459 / 473
ダークエルフの帰還
カルンの街と昼市
しおりを挟む
行きは四人乗りだったのに対して今度は二人乗りだったため、来た時よりもカルンの街への移動時間は短く感じた。
俺は馬車に揺られながらこの時間を有効活用すべくメニューを考えていた。
買い出しで手に入る材料が確定していないこともあり、自分の知っている肉料理がいくつか候補になっていた。
ヒイラギの保管庫にある食材は和食を作るには十分なのだが、洋食を作るとなると限られたものしかない。
そのためメインとなる肉さえ手に入れば、あとは応用が利くような料理にするつもりだ。
リリアが街外れに馬車を停めて、二人で市街地への道を歩き始めた。
そこまで寒さを感じないため、二人とも上着は客車の中に置いてきた。
カルンの街に滞在したり、酒場で情報収集したりしたものの、それ以外のことは知らないことが多い。
二人とも出身がここから遠く離れているので、分からないことばかりである。
「買い出しの行き先は決まっているのでしょうか」
リリアが自然な様子で切り出した。
彼女の吐く息は白く、気温がそう高くはないことを実感する。
「実は目星がついているわけではなくて、散策しながら探すつもりです」
調理場で彼らの食事が用意されていたので、こちらが急いで用意する必要はないと考えていた。
いくらか歩み寄りが見られたとはいえ、街で何が売っているか詳しく教えてもらうほど打ち解けたとは言えない。
それに保管庫にあった食材のほとんどはサクラギから持ちこまれたと思われるものが大半だった。
それを踏まえるとヒイラギにいる人たちはカルンで買い出しをしていると考えにくかった。
「私自身、ラーニャ殿のことで頭がいっぱいでしたから。あまりお役に立てず申し訳ありません」
「いえいえ、そんな御者をしてもらっただけで十分ですよ」
リリアがまじめぶりを発揮したので、咄嗟にフォローした。
誠実なところは素晴らしいのだが、必要以上に責任感を発揮することがある。
「あははっ、マルク殿は優しいですね」
「いや、リリアの方が親切で人柄もいいと思います」
「前方に見えるのは市場でしょうか」
「たしかに市場だ。あそこなら使えそうなものが見つかるかも」
二人でそんなやりとりを続けていると、リリアが正面に向けて指先を伸ばした。
その動きに釣られるように視線を向ける。
寒空の下で露店のようなものがいくつか出店していた。
今朝までにこの辺りを通ることはなかったので、こんなふうになっているとは知らなかった。
「使えそうなものがないか、ちょっと覗いてみます」
「承知しました。行ってみましょう」
リリアの同意を受けつつ、市場の方へと向かう。
ここ数日の中では寒さがマシとはいえ、地元のバラムと比べたら十分に寒い。
手足の指先にひんやりとした空気を感じる。
そうはいっても、周辺にはそれなりに人の行き来がある。
地元の人たちは寒さを気にする様子はなく、買いものを楽しんでいる。
「エスタンブルク有数の街とは知ってますけど、わりとにぎわってますね」
「こうして人々の活気を見ていると王都のことを思い出します」
俺たちは露店の活気を目にしながら、口々に感想をを言った。
リリアはあまり外に出すことはなかったものの、ランス王国の王都を思い返している様子だった。
今回の旅を始めてしばらく経つので、そんな気持ちになるのも分からなくはない。
俺自身ラーニャのことが最優先と考えているだけで、店のことが気になることがある。
「……やっぱり、肉料理だよな」
「どうされましたか?」
「いえいえ、ただの独り言です」
自分の店のことを思い返して、肉を使うことへの意識が高まったわけだが……。
あえて説明するほどでもないと思った。
リリアは一介の兵士であり、料理を生業にしているわけではない。
二人で歩いていると、青果店、服飾店、パンなどの食品店などがあった。
もちろん精肉店が目当てなわけだが、リリアが楽しそうなので街歩きを楽しむようなかたちになっている。
モモカを必要以上に待たせるつもりはなく、市場を散策するぐらいのゆとりは持ちたいと思った。
美味い料理を作るのに焦りや差し迫った状態はよろしくない。
「さすがに雪が多い時期なので、野菜や果物は種類が限られるか」
「あまり料理は詳しくないのですが、ヒイラギの保管庫は充実しているのでしょうか?」
「日持ちするようなものが中心だったので、鮮度が重視されるようなものは少なかったです。ネギとジャガイモ、あとはニンジン辺りを備蓄してました」
リリアはこちらの答えを聞いて、何度か頷いた。
彼女なりに理解しようとする姿勢に好感が持てる。
「調理場を見た感じでは栄養が偏っているわけではなさそうですし、いっそのこと塊肉のステーキなんかもありかなと思ったり」
何の気なしのつぶやきだったが、リリアが目を輝かせている。
「素晴らしい。それは美味しそうです」
「ステーキはいいですよね。俺も好きな料理の一つなんです」
容姿端麗な美女でありながら、隠れ食いしん坊の彼女にも肉料理を振る舞った方がよいだろうか。
そんなやりとりを続けるうちに精肉店が数軒並ぶところに出た。
エスタンブルクへの旅の途中で肉を吟味するような場面はなかったが、こうして肉を売る店がいくつもあると高揚感が湧き上がってくる。
あとがき
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
エールやいいねも励みになっています。
俺は馬車に揺られながらこの時間を有効活用すべくメニューを考えていた。
買い出しで手に入る材料が確定していないこともあり、自分の知っている肉料理がいくつか候補になっていた。
ヒイラギの保管庫にある食材は和食を作るには十分なのだが、洋食を作るとなると限られたものしかない。
そのためメインとなる肉さえ手に入れば、あとは応用が利くような料理にするつもりだ。
リリアが街外れに馬車を停めて、二人で市街地への道を歩き始めた。
そこまで寒さを感じないため、二人とも上着は客車の中に置いてきた。
カルンの街に滞在したり、酒場で情報収集したりしたものの、それ以外のことは知らないことが多い。
二人とも出身がここから遠く離れているので、分からないことばかりである。
「買い出しの行き先は決まっているのでしょうか」
リリアが自然な様子で切り出した。
彼女の吐く息は白く、気温がそう高くはないことを実感する。
「実は目星がついているわけではなくて、散策しながら探すつもりです」
調理場で彼らの食事が用意されていたので、こちらが急いで用意する必要はないと考えていた。
いくらか歩み寄りが見られたとはいえ、街で何が売っているか詳しく教えてもらうほど打ち解けたとは言えない。
それに保管庫にあった食材のほとんどはサクラギから持ちこまれたと思われるものが大半だった。
それを踏まえるとヒイラギにいる人たちはカルンで買い出しをしていると考えにくかった。
「私自身、ラーニャ殿のことで頭がいっぱいでしたから。あまりお役に立てず申し訳ありません」
「いえいえ、そんな御者をしてもらっただけで十分ですよ」
リリアがまじめぶりを発揮したので、咄嗟にフォローした。
誠実なところは素晴らしいのだが、必要以上に責任感を発揮することがある。
「あははっ、マルク殿は優しいですね」
「いや、リリアの方が親切で人柄もいいと思います」
「前方に見えるのは市場でしょうか」
「たしかに市場だ。あそこなら使えそうなものが見つかるかも」
二人でそんなやりとりを続けていると、リリアが正面に向けて指先を伸ばした。
その動きに釣られるように視線を向ける。
寒空の下で露店のようなものがいくつか出店していた。
今朝までにこの辺りを通ることはなかったので、こんなふうになっているとは知らなかった。
「使えそうなものがないか、ちょっと覗いてみます」
「承知しました。行ってみましょう」
リリアの同意を受けつつ、市場の方へと向かう。
ここ数日の中では寒さがマシとはいえ、地元のバラムと比べたら十分に寒い。
手足の指先にひんやりとした空気を感じる。
そうはいっても、周辺にはそれなりに人の行き来がある。
地元の人たちは寒さを気にする様子はなく、買いものを楽しんでいる。
「エスタンブルク有数の街とは知ってますけど、わりとにぎわってますね」
「こうして人々の活気を見ていると王都のことを思い出します」
俺たちは露店の活気を目にしながら、口々に感想をを言った。
リリアはあまり外に出すことはなかったものの、ランス王国の王都を思い返している様子だった。
今回の旅を始めてしばらく経つので、そんな気持ちになるのも分からなくはない。
俺自身ラーニャのことが最優先と考えているだけで、店のことが気になることがある。
「……やっぱり、肉料理だよな」
「どうされましたか?」
「いえいえ、ただの独り言です」
自分の店のことを思い返して、肉を使うことへの意識が高まったわけだが……。
あえて説明するほどでもないと思った。
リリアは一介の兵士であり、料理を生業にしているわけではない。
二人で歩いていると、青果店、服飾店、パンなどの食品店などがあった。
もちろん精肉店が目当てなわけだが、リリアが楽しそうなので街歩きを楽しむようなかたちになっている。
モモカを必要以上に待たせるつもりはなく、市場を散策するぐらいのゆとりは持ちたいと思った。
美味い料理を作るのに焦りや差し迫った状態はよろしくない。
「さすがに雪が多い時期なので、野菜や果物は種類が限られるか」
「あまり料理は詳しくないのですが、ヒイラギの保管庫は充実しているのでしょうか?」
「日持ちするようなものが中心だったので、鮮度が重視されるようなものは少なかったです。ネギとジャガイモ、あとはニンジン辺りを備蓄してました」
リリアはこちらの答えを聞いて、何度か頷いた。
彼女なりに理解しようとする姿勢に好感が持てる。
「調理場を見た感じでは栄養が偏っているわけではなさそうですし、いっそのこと塊肉のステーキなんかもありかなと思ったり」
何の気なしのつぶやきだったが、リリアが目を輝かせている。
「素晴らしい。それは美味しそうです」
「ステーキはいいですよね。俺も好きな料理の一つなんです」
容姿端麗な美女でありながら、隠れ食いしん坊の彼女にも肉料理を振る舞った方がよいだろうか。
そんなやりとりを続けるうちに精肉店が数軒並ぶところに出た。
エスタンブルクへの旅の途中で肉を吟味するような場面はなかったが、こうして肉を売る店がいくつもあると高揚感が湧き上がってくる。
あとがき
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
エールやいいねも励みになっています。
19
お気に入りに追加
3,381
あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

黄金の魔導書使い -でも、騒動は来ないで欲しいー
志位斗 茂家波
ファンタジー
‥‥‥魔導書(グリモワール)。それは、不思議な儀式によって、人はその書物を手に入れ、そして体の中に取り込むのである。
そんな魔導書の中に、とんでもない力を持つものが、ある時出現し、そしてある少年の手に渡った。
‥‥うん、出来ればさ、まだまともなのが欲しかった。けれども強すぎる力故に、狙ってくる奴とかが出てきて本当に大変なんだけど!?責任者出てこぉぉぉぃ!!
これは、その魔導書を手に入れたが故に、のんびりしたいのに何かしらの騒動に巻き込まれる、ある意味哀れな最強の少年の物語である。
「小説家になろう」様でも投稿しています。作者名は同じです。基本的にストーリー重視ですが、誤字指摘などがあるなら受け付けます。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる