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揺れる異世界 ―戦乱のフォンス編―

野盗を一蹴 その1

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 クルトたちは助けた女性の母親が営む宿で一夜を明かした。
 怪物との戦いと旅の疲れがあったようで、昨晩は三人ともすぐに床に入った。
 
 朝になって、彼らはコダンの町を出発した。
 娘は治療中で来られなかったが、別れ際に母親が何度も礼を述べていた。

 町を出て歩いていると、しばらくヘレナが上機嫌だった。
 普段は感情表現が控えめに見えるものの、今回ばかりは人助けをして、感謝されたことが嬉しかったように見える。

 シモンはいつも通りで飄々とした様子で歩いている。
 基本的に感情のアップダウンが少ない。

 そして、クルトはというと、この先の道のりを考えて気難しい顔をしていた。
 次の町エスラまではそれなりの距離がある。

 ただ、距離以上に彼の頭を悩ませていたのは、エスラにある娼館のことだった。
 根が頭の固い騎士であるため、クルトはその存在を受け入れきれずにいた。

 人間誰しも感情的に受け入れがたいものには近づきたくないものだろう。
 さらに少女に近い年齢のヘレナにいい影響がないと考えたのも大きかった。
 
 とはいえ、エスラを通り過ぎて次の街まで行こうとするのは不可能だった。
 馬を使えばそれも可能になるが、大幅な予算オーバーになる。

 それに行商人や馬を持つような大金持ちに伝手がない以上、現実的とは言いがたい。ようするに、エスラに滞在する他ないのだ。

「ヘレナはご機嫌だっていうのに、何かむずかしいことを考えてます?」

 彼の様子に気づいたシモンがいった。
 クルトはそれに曖昧な反応を返した。

「ああっ、そうだな……」
「先は長いですからね。悩みはつきないかもしれないですけど」
「君たちと共に戦うと決めたからな。なるべく負担が少なくて、いい環境ですごしてほしいと思うのは当然のことだろう」

 それを聞いたシモンは柔和な笑みを浮かべた。
 クルトはやや怪訝な顔になって彼に問いかけた。

「どうした、何かおかしかったか?」
「いや、クルトは真面目なんだなって」
「戦力がほしかったのは偽らざる本心だが、こちらの事情で戦いに巻きこむことは心苦しいと今でも思っている。本来ならフォンスの戦力で担うべき戦いだからな」
「たとえ、戦力にならなくても兵隊が揃うだけマシってもんです……」

 シモンはそうこぼすと、どこか遠くを見るような目をした。
 彼のうちに秘めた何かが見えそうな時があったが、深入りされたくないはずだと感じてもいたので、クルトは必要以上にたずねることをしなかった。

「……とりあえず、今気になっているのは、次の町エスラのことだ」

 クルトはシモンのことを見ながら、少し考え直すことにした。
 もう少し腹を割って話してもいいだろうと。

「エスラ? その町に何か問題があるんですか?」
「端的に言って娼館があることが気にかかる」
「なるほど、娼館があって町の治安が気になると」
「つまり、そういうことだ」

 クルトとシモンは探検者組合で会ってから、二人で話した時間が蓄積されることで意思の疎通がスムーズになり始めていた。

「ヘレナが心配なんですね」
「君は暴漢を返り討ちにしそうで、さすがに自分の身は自分で守れる」
「昨日のアーラなんとかの件でヘレナの強さがわかったじゃないですか」
「それはそれだ」

 二人が会話をする一方で、ヘレナは少し離れたところを歩いていた。
 そのため、自分のことが話題になっていると気づかないようだ。

「そういえば、レギナには娼館がなかったですね」
「さすがに国の中心で許可するわけにはいかなかったんだろう。お忍びでレギナから赴く有力者がいるらしいが、実際のところはよく分からない」

 クルトは大きくため息をついた。
 そんな時間があるのならば、すべきことは訓練や国防のことであり、重要な立場を持つ者の行為としてふさわしいのか疑問に思った。
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