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ダークエルフの帰還

モンスター使いとの遭遇

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 グレイエイプは去り、ホワイトプラムの木々の周りに姿は見えなかった。
 広範囲に無造作に生えている様子からして、果樹園というよりも自然に育ったものを収穫しているようだ。
 ところどころに収穫作業がしやすいように整備されているところも見受けられ、ナロック村の人たちにとって重要な果実であることが分かる。

 俺たちは意見を交換して、グレイエイプを操った者を探すことにした。
 ホワイトプラムの状態も確認した方がいいという提案もあり、木々の間をすり抜けるようにして歩いている。

「ちょっとした林ぐらいの広さはありますね」

「うん、その通り。茂みから襲いかかってくるかもしれないから、警戒を怠らないように頼むよ」

 クリストフがこともなげに口にした。
 言い方は軽い感じだったが、剣をしっかり構えている。
 もちろん、リリアも気の緩みを感じさせない状態だった。
 不要な力みはなく、いつでも応戦できるという隙のなさは鍛錬の賜物なのだろう。
  
 リリアとクリストフに感心しつつ、そのまま歩を進める。
 木々の感覚が広くなり、その中に一際立派なホワイトプラムの木があった。
 理由は分からないが、この木だけはたわわに果実が実っている。
 グレイエイプが避けたということのだろうか。

「――せっかく、いい遊び場ができたのに」

 木の枝から何者かが下りてきた。
 旅人風の衣服を身につけており、片手で木の実を握ってかじっている。
 俺とそう変わらないように見えるので、二十代前半ぐらいだろう。
  
「……油断するな。何やら不穏な気配を感じる」

 ラーニャが重々しい声音で言った。
 この男がグレイエイプを操っていたのだろうか。

「村人が慌てふためくのは見ものだったのに、ここもこれまでか」

 男は独り言のように言葉を紡いでいる。
 一見すると無防備なのだが、リリアとクリストフが攻撃しないということは出方を見た方がいいようだ。

「そういうのは感心しないね。ランス王国の名において、君を拘束する」

 クリストフがじりじりと間合いを詰める。
 俺は不測の事態に備えて、いつでも魔法を発動できるように意識を集中した。
 目の前に佇む男の無警戒にも見える様子が不気味に見えた。 

 ――とその時だった。
 突如として強い風が巻き起こった。
 事態が呑みこめずに辺りを見回す。

「……何が起きたんだ」

「せいぜい楽しませてくれ」 

 その声を最後に男の姿を見失った。
 入れ替わりに赤い巨体が目の前に現れた。

「……レッドドラゴン」

「さあ、みんなこっちへ!」 

 クリストフの声で我に返った。
 あまりに突然のことで茫然自失になりかけていた。

「ここで戦うとホワイトプラムの木を巻きこんでしまう。向こうの開けた場所なら問題ないから」

 その場から駆け出して、クリストフの指示に従う。
 思わず後ろを振り返ると、ドラゴンの口から炎が吐き出された。
 その行動は俺たちをあざ笑うように見えた。
 次から次へと木々に燃え移ろうとしている。

「くっ……」

 危険を承知の上で足を止めて、急いで氷魔法を発動する。
 凍てつく冷気が広がり、燃え移る炎に覆いかぶさるように結氷していく。
 氷はすぐに溶けてしまうが、発生した水によって鎮火した。

「――私も手伝おう」

 ラーニャが隣に並んで、短い詠唱で氷魔法を発動させた。
 まるでブリザードを想起させるような凍てつく風が吹いた。
 俺のものよりも何割か増しで強力な魔法だった。

「なんてすごい魔法だ」
 
 感心しているとラーニャが声をかけてきた。

「レッドドラゴンの弱点は水と氷だ。私とお前の魔法で攻撃する。長引けば被害は拡大して、分の悪いあの二人が負傷するリスクが高まる」

 彼女はそう言って、少し離れた位置のリリアたちを見やった。
 たしかに剣での攻撃は距離が近い分だけリスクが高まる。
 
「分かりました! その方向で」 

「魔力はまだ残っているか?」

「まだまだいけます」

 レッドドラゴンとの間合いが悪いため、二人で慎重に近づいていく。
 その姿を両目で捉えると両翼をはためかせて尻尾を振り回している。
 ブレスの炎を消されたことで、怒りで興奮しているように見受けられた。
 実物を見るのは初めてだが、言うまでもなく迫力がある。

「連続でブレスは吐けないはずだ。今のうちに決着をつける」

「分かりました」

 再びラーニャは詠唱を始めた。
 彼女を起点にして魔力の渦のようなものを感じる。
 一方、俺はコレット式の詠唱なしに慣れているため、彼女と息を合わせることに集中を傾けた。

「――アイスストーム」

 猛吹雪を思わせるような冷気が巻き起こり、体感温度が一気に下がった。
 そこへ上乗せするように氷魔法をかける。

「いけえーー!!」

 赤い巨体を呑みこむように凍てつく風が吹き抜けた。
 レッドドラゴンは虚を突かれたかたちで逃げようとするが、二人分の氷魔法をぶつけられた時点で勝負ありだった。

「……グッッ……」

 全身が凍りついたことで大きな氷像がその場に完成した。
 さすがのレッドドラゴンでも、これには耐えられないはずだ。

「……これで大丈夫ですか?」

「炎を吐くドラゴンは体内に高熱の動力炉みたいなものがある。放っておけば、氷が溶けて動き出すだろう。今のうちにトドメを刺す」

 ラーニャは淡々と言って、クリストフに視線を向けた。
 彼はそれに気づいて、こちらに近づいてきた。

「私やマルクでは無理だ。お前が適任だろう」

「ふふっ、アバウトな指示だね。あの竜を仕留めろっていうのは分かるよ」

 クリストフは涼しげな笑みを浮かべたまま、レッドドラゴンに近づいていった。
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