

 クルトはカルマン領に入ることの重みを認識していたので、国境の目印に注意を払っていた。

 道の脇に木々の広がる箇所を通過したところで、開けた場所に出た。
 なおも先へと道は続き、方向的にカルマンへ続くことは明白だった。

 三人は言葉少なに進んでいった。
 アデリナは慎重になっているのか、馬の速度を少しずつ緩めている。

 やがて、聞いていた通りに二つの岩がクルトの視界に入った。
 いよいよ、カルマンへ踏み入ることに、彼の緊張は高まっている。

「クルト、あれが国境の目印よ」
「ああっ、実際に目にするのは生まれて初めてだ」

 彼らは速度を維持したまま、国境を通過した。
 クルトはカルマンを訪れたことに不安と高揚を覚えていた。
 
 ここまできた以上、戦いになる可能性は大いにある。
 それに状況次第で命を落とす危険も起こりうるだろう。

 クルトはこの二つの考えが頭から離れなくなっていた。
 作戦を立てるだけの余裕も少ない状態だった。

「……クルト、前方に人の気配が」
「何だって!?」

 シモンはクルトに告げた後、馬の速度を上げてアデリナと並走した。
 彼は横を走る彼女に向けて口を開いた。

「アデリナ、道の先の方で不穏な気配がします。馬を止めて」
「……分かったわ」

 シモンとアデリナは馬の速度を緩めて、その場に停止させた。
 三人の間を緊迫した空気が流れている。

「シモン、前方といっても何も見えないが」
「途中で岩陰になっているその向こうからです」
「たしかに、あそこから先もカルマンへ道は続いているのよ」

 三人は互いに顔を見合わせてから、前方へと視線を向けた。
 クルトはこのまま退くべきか、迎え撃つべきか決めあぐねていた。

 彼は剣の腕に優れ、騎士としての人格を備えている。
 だがしかし、有事に対応した経験が圧倒的に不足している。

 迷いは危険を招くと自覚しながらも、決断に要す時間ばかりが伸びていった。
 
「クルト、この場はおれに判断を任せてもらえませんか?」
「……積極的なのは珍しいな。君の方が経験も豊富だし、それは歓迎する」

 シモンはクルトの言葉に深く頷くと、話を続けた。
 
「まず、アデリナはここから逃げてください。そして、信用できる相手に援軍を頼むこと。多勢に無勢になるかもしれないけど、こうなっては出張ってくれるだけマシってもんです。とにかく動いてくれる戦力を探してください」
「……うん、わかった」

 アデリナは強い意志のこもった目をしている。
 クルトは彼女ならやってのけると直感した。

「それから、クルトはおれと直進です」
「……普段のひょうきんな様子がどこかにいってしまったぞ。それだけ危険な状況なんだろう」
「あちゃー、バレてますか」
「君のことはだいぶ分かってきたからな」

 クルトとシモンは互いに笑みを浮かべた。
 アデリナは二人を眺めていたが、すぐに馬に乗って引き返していった。

「クルト、生きて帰ってよ。必ず援軍を呼んでくるから」
「ああっ、任せた!」

 彼女の乗った馬はフォンス領への道を疾走していった。
 クルトはそれを見届けると、安心するように肩の力を抜いた。

「シモン、君ほどの手練れがいれば、きっとどうにかなるだろう」
「足止めは予定していた作戦ですからね。そういえば、この馬は借り物でしたね。持ち主に返すつもりだったんですけど」
「ふっ、縁起でもないことを言うな」

 クルトは不安をはねのけるように笑い飛ばした。
 シモンもにやりとして馬を撫でた。

 二人は順番に馬を下りた。
 シモンは道の脇に馬を移動させてもう一度撫でた。
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