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ダークエルフの帰還

幻覚を生む花粉

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 途中までの道は平坦だったが、ここは一段上にあることで動けそうにない。
 時間が経つごとに吹きすさぶ風は強さを増して、吹雪で視界が遮られている。
 仲間を見失った状況では、地面に座って耐えることしかできそうになかった。

「……このままじゃ、消耗するばかりだな」

 次第に寒さが広がって、全身に震えるような冷えを感じた。
 先ほどまで初夏を思わせるような陽気だったため、防寒着は持ち合わせていない。
 身動きができないまま体力が削られていく。
 思考力も低下を始めていて、何かを考えるのが面倒になってきた。

「――しっかりしろ」

 どこかで声が聞こえた。
 その姿は見えないが、誰かに呼びかけられている。

「……誰だ」

「――おい、しっかりしろ」

 相手の姿は見えないまま、遠くの方で聞こえる声。
 その声が何度か聞こえるうちに、声の主はラーニャであると気づいた。
 しかし、彼女の姿は見えないままだった。

「ラーニャ、どこにいるんだ!?」

 どれだけ呼びかけても返事はなく、吹雪は一向に止みそうにない。
 体温が低下するのを感じているが、じっと耐えることしかできなかった。
 このまま凍死するのではと不安がよぎったところで、ふいに視界が明るくなった。 

 冷たい風と視界を遮るような白いつぶてを消し去る強い光。
 その光からはぬくもりを感じ、芯から冷え切った身体が温まるようだった。

「――はっ、ここは?」

 次に目を開くと心配そうにこちらを覗きこむリリアとクリストフの姿が映った。
 ふと気づくとラーニャが傍らでひざを下ろしている。
 彼女は表情を変えずにこちらを見ていた。

「この花が咲いていた」

 ラーニャは花の残骸みたいなものを手にしている。
 バラムでは見たことのない花で、山間部に咲く種類のように見えた。
 どちらにせよ記憶にないことだけははっきりしている。
 頭がすっきりしない状態でも、その程度のことなら答えが出せた。

「……その花が何か?」

「花の名はボルボラ。毒々しい赤紫の花弁が特徴で、花粉を吸うと強い幻覚作用が生じる」

 ラーニャの説明を聞きながら、徐々に意識が鮮明になっていた。
 彼女の言葉通りに存在感のある色をしている。
 日本の花に当てはめれば、すずらんに似た見た目だった。

「それで花粉を吸ってしまったってわけだ。リリアとクリストフさんは平気でした?」

 二人に視線を向けると心配そうな顔色を浮かべていた。
 明らかに正気を保っているように見える。
 幸いなことに災難は免れたようだ。

「ちょうどお前だけ花を踏んでしまった。近くに咲いていると独特の匂いがして気づくものだが、死角になっていて見逃してしまった……すまない」

「いやまあ、無事だったから謝らなくても……」

 そこまで申し訳なさそうな態度ではないものの、ラーニャの口から謝罪の言葉が出たことは驚きだった。
 まさかの出来事を前にして、どう反応していいものか戸惑ってしまった。

「周りに咲いていたものは抜いたから、これで問題ないだろう。危険なモンスターを見たというのは、微量の花粉を吸った登山者が幻覚を見た可能性が高い。お前のように吸いこんでいれば、重症になって騒ぎになっているはずだからな」

 ラーニャの説明はしっくりくる感じがした。
 元冒険者の感覚では危険なモンスターの兆候が見られなかった。
 歓迎できることではないものの、人的被害が生じていないことも違和感を覚える理由の一つだった。
 実際に吸ってしまった身からすれば、あたかも現実であるという認識になったとしても不自然なことはない。

「ここまでの道の雰囲気からして、マリオさん以外に管理をする役割の人がいる気がします。まずはその花に詳しいラーニャさんから、マリオさんに説明してもらえますか?」

「私としてもこの花が広まるのは本意ではない。力を貸してやろう」 

「ありがとうございます」

 ラーニャは仕方がないといった感じで応じてくれた。
 本人的には渋々だったとしても、協力してくれるだけ前進していると思った。
 ランス王国出身の三人は詳しくないので、彼女が説明してくれることで伝わりやすくなると思った。

「それじゃあ、引き返してマリオさんのペンションに戻りましょう」

 ラーニャが何らかの処置をしてくれたようで、問題なく動くことができそうだ。
 復活するまでは幻覚に苛まれていたため、実際に何をしたのか分からなかった。

 俺たちは山頂を後にして、麓への段差を順番に下りていった。
 それから緩やかな下り坂になったところで、クリストフが声をかけてきた。

「マルクくん、僕とリリアの出番はなかったね」

「いえいえ、ご心配をおかけしました」

「いや、僕の方こそ申し訳なかった。ラーニャさんが適切な処置をしていたけれど、僕たちはおろおろして見ていることしかできなかったから」

 彼にしては珍しい苦笑いを浮かべている。
 初見の毒物が相手では詳しい知識がなければ、どうすることもできないだろう。
 リリアやクリストフを責めるような気持ちは微塵もなかった。

「ところで適切な処置って、具体的にはどんなことをしていたんですか?」

「……あ、ああ、どうだったかな。気が動転していて、あの時の記憶は曖昧な気がするなあ」

「えっ?」

 クリストフは気まずそうに目を逸らして、そのまま前の方に進んでいった。
 様子がおかしいが、何かまずいことでもあったのだろうか?
 彼の反応に違和感を覚えたものの、ラーニャ本人にたずねるのはハードルが高いように思われた。
 そもそも、彼女の性格からして素直に答えるとは考えにくい。


 あとがき
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