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異世界の南国ヤルマ

地元の民宿と穏やかな朝

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 翌朝、ヤルマの民宿で目が覚めた。
 サクラギのモミジ屋は格式高い雰囲気だったが、ここは地元の人の家を間借りしたような部屋だった。

 俺は布団を畳んだ後、身支度を整えてから部屋の外で顔を洗った。
 二日酔いとまではいかないものの、頭がぼんやりしている。
 だいたいのことは覚えているが、記憶がところどころ曖昧だった。
 
「昨日はオルスとミズキたちが盛り上がって、遅くまで飲んだからな」

 すぐに移動しようという気にはならず、壁に背中を持たれかけて腰を下ろす。
 これは楽な体勢だと思ったところで、開けたままの扉の近くに人影が見えた。

「おはようございます! 朝食を食べてないのはお客さんだけなので、食堂に来てくださいっす!」

「はい、今行きます」  

「「……あれ?」」

 お互いに顔を見合う。
 見覚えのある人物はリンだった。

「もしかして、ここでも手伝いを?」

「この民宿はうちの実家っす。手伝いっちゃ、手伝いっすね」

「へえ、働き者で偉いなあ」

 そう伝えると、リンは恥ずかしそうにもじもじした。
 ミズキやアカネと同じく日本人に近い風貌をしているせいか、出会ったばかりでも話しやすい気がする。

「ささっ、食堂へどうぞ」

 俺は申し訳ないと思いつつ部屋を出た。
 
 廊下を歩いた先に食堂はあった。
 壁際に大きな窓があり、朝のさわやかな陽光が差しこんでいる。
 ここも一般家庭のような感じで、くつろげるような雰囲気だった。

「おはようございます。そこの席におかけください」

 こちらの存在に気づいた女の従業員が声をかけてきた。
 見た目の雰囲気がリンと重なるため、彼女が母親だと思った。

「お待たせしてしまって……俺が最後みたいですね」

 四人で使う机の上に一人分の料理が置かれている。
 あらかじめ用意しておいて、お客がやってきたところでご飯や味噌汁などを提供するかたちなのだろう。

「そんなお気になさらず。寝不足は身体に悪いですから、ゆっくりお休みになって頂いてけっこうですよ」

 リンの母親はのんびりした口調だった。
 ヤルマのゆったりした空気になじむような人柄のようだ。

 俺が椅子に腰を下ろすと、すぐに茶碗が運んでこられた。
 中にはお粥が入っており、中心にはカツオ節を炒ったようなものが乗っている。

「美味しそうですね。いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」
 
 お粥は温めてあったようで、湯気が浮かんでいる。
 木製の匙ですくい上げてから、少し冷まして口に含んだ。

 ほどよい塩加減で飲みすぎた後の朝にはぴったりな味だった。
 お粥以外には焼き魚や細長いラッキョウの酢漬けたみたいなものがある。
 それらを用意された箸でつまみながら、合間にお粥を口へと運ぶ。

「全体的にまろやかな味つけで食べやすいです」

「そんなふうに言って頂けて作った甲斐があります。もし足りなかったら、おかわりもご遠慮なく」

「はい、どうも」

 リンの母親の申し出はありがたいが、用意された分で腹八分になりそうだった。
 朝からサービス満点の食事を平らげて、食堂を後にした。

 部屋に戻ってから荷物をまとめて、民宿の入り口に向かった。
 ちょうど帳場にリンの母親がおり、支払いを済ませて民宿を出た。

 日差しはやや強いが、今日はすがすがしい快晴だった。
 民宿の敷地を離れると左右に路地が伸びていた。
 仲間たちと集合時間を決めないまま解散になったので、いつ集まるかは特に決まっていない。

「とりあえず、少し歩くか」

 リンの母親の話では、俺以外の三人はすでにチェックアウトしたようだ。
 アデルは旅好きな性格なので、付近を散策しているかもしれない。
 ミズキは水牛のところにいそうな気がして、アカネはそんなミズキの近くにいるような気がした。

 道の両脇に石垣が続くのどかな道。
 時折、地元民らしき人とすれ違うと会釈をして通りすぎていった。
 観光客が訪れる土地柄だからか、他国の人間に慣れている様子だった。
  
 穏やかな気持ちで歩くうちに、道の先に牛車を見つけた。
 そのまま近づいてみると、ミズキが水牛に水を与えているところだった。

「おはようございます」

「おおっ、マルクくん」

「起きるのが遅かったみたいで、待たせてしまいましたか」

 ミズキは水牛の傍らにしゃがんでいたが、立ち上がってこちらを向いた。

「それなんだけど、アデルがヤルマ観光をしたいって言って出発して。あたしは水牛の世話をしにきただけだよ」

「ああっ、そうでしたか。今日の予定ってどうでしたっけ?」

「昨夜(ゆうべ)は遅くまで飲んだから、覚えてなくても当然だよね。今日はリンちゃんに案内してもらって勇者に会いに行くよ」

 ミズキは明るい表情で笑顔を見せた。
 陽光に照らされて、さわやかで清潔感のある美しさを感じさせた。

「――マルク殿、姫様に邪(よこしま)な感情を抱いてはいないか?」

 気づかないうちにミズキに見とれていたようで、いつの間にかアカネに目をつけられていた。
 ゆっくりと背後を振り返ると、怪訝な表情でこちらを見ていた。

「腕っぷしの強さでは勝てる気がしないので、殺気を向けるのはやめてもらえませんか……」

「あれ、アカネがどうかしたの?」

 ミズキが加わったところで、アカネは素知らぬ顔を見せた。
 さすがに主君の前で先ほどの表情はできないようだ。

「姫様、近くでリンさんに会いまして、そろそろ勇者に会いに行くとのことでした」

「この子の世話も終わったし、みんなで会いに行こっか」

 俺たちは三人で民宿の方へと引き返した。
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