上 下
336 / 449
異世界の南国ヤルマ

南東の小国ヤルマに到着

しおりを挟む
「いやー、お腹いっぱい」

 南国そばの食堂を出たところで、ミズキがご機嫌に言った。
 四人で食べた角煮の量はなかなかのものだった。
 脂身もあるのでもたれそうなはずだが、この食堂の角煮は食べやすくて、ついつい箸が進んだわけである。

 俺たちは食堂を離れて、道の脇に停まる牛車へと戻った。 
 水牛は地面にしゃがみこんで眠たそうにしていた。

「姫様、今から出発して、夕方にはヤルマへ着くと予定です」

「了解、出発していいよ」

「それでは、参ります」

 御者台からアカネの声がして、牛車が動き出した。 

 いよいよヤルマが近づき、外の日差しは強くなっていた。
 客車の幕を上げて風通しをよくしていても、中の温度は上昇している。
 
 ミズキは平気なようだが、俺は暑さに慣れていなかった。
 全身にじんわりと汗が浮かぶ。

「こんなこともあろうかと――はい!」

「ありがとうございます」

 ミズキがうちわを取り出して、渡してくれた。
 エアコンや扇風機の存在を知っていると高望みしそうなところだが、この状況で贅沢を言ってはいられない。
 受け取ったうちわで風を送り、暑さが和らぐ感じがした。

「ミズキさん、魔王って本当にいるんですかね」

「それなんだけど、あたしも初耳でさ。サクラギ以外の国に行ったことがあるから、何となく伝承は聞いたことあるんだよね。まあでも、大半の人は昔話としか思ってないし、そんな存在が実在するなら、この世界を治めようとしそうじゃん」

 あははっといった具合で、ミズキは魔王のことが半信半疑のようだ。
 もしかしたら、ゼントクの与太話にすら思っている節もある。

「アデルはどうですか? 俺たちよりも詳しいように思います」

「うーん、どうかしら。魔王がいたとされるのは何百年も前な上に、どれも寓話めいた内容ばかりなのよ」

 当然ながら魔王が信仰の対象だったことがあるわけもなく、必要がなければ忘れ去られているといったことなのだろうか。
 俺自身、魔王が出てくる昔話はほとんど聞いたことがない。

「例えば、どんな内容ですか?」

「そうね、魔王の魔法で巨大な岩が削られて、それが一つの山になったとか」

「わあっ、スケールが大きい話だ」

 ミズキが楽しそうに笑い声を上げた。

「だいたい民話はこんなものじゃない? ランスにもサクラギにも、魔王に限らず似たような話はあるはずよ」

 アデルはミズキの反応を気にすることなく、平然とした様子で言った。

「サクラギの事情は知りませんけど、バラムでもそんな感じです。天を翔ける馬が空に輝く石ころをばら撒いて、それが星になったとか」

「へえ、ロマンがある話じゃん」

「えっ、さすがにありえないわよね」

 ミズキが現実的なコメントをしたアデルをじっと見た。

「いやいや、それじゃあ夢がないよ」

「そう? ペガサスが実在すると思う?」

 気心知れた仲ということもあり、二人は言い争うことはない。
 じゃれ合う程度のノリで話している。

「数ある寓話や伝承の中で、たまたま魔王が実在したってことだと思います。ゼントクさんのとっておきみたいでもあるようですし」

「あたしは断片的に聞いたことはあるけど、具体的にヤルマにいるとは知らなかったな」

「それが本当に魔王なら隠居生活をしていて、目立たないようにしているはずよ。ゼントクが知っている理由までは分からないけれど」

「あたしも謎なんだよねー。お父さんが魔王と知り合いとかあるわけないし」

「「「うーん」」」

 魔王に関する謎は深まるばかりだった。
 ヤルマで現地調査を行えば、手がかりは掴めるだろうか。

 窓から外を見れば、街道沿いには南国を思わせる植物が生えており、ヤルマが近づいていることを実感した。
 水牛は復活したようで順調に進んでいる。

 やがてどこからか波の音が聞こえて、遠くの方に砂浜が見えた。 
 夕方に差しかかる時間帯で、夕日の橙色が海面に広がっている。   

「うわぁ、海だ―!」

 ミズキも同じように気づいて、はしゃぐように声を上げた。

「なかなか海は見れないので、こうして波の音が聞こえると気分も変わりますね」

「みんなでガルフールのブルークラブを食べたのを思い出すわ」

「ははっ、トマトジュースとカニの姿蒸しでしたか。あれは予想外に美味しくて驚かされました」

 アデルが楽しそうに話しているのを見て、うれしい気持ちになる。
 彼女にはお世話になっているので、少しでも喜んでほしいものだ。

 それからさらに進んだところで牛車が停まった。

「地図通りなら、ここがヤルマの入り口です」

 御者台からアカネの声が聞こえた。
 それに反応して、俺たちは客車から外に出た。

 周囲には丸石を積み上げた石垣が続き、ところどころにハイビスカスの花が咲いている。
 日が傾いて気温は下がっているものの、じっとりと湿った空気が肌に触れた。

「なるほど、ここがヤルマか」

 発展を遂げているという雰囲気はないが、それなりに規模はあるようだ。
 あちらこちらに南国そばの食堂と同じような構造の民家が建っている。
  
「今日の宿や夕食の店を探した方がいいわね」

「はい、そうですね」

 アデルは楽しそうに見えるが、いつも通りに落ちついている。
 彼女の言うように暗くなる前に見つけておいた方がいい。

「アカネさん、牛車で町中を移動できそうですか?」

「うむ、道幅も広い故、問題なかろう」

「それじゃあ、今日の宿と食事のできる店を探しましょう」

「承知した」

 もう一度、牛車で移動をすることにした。
 日没までにもう少し時間はありそうなので、明るいうちに見つけられるはずだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小型オンリーテイマーの辺境開拓スローライフ~小さいからって何もできないわけじゃない!~

渡琉兎
ファンタジー
◆『第4回次世代ファンタジーカップ』にて優秀賞受賞! ◆05/22 18:00 ~ 05/28 09:00 HOTランキングで1位になりました!5日間と15時間の維持、皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 誰もが神から授かったスキルを活かして生活する世界。 スキルを尊重する、という教えなのだが、年々その教えは損なわれていき、いつしかスキルの強弱でその人を判断する者が多くなってきた。 テイマー一家のリドル・ブリードに転生した元日本人の六井吾郎(むついごろう)は、領主として名を馳せているブリード家の嫡男だった。 リドルもブリード家の例に漏れることなくテイマーのスキルを授かったのだが、その特性に問題があった。 小型オンリーテイム。 大型の魔獣が強い、役に立つと言われる時代となり、小型魔獣しかテイムできないリドルは、家族からも、領民からも、侮られる存在になってしまう。 嫡男でありながら次期当主にはなれないと宣言されたリドルは、それだけではなくブリード家の領地の中でも開拓が進んでいない辺境の地を開拓するよう言い渡されてしまう。 しかしリドルに不安はなかった。 「いこうか。レオ、ルナ」 「ガウ!」 「ミー!」 アイスフェンリルの赤ちゃん、レオ。 フレイムパンサーの赤ちゃん、ルナ。 実は伝説級の存在である二匹の赤ちゃん魔獣と共に、リドルは様々な小型魔獣と、前世で得た知識を駆使して、辺境の地を開拓していく!

アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。 わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。 それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。 男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。 いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。

自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。 女神の話によれば、異世界に転生できるという。 ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。 父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。 その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。 食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。 そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……

自由を求めた第二王子の勝手気ままな辺境ライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
旧題:追放王子の辺境開拓記~これからは自由に好き勝手に生きます~ ある日、主人公であるクレス-シュバルツは国王である父から辺境へ追放される。 しかし、それは彼の狙い通りだった。 自由を手に入れた彼は従者である黒狼族のクオンを連れ、辺境でのんびりに過ごそうとするが……そうはいかないのがスローライフを目指す者の宿命である。 彼は無自覚に人々を幸せにしたり、自分が好き勝手にやったことが評価されたりしながら、周りの評価を覆していく。

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

無人島Lv.9999 無人島開発スキルで最強の島国を作り上げてスローライフ

桜井正宗
ファンタジー
 帝国の第三皇子・ラスティは“無能”を宣告されドヴォルザーク帝国を追放される。しかし皇子が消えた途端、帝国がなぜか不思議な力によって破滅の道へ進む。周辺国や全世界を巻き込み次々と崩壊していく。  ラスティは“謎の声”により無人島へ飛ばされ定住。これまた不思議な能力【無人島開発】で無人島のレベルをアップ。世界最強の国に変えていく。その噂が広がると世界の国々から同盟要請や援助が殺到するも、もう遅かった。ラスティは、信頼できる仲間を手に入れていたのだ。彼らと共にスローライフを送るのであった。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...