上 下
43 / 237
はじめての異世界 ―ウィリデ探訪編―

野営の夜明け その2

しおりを挟む
 俺はリサと会話をしながら、湧き水に手を入れた。
 とても冷たくて心地よい感触だった。

「この近くに危険はなさそうだから、ゆっくり洗えばいいと思うわ。 心配なら見張っていてもいいけど、どうする?」
「それなら戻ってくれていいよ。僕も身体を拭くだけにするからそんなにかからないと思うし。エルネスには一応話しておいて」
「わかった。それじゃあ先に戻るわ」
 
 リサはその場を離れると、俺が来たのと同じ方向に歩いていった。
 森に慣れているだけあって淀みのない足取りだった。

「……さて、さっぱりするとしますかね」

 ここの湧き水は泉というより、何段か重なった岩の間から水が細く流れ落ちてくるようなかたちだった。流れ落ちた先は深い水たまりのようになっている。
 水たまりの部分は深さが数十センチはあるので、膝ぐらいまでなら浸かれないこともないと思う。

 ただ、少し触った感じではけっこう冷えた水なので、身体の一部分が浸るだけでも温度が下がりそうな気がした。それにはちょっと勇気が必要だ。

 ナイロンジャケットを脱いで、順番に服を脱ぎ揃えていった。
 水たまりのすぐ近くは湿っぽいので、少し離れた岩の上に置くことにした。

 ズボンは履いたまま、上半身は裸という身なりになった。
 タオルに軽く水を含ませて身体にそっと押し当てた。

 冷えた水が朝の涼しい空気と相まって引き締まるような感覚だった。
 汗や汚れが落とせるおかげで、拭いたところはさっぱりした。

 シャンプーや石けんは持参しておらず、それだけで終わることにした。
 ついでに髪を洗いたいところだが、ドライヤーや余分なタオルがあるわけでもないのであきらめて戻るとしよう。この状況で不便を嘆いても仕方ない。

 脱いだ服を順番に身につけて来た道を引き返していく。
 いくらかさっぱりしたおかげで、身体を撫でる風が心地よかった。

 テントの場所に戻るとエルネスがテントを片付け終えたところだった。
 張られていた場所は何もないスペースになっている。
 
 俺は足元にあった自分のバックパックにタオルをしまった。
 エルネスがテントをしまう時に脱出させてくれたのだろう。

「ありがとう、エルネス。ずいぶん手際がいいね」
「いえいえ、どういたしまして。身体が洗えてさっぱりできたみたいですね」
「――カナタ、ちょっとこっちに来て」
 
 エルネスに感心しているとリサの呼ぶ声が聞こえた。
 
「えっ、何? 今行く」

 彼女の声に応じてその場を離れた。

 リサは火の小さくなった焚き火の近くに座っていた。
 手には黄緑色のみずみずしい果物を持っている。

 彼女の横に腰かけてその果物を観察してみた。
 パッと見た感じでは小さなラ・フランスという印象を受ける。

「近くで取ったの。よかったら食べる?」

 彼女は小ぶりなナイフを使って丁寧に果皮を剥き、半分にカットしたものをこちらに手渡してくれた。
 中身は白い果実で、リンゴや梨と同じような見た目をしている。

 指先でつかんだ感じではべたつく感じはなく、普通の果物と同じように見えた。
 喉も少し乾いていたので、そのまま口の中へ放りこんだ。

 適度な甘みがあり、酸味はほどよく抑えられていて、水分をたくさん含んでジューシーな食感はまずまずだと感じた。近い種類は思いつかないが、海外へ行けばこんな感じの食べたことがないフルーツはいくらでもあるだろう。

「……あれっ?」

 ――まさか、そんなはずはないか。
 わずかな瞬間、実はここが地球のどこかの国ではないかと疑問が生じたが、最初に魔術が存在していたら大ニュース間違いなしで、エルフの存在が知られたらセンセーショナルに報じられるだろう。

 ――いや、どう考えてもそんなことはありえない。
 些末なことだとその考えを忘れることにした。

「……どうしたの、もしかして、口に合わなかった?」
「いや、何でもない。食べやすかったよ、ありがとう」
「そう、よかった。片付けが済んでるし、もう少ししたら出発しましょう」
 
 彼女はそういってその場を離れた。

 俺はそのまま焚き火の近くに腰かけていた。
 さほど空腹を感じていないので、朝食は口にしたばかりの果物で十分だと思う。
 手持無沙汰にしていると、エルネスが近くやってきた。

「火の後始末をしたいので、手伝ってもらえますか?」
「ああっ、いいですよ。水でもかけるんですか?」
「はい、今回も魔術の練習を兼ねて、水の魔術でお願いします」
 
 エルネスはそういって風前の灯状態の焚き火を指した。

 ――全身を流れるマナに意識を向ける。

 最近、あまり魔術を使っていなかったが、すぐに発動の準備は整った。
 右手をかかげてその先に水塊を放出する。

 続け様に10センチほどの液体が浮かび上がって、飛んでいった。
 それが燃えた木々に接触すると、火がどんどん消えていく。

「それで十分でしょう。あとは僕が埋めておきます。森が火事になったら大変でしょうからね」

 エルネスはにこやかに言って、その辺に転がった大きめの棒を拾った。

 俺は手伝いが済んだので、出発の支度をすることにした。
 支度といっても荷物は一つだが、すぐに出られるようにしておきたかった。

 それから、エルネスとリサの準備が整って、野営した場所を出発した。
 引き続き今日もひたすら歩く一日が始める。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

処理中です...