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ダークエルフの帰還
マリオの手料理
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ペンションの裏口を通って調理場へと移動した。
宿泊客向けに料理を出すだけあって、充実した設備があった。
マリオはリーキを調理台に置くと、手を洗ってエプロンを身につけた。
「普段はお客さんを調理場に入れたりなんかしないんだけどね」
マリオは少し含みのある笑みを浮かべた。
彼が呼んでくれたのは料理人という共通項以外にも理由がありそうだ。
「差し支えなければ、事情を教えてもらえませんか?」
「いやまあ……。最近は客入りが閑散としてて、山の中に一人だからってだけですよ。人間一人で長い時間いるのは気が滅入るもんですから」
「なるほど、そういうことですか」
何か別の理由がありそうだが、出会ったばかりなのに根掘り葉掘りたずねるのはためらわれた。
山中で一人、ペンションの店主をしているような人だ。
話したくないことの一つや二つがあったとしてもおかしくはない。
マリオは釜に火を入れて、食材を揃えていった。
リーキ以外に鳥肉と他の野菜が調理場に加わる。
彼の頭の中にレシピがあるようで、必要な食材があっという間に並んだ。
食材と夕食の時間を逆算すると、そこまで複雑な料理にはならないようだ。
「よかったら下準備を手伝いましょうか?」
「遠慮したいところだけど、料理経験があるのならお願いしようかな」
「リーキは見慣れないので、他の食材をやらせてください」
俺は手を洗って、台に置かれた包丁を一本手に取った。
自然と刃の部分に目が向いて、サビはなく適度に磨かれているのが分かる。
お客の多寡にかかわらず、丁寧な仕事をしていることに好感を抱いた。
「鳥肉のステーキを作るので、そっちのカットを頼みます」
マリオは無駄のない動きでまな板を調理台に置き、大きめの塊になっている鳥肉を切り始めた。
見本になるように一人前の量を切り分けてくれた。
「これを四つでお願いします」
「分かりました」
自分の店で肉を切り分けることがよくあるので、見本があれば難しいことはない。
大きさを意識しながら包丁を動かしていく。
一つ目ができたら二つ目を、二つ目ができたら三つ目をという感じで、集中して切っていたら短い時間で完了した。
「できました。あとは何かありますか?」
「お客さんたちは遠くから来たんなら、口に合わないかもしれない。料理が完成したら、味見をお願いできるかな」
「もちろんです」
「あんまりお客さんにやらせるわけにもいかないから、作業はこの辺で。そこの椅子に座って待っててもらえます?」
俺が返事をして椅子に腰を下ろすとマリオは作業ペースを上げた。
こちらを気遣ってせかせかしないようにしてくれていたのだ。
味見の時まで手持ち無沙汰なので、彼の仕事ぶりを眺めることにした。
「――お待たせしました。味見をお願いします」
皿に乗った鳥肉のステーキが運ばれてきた。
盛り付け前で小皿に切り身が乗っている状態だ。
「では早速」
添えられたフォークを使って口に運ぶ。
ジューシーな食感で濃厚な味わいが口の中に広がっていく。
味つけは塩とスパイスがメインのようだが、肉自体の旨味がしっかりしているため、食べごたえのある味つけになっている。
「すごく美味しいですよ。これなら仲間も気に入ると思います」
「ふぅ、それはよかった」
マリオは汗を拭うような仕草を見せた。
料理をする者ならば味を評価される時というのは緊張するものだろう。
「おっとそうだ。調理場は冷えるでしょう。これはお礼です」
マリオが湯気の浮かぶマグカップを差し出した。
ハーブが入っているようでさわやかな香りが漂ってくる。
「ありがとうございます。少し寒かったので、ちょうどよかったです」
「ハチミツ入りのハーブティーです。もうちょいしたら料理が完成するんで、よかったら食堂でくつろいでください」
「そうさせてもらいます。貴重な料理の場面が見られて参考になりました」
俺はマグカップを手にして入った時の裏口とは反対側に歩いていった。
食堂には暖色のランプが灯り、山の中の宿といった雰囲気が感じられた。
「とてもいいペンションだから、もう少しお客が来てもいいはずだけど」
そんな独り言を口にしながら、誰もいない食堂の椅子に腰を下ろした。
ハーブティーを口にすると全身が温まるような感覚になり、まろやかなハチミツの甘みが優しく感じられた。
ホッと一息ついた後、食堂の様子に目を向ける。
高級な宿のような洗練された雰囲気ではないものの、素朴で温かみのあるところはお客がゆったりすごせることにつながるような気がした。
すでに暗くなってしまっているが、窓からは森の様子が見えそうなところもいい。
朝になれば朝日が差しこんで、さわやかな空気が感じられそうだ。
自然とリラックスした状態でくつろいでいると、マリオが料理を運び始めた。
彼は両手に皿を持って食堂と調理場を行き来している。
手伝おうかと思いかけたが、逆に気を遣わせてしまいそうでやめておいた。
やがて彼の作業に区切りがついたところで声をかけた。
「お疲れ様でした」
「まだ夕食の時間ではないけど、よかったら食べます?」
「できたてを食べたいところですけど、仲間が来るのを待ちます」
味見した時は盛りつけ前だったが、完成品の鳥肉のステーキはさらに美味しそうに見えた。
食欲をそそる香りがこちらまで届いている。
皆が揃うまでもう少しかかるはずが、食堂に集まったところで食べるとしよう。
宿泊客向けに料理を出すだけあって、充実した設備があった。
マリオはリーキを調理台に置くと、手を洗ってエプロンを身につけた。
「普段はお客さんを調理場に入れたりなんかしないんだけどね」
マリオは少し含みのある笑みを浮かべた。
彼が呼んでくれたのは料理人という共通項以外にも理由がありそうだ。
「差し支えなければ、事情を教えてもらえませんか?」
「いやまあ……。最近は客入りが閑散としてて、山の中に一人だからってだけですよ。人間一人で長い時間いるのは気が滅入るもんですから」
「なるほど、そういうことですか」
何か別の理由がありそうだが、出会ったばかりなのに根掘り葉掘りたずねるのはためらわれた。
山中で一人、ペンションの店主をしているような人だ。
話したくないことの一つや二つがあったとしてもおかしくはない。
マリオは釜に火を入れて、食材を揃えていった。
リーキ以外に鳥肉と他の野菜が調理場に加わる。
彼の頭の中にレシピがあるようで、必要な食材があっという間に並んだ。
食材と夕食の時間を逆算すると、そこまで複雑な料理にはならないようだ。
「よかったら下準備を手伝いましょうか?」
「遠慮したいところだけど、料理経験があるのならお願いしようかな」
「リーキは見慣れないので、他の食材をやらせてください」
俺は手を洗って、台に置かれた包丁を一本手に取った。
自然と刃の部分に目が向いて、サビはなく適度に磨かれているのが分かる。
お客の多寡にかかわらず、丁寧な仕事をしていることに好感を抱いた。
「鳥肉のステーキを作るので、そっちのカットを頼みます」
マリオは無駄のない動きでまな板を調理台に置き、大きめの塊になっている鳥肉を切り始めた。
見本になるように一人前の量を切り分けてくれた。
「これを四つでお願いします」
「分かりました」
自分の店で肉を切り分けることがよくあるので、見本があれば難しいことはない。
大きさを意識しながら包丁を動かしていく。
一つ目ができたら二つ目を、二つ目ができたら三つ目をという感じで、集中して切っていたら短い時間で完了した。
「できました。あとは何かありますか?」
「お客さんたちは遠くから来たんなら、口に合わないかもしれない。料理が完成したら、味見をお願いできるかな」
「もちろんです」
「あんまりお客さんにやらせるわけにもいかないから、作業はこの辺で。そこの椅子に座って待っててもらえます?」
俺が返事をして椅子に腰を下ろすとマリオは作業ペースを上げた。
こちらを気遣ってせかせかしないようにしてくれていたのだ。
味見の時まで手持ち無沙汰なので、彼の仕事ぶりを眺めることにした。
「――お待たせしました。味見をお願いします」
皿に乗った鳥肉のステーキが運ばれてきた。
盛り付け前で小皿に切り身が乗っている状態だ。
「では早速」
添えられたフォークを使って口に運ぶ。
ジューシーな食感で濃厚な味わいが口の中に広がっていく。
味つけは塩とスパイスがメインのようだが、肉自体の旨味がしっかりしているため、食べごたえのある味つけになっている。
「すごく美味しいですよ。これなら仲間も気に入ると思います」
「ふぅ、それはよかった」
マリオは汗を拭うような仕草を見せた。
料理をする者ならば味を評価される時というのは緊張するものだろう。
「おっとそうだ。調理場は冷えるでしょう。これはお礼です」
マリオが湯気の浮かぶマグカップを差し出した。
ハーブが入っているようでさわやかな香りが漂ってくる。
「ありがとうございます。少し寒かったので、ちょうどよかったです」
「ハチミツ入りのハーブティーです。もうちょいしたら料理が完成するんで、よかったら食堂でくつろいでください」
「そうさせてもらいます。貴重な料理の場面が見られて参考になりました」
俺はマグカップを手にして入った時の裏口とは反対側に歩いていった。
食堂には暖色のランプが灯り、山の中の宿といった雰囲気が感じられた。
「とてもいいペンションだから、もう少しお客が来てもいいはずだけど」
そんな独り言を口にしながら、誰もいない食堂の椅子に腰を下ろした。
ハーブティーを口にすると全身が温まるような感覚になり、まろやかなハチミツの甘みが優しく感じられた。
ホッと一息ついた後、食堂の様子に目を向ける。
高級な宿のような洗練された雰囲気ではないものの、素朴で温かみのあるところはお客がゆったりすごせることにつながるような気がした。
すでに暗くなってしまっているが、窓からは森の様子が見えそうなところもいい。
朝になれば朝日が差しこんで、さわやかな空気が感じられそうだ。
自然とリラックスした状態でくつろいでいると、マリオが料理を運び始めた。
彼は両手に皿を持って食堂と調理場を行き来している。
手伝おうかと思いかけたが、逆に気を遣わせてしまいそうでやめておいた。
やがて彼の作業に区切りがついたところで声をかけた。
「お疲れ様でした」
「まだ夕食の時間ではないけど、よかったら食べます?」
「できたてを食べたいところですけど、仲間が来るのを待ちます」
味見した時は盛りつけ前だったが、完成品の鳥肉のステーキはさらに美味しそうに見えた。
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