上 下
412 / 465
ダークエルフの帰還

エスタンブルクへの道中

しおりを挟む
 クリストフが御者をするかたちで出発した。
 馬車は王都を出て街道を進んでいる。
 ベナード商会の客車も揺れが少なかったが、今回の客車も快適に感じる。
 王家関係者が手配しただけのことはあると思う。

 出発したのは昼前だが、今日中にエスタンブルクに着くのは現実的ではなかった。
 いくつか中継地点を通過して、明日の夕方か二日後のどこかで到着する予定になっている。

 客車の中ではリリアが御者台寄りに腰を下ろして、地図をじっと眺めている。
 彼女の様子はクリストフが迷わないよう、準備しているように見受けられた。
 一方、ラーニャは腕組みをして押し黙っており、何を考えているのか推測することは難しかった。
 彼女と出会ってさほど経たないが、気を遣って話しかけるのは逆効果だと学んでいる。
 少なくとも今は景色でも眺めて、時間が経つのを待つとしよう。
 
 休暇を利用した旅から戻ってきたものの、こうして馬車に揺られている。
 フレヤとシリルのおかげで店は問題ないので、店主不在でもやっていける。
 焼肉屋を切り盛りすることは性に合っているのだが、同じぐらい旅と冒険に魅力を感じる自分がいることを実感していた。

 そんなことを考えながら、小さくため息を吐く。
 経営と冒険が切り離せないのは少しばかり悩ましいところだ。
 今回は遺構探索を続けたかった一方で、ラーニャのことを放っておけない気持ちも大きかった。

 カタリナは人助けを王様の掲げる国是と言っていたが、そこまで立派な信念がなくとも、手の届く範囲で誰かの力になろうとする自分でいたい想いがある。
 かつて冒険者になった時、焼肉屋の開業資金集めためにという理由だけでなく、人の役に立てることも理由の一つだった。

 ――思えば遠くまで来たものだ。
 しがない冒険者だった自分が立派な店を持てるようになり、優れた技量を持つ二人と同じ馬車で移動している。 
 この世界に転生する前もそうだったが、人生というのは何が起きるのか分からないものだとつくづく実感する。 

「すまないが、窓を開けてもいいか」

「……あ、はい」

 考えごとをしていたので、ラーニャの呼びかけに反応するのが遅れた。
 彼女はこちらが答えると馬車の窓をずらして開いた。
 外は涼しい風が吹いているようで、車内に新鮮な空気が流れる。

「防寒着は持ってきただろうが、お前たちが思っているよりもエスタンブルクは冷える。どこか途中で服を買い足した方がいい」

「ありがとうございます。大事なことなので、クリストフにも伝えておきます」

「寒さに負けては戦いどころではない」

 地図に目を向けていたリリアが応じるとラーニャはツンデレめいた反応を見せた。
 俺たちが協力を示したことで、最初よりも態度が軟化しているような気がする。 
 現時点では彼女の話だけが根拠になっているため、心を開いてくれることが重要になるだろう。
 
 その後は状況を見計らいながらラーニャに声をかけたり、リリアを交えて三人で話したりした。
 今まで足を運んだことがない場所を通ったため、時折流れる景色に目を向けた。
 
 そうして、日が暮れて移動が難しくなった頃。
 クリストフが街道から少し離れた場所で馬車を停めた。
 すでに日が沈みかけており、遠くの山々は黒い影になっている。
 夕日が作り出す空のコントラストが美しかった。

 俺たちは必要な荷物を手に取り、馬車の外に出た。
 御者を務めてくれたくれたクリストフが背中を伸ばして、ストレッチのようなことをしている。
 彼が半日近く通して手綱を握ってくれたおかげで、移動の負担が軽かった。

「今日の移動はここまで。今晩はこの村の宿屋に泊まろう」

「初めて来たんですけど、村の名前は?」

「ああ、ナロックだね。位置的には国境の近くでランス王国の領内さ」

 クリストフは疲れた様子を見せずに答えた。
 日頃から厳しい鍛錬を積んでいるだけはあると思った。

「そんなに広い村ではなさそうですけど、案内をお願いできますか?」

「もちろん喜んで。まずは宿屋に荷物を置きに行こう」

 さわやかな笑みを浮かべながら、クリストフが村の入口へと向かった。
 宿屋は村の中ほどにあり、民家を宿泊客のために改装したような素朴な雰囲気だった。
 俺たちはそこで受付をして、用意されたそれぞれの部屋に荷物を置いた。
 それから、村内の食堂で夕食を済ませてから早めの就寝となった。

 翌朝、全員が出発の準備ができたところで、見知らぬ人物がたずねてきた。
 相手の事情を聞いてみるとクリストフの風貌と装いから、腕の立つ兵士と見こんだという話だった。
 
 他国の領内ならいざ知らず、自国の領内で頼まれてはリリアやクリストフが断るはずもない。
 俺たちは案内されるまま、村内の一軒家に足を運んだ。
 石造りの家で年季はあるものの、中は小ぎれいで清潔感がある。

 俺たちを客間まで通した後、案内した者は席を外した。
 入れ替わるように部屋の奥から白髪の老人が現れた。

「急に呼び立ててしまい、申し訳ありません。わしは村長のジョエルと申します」

 ジョエルは開口一番、平身低頭な様子で名乗った。
 それに対してリリアとクリストフは流れるような動きで応じた。
 城内で何度か見かけることのあった、兵士の作法だったと思う。 

「おお、見事に洗練された立ち振る舞い……。村の者の報告でもしやと思いましたが、王都の兵士とお見受けして間違いありませぬか?」

「はい、いかにも。私は王城の警護兵のリリア。この者はクリストフ兵長です」

 リリアが自己紹介すると、ジョエルは感極まったように目元を潤ませた。
 そんなにも兵士の力を借りたいとはどんな用件なのだろう。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

処理中です...