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揺れる異世界 ―戦乱のフォンス編―

望まれざる客 その2

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「――シモン、頼む」
「ふっ、任されました」

 刃のぶつかり合いが過ぎ、互いに剣を振り合う展開に変化していた。
 クルトの目から見て、シモンの剣捌きは常人の域を越えているが、敵も恐ろしいほどの剣戟を見せている。

 二人に比べれば剣の腕で劣るとしても、クルトも騎士として一流の戦力を誇る。
 そのため、戦況を見抜くだけの眼力を備えていた。

 時間にすればわずかではあるが、時が止まるような静寂と緊張感があった。
 クルトは男の剣に血液が付着していることを見て取り、すでに何人か斬った後であることに気づいた。

 一方のシモンは、歩き通した後とはいえ、体力的に充実しているようで剣の状態も悪くない。
 少しばかり彼の方が優位に見えた。

 そして、技量に優れる戦闘中の二人もそのことに気づいているのだろう。
 シモンは攻勢を強めて、男はどうにか撤退しようと防戦一方になっている。

「――隊長!」

 どこからか馬が駆ける音ともに声が聞こえた。
 その直後、夕闇を切り裂くように漆黒の毛並みの馬が現れた。

 シモンのすぐ近くを通過したため、彼も咄嗟に後ずさりした。

「……貴殿、なかなかやるな」

 男はそう口にして減速した馬に飛び乗った。
 シモンが追おうとするも、馬の足には敵わない。

 そのまま町の中を駆け抜けていき、後ろ姿はどんどん遠のいていった。
 シモンは手にした剣を地面に突き刺し、うーんと唸った。

「……逃げられちゃいました」
「気にするな、馬が相手では仕方がない」
「……わ、私は悪くない」

 クルトとシモンが話していると、アレスの様子がおかしかった。
 それを見たクルトはアレスに話しかけた。
 
「愚問かもしれないが、こんなところで何を?」
「……女を買うつもりだった。途中まではいつも通りだったのにあの男が来て……、それから町の人間が次々と斬られていった」

 アレスは肩を震わせて、男にしては長めの金色の髪をかきむしった。
 騎士であっても戦争経験はなく、虐殺を目にすることなどあるはずもない。

 クルトは彼の反応を自然なものとして疑うことはしなかった。
 ただ、クルトにしては珍しく相手につけ入る隙があると考えていた。

「アレス、まずシモンに礼を言うのが礼儀だろう。彼がいなかったら、僕たちは助からなかったかもしれない」
「あ、ああっ、そこの戦士殿。助かった、感謝する」

 震えが収まらず、たどたどしい言い方になっていた。
 アレスは定まらない視線でクルトの方を見た。

「頼む、ここに来たことは言わないでくれ。それとカルマンにつながる者に何もできなかったとなれば、フォンスの騎士の名折れだ。騎士とは名乗れなくなる」
「ああっ、そのことだが、二つ条件がある」
「……な、なんだ」

 アレスは怯えるような瞳でクルトを見た。

「一つはレギナに戻って王や大臣たちにカルマンの危機があると伝えること、もう一つはフォンスとカルマンの戦いになった時、戦争に参加すること」

 クルトの提案を聞いて、アレスは混乱しているように見えた。
 顎に手をやって何事か考えているようだ。

「……そんなことをしたら、今日のことがバレるではないか?」
「いや、心配はいらない。僕と君でエスラの見回りをしていたことにすればいい」
「それに……カルマンと戦争になるなんて……」
「さっきの男を見ただろう。今まではこんなことはなかった。現に僕はレギナでカルマンの者に襲撃されたばかりだ」

 クルトとアレスの付き合いは長い。
 そのため、アレスはクルトが嘘をつくはずがないことを理解しているようだ。
 
「……わかった。命を助けられた以上、それに従おう。それと頼むから、エスラで女を買おうとしていたことは誰にも言わないでくれ。クルトの仲間の二人も頼む」

 アレスは悲哀に満ちたような目でいった。
 騎士として何もできなかった無力感も関係しているのだろう。

「ところで、アレス。僕たちはエスラに泊まるつもりでいたんだ」
「そういえば、どうしてこんなところに」
「それはまた話す。町の状況も気になるし、案内を頼みたい」
「分かった、残党の確認もしなければいけないよな」

 アレスは少しずつ落ち着きを取り戻していた。
 彼に先導されて、クルトたちはエスラの中に入っていった。
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