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和の国サクラギとミズキ姫

ミズキとの合流

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 初めの一貫はビンナガマグロを選んだ。
 地元で食べる川魚では見たことがないような脂が乗っており、食べごたえのありそうな雰囲気に惹かれた。

 寿司を手に取ってネタをしょうゆにつけると、ほんのり脂が浮いた。
 わさびも味わいたいので、気持ち多めにつけてみる。

「では、いただきます」

 あまり大きい寿司ではないため、そのまま口の中に放りこんだ。
 しょうゆの適度な塩味、わさびの鮮烈な辛さがじわりと広がる。
 肝心のネタは濃厚な脂と心地よい食感で癖になりそうだ。
 
「臭みがほとんどないですね。最高の鮮度だ」

「ありがとうございやす。自分らで管理に気を遣ってますが、サクラギの荷運びの人らが尽力したおかげです」

「海までの距離は知らないですけど、色々とこだわりがありそうですね」

 大将はうれしそうに満面の笑みを浮かべている。
 気難しくて取っつきにくいという職人っぽさはなく、寿司が好きで料理人をやっているという雰囲気に好感が持てる。

「今日はお客さんたちが一組目でネタに余裕があるんで、追加はどんどん注文しちゃってください。余ったら自分と弟子で食べるだけなんで」

 大将は景気のいいことを言っているが、値段が分からないため、どれぐらい頼んでいいものか決めかねる。
 
「値段なら気にせんでください。アデルさんならツケも構わないんで」

「ふふっ、ここは良心的な値段だから、ツケにするなんてありえないわ。マルクもハンクもなかなか食べに来れないんだから、お腹いっぱい食べたらいいじゃない。手持ちが足りない時は私が払うわよ」

 アデルが気前のいいことを言った。
 どちらにせよ、ハンクの分は俺か彼女が払うことになるのだが、それはさておき。

「とりあえず、ビンナガマグロを一貫追加で」

「はいよ!」

 大将は威勢のいい声で応えた。
 素早い動きで寿司を用意していく。 
 あまりの美味さに気が緩んで、「一貫」という単語を使ってしまったが、誰も気に留めていないようでホッとした。
 
 その後、ハンクが店の在庫を食べきらんばかりの勢いを見せて、途中で魚介類の注文はストップがかかった。
 久しぶりの寿司に気をよくしたアデルが支払いを持ってくれることになり、俺もご馳走してもらうかたちとなった。

「――ありがとうございやした! またのお越しを」

「ご来店ありがとうございました」 

 大将と若手に見送られて寿司屋を後にした。
 二人は俺たちが通りに出ると、店先まで足を運び笑顔で手を振ってくれていた。

「あまりの美味しさに感動しました」

「言ったでしょ、美味しい料理だって」

 こちらの言葉にアデルは自信満々で応えた。

「ついつい食べすぎちまった。けっこうな金額になったと思うんだが、肩代わりしてもらって悪いな」

「ああっ、気にしないで、私も食べられて満足だから」
 
「おれもあの店は最高だと思うぜ」

「ふふん、そうでしょう」

 けっこうな金額だったと思うのだが、不満の色を見せない点は尊敬に値する。
 これまでも彼女の太っ腹にどれだけ助けられたことか。

「そういえば、モミジ屋でしたっけ? 今日の宿はそこだと聞いたので、そこに向かった方がいいですよね」

 ふと、謎の女に告げられた内容を思い出した。
 寿司の余韻が大きすぎることで、完全に忘れていた。

「それなら心配いらないわ。そこに向かって歩いているから」

「土地勘がないので、助かります」

 俺とハンクは城下町の地理に疎いので、サクラギに来たことがあるアデルの存在は心強いものだ。
 歓談しながら歩くうちに、前方に立派な屋敷のような建物が見えてきた。 

「あれよ、あの建物がモミジ屋よ」

「これはまた、気品を感じるような佇まいですね」

 一言で表現するなら高級旅館といった雰囲気。
 ミズキの仲介がなければ、泊まることは難しそうな気がする。

「立派な建物だが、これは城なのか?」

 ハンクがとても驚いている。
 俺は民家と城の区別はつくが、サクラギについて詳しくない彼からすれば見分けがつかないのは当然のことだ。

「これは大きな民家みたいなものね。城なら山の方に見えていた白っぽい外壁の建物、あれがそうよ」

「そうか、そういうことか」

 アデルの説明にハンクは納得するように頷いた。

「じゃあ、中に入りましょうか」

 俺たちはモミジ屋の敷地に入り、宿の方へと歩いていった。
 三人で玄関を通り抜けたところで、女将が出迎えてくれた。
 彼女の指示で靴を脱いでロビーに進み、今日の部屋へと案内された。
 
 各自、荷物を置いたところで女将がやってきて、今度は広間へと招かれた。
 室内の洗練された和の要素に驚きつつ、部屋の真ん中に用意された席へと腰を下ろした。
 広間へ来た理由が分からずにいると、仲居さんがお酒の入った瓶と美しい細工の入ったグラスを運んできた。
 
 その酒はミズキが飲ませてくれたものに似ており、この町の地酒であると説明を受けた。 
 提供された地酒の味がよく、アデルとハンクは旅先で気分が高揚したようで、夜更けまで宴は続いた。

 明日以降の見通しが立たない状況でもあり、そろそろ切り上げようかと思ったところでミズキが現れた。

「いやー、急にいなくなってごめんよ」

「気にしてないですけど、何かありましたか?」

 アデルとハンクはほろ酔い加減のままだが、俺は控えめに飲んでいたこともあり、まじめな話を始めたら酔いが醒めた。
 
「うーん、あんまりマルクくんたちを巻きこみたくないんだけど、そうも言ってられない状況なんだよね……」

 彼女は俺に向けてなのか、独り言なのか分からないような言い方をした。
 
「何か役に立てることがあるなら、とりあえず話してもらえませんか――」

 俺が言い終えるところで、急に地面が揺れるのを感じた。
 その瞬間、自分が酔っているのかと思ったが、姿勢を低くしたミズキを見て地震が起きていることを確信した。
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