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揺れる異世界 ―戦乱のフォンス編―

国境の町メルス その1

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 クルトたちは、カルマンとの国境の町メルスに向かって移動していた。
 ルカレアでは町長の説得が上手くいかなかったものの、クルトはすでに気を取り直している。

 二頭の馬のスタミナが気にかかるところだが、乗馬の得意なシモンが馬を確認してまだ走れそうということだった。
 帰りのことも考えると、彼らは馬を潰すわけにはいかないだろう。
 
 ルカレアからメルスまでは歩いて半日もかからない距離にある。
 馬の足ならば大して時間はかからない。

「ルカレアは残念でしたね」
「ああっ、起こりうることだと予想はしていたが……」
「おれは平和ボケしすぎたフォンスの人間がイヤになることがありますよ」
「そうなのか。僕は、脅威が迫るのを伝えることしかできないのが歯がゆい」
 
 クルトはシモンの言葉を聞きながら、彼の境遇がそうさせるのだろうと感じた。
 数十年来、フォンス周辺で戦乱はなく実感を持つ者は少ない状況だった。

「今更だが、こんな状態のままで攻めて来られるのは危険なのだな」
「戦争があるって心づもりがあればだいぶ違いますけど、こないものと構えてるところに敵が攻めてくるとパニックが起きます。目も当てられないってもんです」

 クルトは松明の位置に注意しながら、シモンと会話を続けた。
 彼はアデリナのことも気にかけていたが、後ろを同じ位の速度で走っている。

 夜が更けるほど空気が冷えこんでいたが、彼の中には熱いものが流れていた。
 己に与えられた使命のようなものを感じていたからだ。 

 これから彼が行くメルスはカルマンから一番近い。
 ルカレアでは上手くいかなったが、次の町では説得の成否が被害の大きさに直結する。
 それを左右する立場にあることを切実に受け止めていた。

 馬の体力が残っていたこともあり、順調に進むうちにメルスの町が見えてきた。
 入り口の篝火は焚かれており、カルマンに攻めこまれたような形跡はない。
 
「さすがにこの時間だと寝てるんでしょうね」
「僕もそう思う。叩き起こすわけにもいかないし、どうしたものか」

 クルトたちは入り口の前で馬を下りた。
 寝静まったような町を眺めながら、クルトは考えていた。

「外に出ている人はいないか確かめてみる。それでもダメならば、明かりがついている家をたずねてみる。シモンとアデリナはここで待っていてくれ」
「うん、わかった。気をつけてね」

 シモンとアデリナに見送られて、クルトはメルスの町へ入った。
 他の町よりも通りに置かれた篝火が少ないので、彼は松明を持ったままだった。
 
 レギナからずいぶん離れたところにあるせいか、民家の数は少なく見える。
 時間が時間だけに、明かりを落とした家がほとんどだった。

 クルトは望みは薄いかと思いながら、町の中を歩いた。
 端から端へと移動して、起きている人がいないか探した。

 この町の住民が彼の顔見知りであれば、状況が状況だけに叩き起こしてでもカルマン侵攻の知らせを伝えることができたかもしれない。
 しかし、縁も所縁(ゆかり)もなく、ただ騎士であるというだけでそんなことをしても逆効果だと、彼は考えていた。

 いよいよ、彼がどこかの家をたずねるしかないかと思いかけたところで、家の前で腰かけた人影を見つけた。そう明るくないところにいたので、クルトは驚いた。

「……あの、すみません」
「おやっ、旅の人ですか? こんな時間では宿も開いてないでしょう」

 それは初老の男性だった。
 クルトの存在に気づいても落ち着いた様子で話していた。

「実は、この町の町長を探しています。僕は騎士なのですが、どうしても町の人たちに伝えてもらいたいことがあって……」
「……そうですか、何か胸騒ぎがすると思ったら」

 男性は自らが町長だと説明した。
 いつも通りに眠ろうとしていたら、直感めいたものを覚えて起きたという。

「信じてもらえるか分かりませんが、近いうちにカルマンがフォンスへ攻めようとしています」
「……なるほど」

 メルスの町長は何かを考えこむように少し静かになった。
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