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はじめての異世界 ―ウィリデ探訪編―

行商人トマス その3

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 今回ばかりはリサのペースに合わせるというよりも自然に早足になっていた。
 状況が切迫していることを考えずにはいられなかった。
 俺以外の面々も同じような思いのようで、口数は少ないまま先へ進んだ。

 市場の近くにある宿屋に到着すると、馬と馬車の前に見知らぬ男性が立っていた。
 茶色のシャツと緑色のズボンに灰色のベスト。
 腰回りのベルトに財布代わりのような大きめの布袋がぶら下がっている。
 
 男性は金色の髪と口ひげを蓄えいて、年齢は30代ぐらいに見える。

 その風貌を見てヴェニスの商人という言葉が脳裏に浮かんだ。 
 もっとも、彼はそんな悪どい人物ではなくただの行商人だろう。

「やあ、エルネス。今回はいい取引ができた。すぐに出発しよう」

 エルネスから大金をせしめたのか、彼はご機嫌そうに見える。
 軽やかな足取りで御者台へと向かった。

「それでは行きましょう。二人とも馬車に乗ってください」

 俺とリサはそそくさと馬車に乗りこんだ。
 エルネスは行商人と会話を交わしてから加わった。

 生まれてはじめて馬車に乗ったが、何とも不思議な感じがした。
 上の部分は完全に幌で覆われているものの、前後の入口と出口の部分は筒抜けな作りになっている。
 大森林を通るのに心伴いように見えるが、普段はどうしているのだろう。

 余計なお節介を考えていると、馬車が動き始めた。
 テーマパークでアトラクションが開始するようなワクワク感が湧いた。

「おれはトマス。生まれはウィリデで親が行商人だったから、フォンスにはよく来てた。今も仕事で行き来してる。今回はよろしく」  
「はじめまして、カナタです。今回は引き受けてくれ助かりました」

「商売だから気にしなくていいって。ところでいつもなら万全の状態で森を抜けるんだが、今回は突発だから安全対策が万全じゃない。客のあんたにも馬車を守ってもらうから、そこんとこよろしく」
 
 トマスは言い終えるとムチを打った。
 馬は反応よく鳴き声を上げて足を運び始めた。

「……というわけで、僕とカナタさんの魔術で危険から守らなくてはなりません。トマスが急ぎで引き受けてくれたのは金額面だけでなく、それも条件に入っています」
 
 エルネスは申し訳なさそうな顔をした。

「いえいえ、馬車が見つかっただけでもよかったので」

 そのへんのことにこだわっていたら、レギナを発てなかったはずだ。
 とにかく、ウィリデに戻れそうなだけでも良かっただろう。

「うーん、馬車は目立つから守るのは大変よ」

 リサが悩ましげな表情を見せていた。

「ええ、それを承知の上でトマスは引き受けてくれました」
「……エルネス、一体いくら払ったの?」
 
 リサの質問にエルネスはにこにこと微笑むばかりだった。
 俺はウィリデに帰ってから、彼の手伝いをしっかりやろうと心に誓った。
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