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はじめての異世界 ―ウィリデ探訪編―

メルディスの宴

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 ――遠い景色の夢を見た。

 人々は沈んだ顔をして街を歩く。
 憂鬱で辛気臭いことが当たり前で、希望を持てることが少ない世界。

 俺はそんな世界を亡者のように生きていた。
 自分が何者であるのか分からない。

 いつしかその世界の一員を担うようになっていた。
 希望はなくしたままだった。

 ――ほんとに失くしてしまったの?

 そんな声で誰かが問いかける。
 その誰かは一人だけではないような気がした。

 忘れてはいけない。
 それはもう遠い景色だということを。
 
 俺はふと思い出す。
 自分が何者であるかを。

 今はもう一人じゃない。
 エルネスやリサ、たくさんの仲間がいる。



「――お客さん、時間ですよ」

 誰かに声をかけられたような気がして目が覚めた。

 ゆっくりと上半身を起こすと、部屋にはリサがいた。
 声の主は彼女だったようだ。

「やっと起きた。お客さん気分じゃ困るんですよ、なんてね」
「……ああっ、申し訳ない。熟睡してしまった」
  
 枕元に置いてあった腕時計を見ると、一時間ほど経っていた。
 睡眠をとったおかげでずいぶん身体が楽になった気がする。

「ねえ、ヨセフが呼んでたから来てもらえる?」
「ああっ、わかった」

 ベッドを出て靴を履くと、俺はリサと一緒に部屋を出た。
 屋外に出ると、さっきよりも日が傾いている気がした。
  
 メルディスの周囲は切り拓かれた場所なので、木陰にはなっていない。
 そのため、森の中ほど日光が遮られてはいなかった。

 体感的に日没まではもうしばらくかかりそうだ。
 俺はリサの後について集落の中を移動した。 

 リサに案内されたのは屋外にある集会場のような場所だった。
 すでにエルネスとヨセフ、数人のエルフの男女が集まっている。

 十人以上で囲めそうな大きい四角形のテーブル、その周囲には木彫りの手作り感がある椅子がたくさん並んでいる。ヨセフはこちらの存在に気がついて声をかけてきた。

「おやっ、カナタくん。身体の疲れはとれたかい」
「ええまあ、眠ったおかげでだいぶ楽です」
 
 そんな受け答えをしていると、彼は空いた椅子へ座るように促した。
 テーブルの上には木で作られたコップと水差しのような物が置かれている。

「メルディス式の歓迎でね。これは蜂蜜酒だ」
「うん、たしかに蜂蜜だ。甘い匂いがする」
 
 ヨセフはコップに中身を注いで手渡してくれた。
 黄金色で蜂蜜よりもとろみの少ない液体が入っている。

「それでは彼らの旅の成功を祈って……」

 その場にいるエルフ全員が何かを祈るように目を閉じた。
 時間にすれば数秒というわずかな時間だが、ある種荘厳な光景のように見えた。
  
 エルフたちの儀礼的なものが終わると、皆気兼ねなく飲み始めた。
 俺は乾杯でもするのかと構えていたので、拍子抜けするかたちになった。

「どうかね、お口に合うかな」
「おっと失礼、これから飲みます」

 コップを手にして、少し冷えた液体を口に含む。
 そこまでアルコールっぽさはなく、甘く上品な香りが口いっぱいに広がった。

 何年か前、どこかのバーで飲んだシャルトリューズに似ている気がした。
 色もわりとあのリキュールに近いように思う。

「なかなか美味しいです」
「ふむ、それはよかった」

 つまみや軽食もなく、酒だけを飲むのは不思議な感じはするが、それがここのスタイルなら特に問題はない。まさか異世界で酒が飲めるとは思っていなかった。
 積極的に探さなかったこともあって街で酒屋を見かけることはなかったが、ウィリデの人たちも生身の人間なので、普通に飲酒の習慣はある。
 
「そういえば、エルフの長(おさ)? にあいさつに行った方がいいですか?」

 よそ者が森の住人にお世話になる時、それが定番の流れだと思いこんでいた。もしかしたら、テレビのドキュメント番組の影響を受けすぎただけかもしれない。
 
「そのことなら心配無用だ。長はメルディスではないところに住んでいる」
「ここの偉い人というわけではないんですね」
 
「エルフの集落というのはいくつかあってね。集落に関係なく、長はエルフ全ての代表なのだ。大昔には当時の長が狙われる時代もあったが、当時の名残りでどこにいるかは一部の者にしか分からないようになっている。無論、エルフではない君が会うこともないだろう」
 
 ヨセフは諭すようにいった。
 こちらを突き放すというより、よそ者に掟を教えるようなニュアンスだった。

「他にも集落があるんだ。大森林というだけあってそれだけ広いのか」
「フォンスに行く途中にはメルディスしかないわ。他の集落はもっと離れたところにあるのよ」

 近くにいたリサが教えてくれた。

 初対面ではないヨセフとは話せるが、他のエルフたちとは何を話せばいいのか分からなかった。彼らは歓迎的な態度を見せていいるものの、エルネスやエレノア先生のような街育ちのエルフに比べると少し取っつきにくい印象を受けた。
 
 リサはそれなりに楽しそうにしていて、エルネスは緊張しているように見えた。
 俺自身も体調が万全とは言いがたいせいか、いまいち楽しみきれなかった。

 ウィリデの人たちがたまたま親しみやすいだけで、これが文化と風習の違う者同士が出会った時の自然な反応だと思う。街での生活が恵まれていたのだと改めて実感した。

 それから宴はお開きになり、皆で食事をしないかと招かれたが、疲労と蜂蜜酒の影響で眠気が強くなったので辞退した。俺は用意された部屋に戻って、すぐに横になった。何だか億劫な気持ちだった。
 意識があったのはわずかな時間で、地面に吸いこまれるように眠りに落ちた。
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