293 / 473
和の国サクラギとミズキ姫
野宿の準備と焚き火
しおりを挟む
ミズキが野営地と呼んだ場所は街道を逸れた少し奥まったところだった。
街道は目と鼻の先ではあるものの、草木で牛車を覆い隠すことができる。
丈の低い茂みに囲まれているため、音を立てずに接近することは難しいだろう。
「はい、到着。今日はここで野宿だよ」
「お疲れ様でした。野営地といっても、何かあるわけではないんですね」
「ここはサクラギを行き来する人が使ってる場所で、何となくそう呼んでる感じかな。牛車があれば中で眠れるし、一晩だけなら水と食料は足りるから」
「なるほど、そうなんですか。冒険者の野営地となると、ちょっとした炊事場があったり、水汲み場があるもので」
ミズキはこちらの言葉に頷くと、御者台から車内へ入っていく。
彼女と入れ替わるようにアデルとハンクが出てきた。
「おれは野宿でも全然平気だ。それに温泉があるなんて最高じゃねえか」
「女性陣と一緒に入れないので、後で入りに行きましょうか」
「そうだな。おれは野宿の準備を始める」
ハンクはいつものバックパックを手にして、客車から地面に下りた。
すぐにホーリーライトを唱えたようで光球が彼の近くに浮かび、荷物の中から何かを取り出している。
「ハンクはいつも通りか。……アデルは」
野宿が決定してから、彼女は意気消沈した様子だった。
客車から出てこないので中を覗いてみると、隅の方で体育座りをしている。
ただならぬ気配を察したのか、ミズキは素知らぬ顔で荷物をまとめていた。
野宿の代替案があるはずもなく、アデルはそっとしておくことにした。
「……温泉に入る時間になれば、少しはマシになるといいけど」
客車を出てひとりごちると、外で手を動かしているハンクに声をかける。
「もしかして、何か設営してます?」
「おう、まずは火を起こそうと思ってな」
「……って、めちゃくちゃ早いですね」
必要な持ち物を準備していると思いきや、いつの間にか石が並べられている。
まだ外枠だけとはいえ、すでに炉の原型が完成していることに驚きを隠せない。
「マルク、おれは準備を進めるから、木の枝を拾ってきてもらえるか? 種火の分は近くの枝でいけたんだが、すぐに足らなくなる」
「はい、もちろん」
「じゃあ、頼むな」
ハンクとの会話を終えた後、牛車が停まった場所から移動して木々が見えている方向に向かって歩いた。
周囲に緑が増えたとはいえモルネア方面の乾燥した土地が近いこともあり、森と呼べるほどの密度はない。
頭上に浮かぶホーリーライトを頼りに、丈の低い草をかき分けて進む。
冒険者を経験しているからといって、夜の暗闇が怖くないなんてことはない。
ここが木々の生い茂る場所でないことは幸いだった。
「……とりあえず、何かあったらハンクを呼ぼう」
盗賊にさらわれた時、勇者のように洞窟へと駆けつけてくれた。
どんな時も自力でどうにかしようという思いはあるものの、心のどこかで彼を頼りにしているところは否めない。
そんな頼れるSランク冒険者のためにも枝を集めるとしよう。
木の近くまで歩いていくと草の量は少なくなり、足元に折れた枝がいくつか落ちていた。
夜を明かすには心もとない量のため、さらに範囲を広げていく。
「――おーい、マルク! 戻ってきてくれるか」
「はーい、分かりました!」
もう少し枝を拾っておこうとしたところで、ハンクの声が聞こえてきた。
ここまで集められた分を脇に抱えて歩く。
来た道を引き返すと、牛車の大きなシルエットが見えてきた。
火を焚くための炉の近くにハンクとミズキが腰を下ろしている。
すでに火を起こせたようで、揺らめく炎と煙が上がっていた。
「あれっ、だいぶ火力が出てますね」
「探してくれたのに悪いな。ミズキが木炭を持ってるから、使わせてもらうことにした」
「そうなんですか。木炭は高級品だと思いますけど、さすがはサクラギの姫様ですね」
少しずつ火力の上がる炉の様子を見ていると、ミズキがこちらに向けて手招きをした。
「さあ、夜はこれからだよ、楽しんでいこう!」
「ははっ、朝から移動してるようには見えませんね」
俺は小さく笑い声を上げた後、ミズキたちの輪に加わった。
椅子のような気の利いたものはないため、炉を作るのに余ったと思われる大きめの石に腰を下ろす。
多少座りにくく感じるものの、地面に直接というよりも座り心地がいい気がする。
「そろそろ、火の勢いが安定してきたね。あれを焼こうかな」
ミズキは地面に置いた麻袋の中から、串に刺さった魚を取り出した。
「これはあたしの保存食。サクラギで獲れた魚を干したものなんだけど、よかったら食べる?」
「おっ、美味そうだな。おれは食べるぞ」
「俺もお願いします」
ミズキは俺とハンクに一本ずつ串を手渡す。
それから、焼き方の見本を示すと言ってから、彼女は自分で持ったものを火の近くにかざした。
火に炙られることで表面に脂が浮き出し、細く白い煙が出ている。
串に刺さった魚を見た感じでは、魚種の判別は難しそうだ。
まずは食べてみてから、この魚についてたずねようと思った。
街道は目と鼻の先ではあるものの、草木で牛車を覆い隠すことができる。
丈の低い茂みに囲まれているため、音を立てずに接近することは難しいだろう。
「はい、到着。今日はここで野宿だよ」
「お疲れ様でした。野営地といっても、何かあるわけではないんですね」
「ここはサクラギを行き来する人が使ってる場所で、何となくそう呼んでる感じかな。牛車があれば中で眠れるし、一晩だけなら水と食料は足りるから」
「なるほど、そうなんですか。冒険者の野営地となると、ちょっとした炊事場があったり、水汲み場があるもので」
ミズキはこちらの言葉に頷くと、御者台から車内へ入っていく。
彼女と入れ替わるようにアデルとハンクが出てきた。
「おれは野宿でも全然平気だ。それに温泉があるなんて最高じゃねえか」
「女性陣と一緒に入れないので、後で入りに行きましょうか」
「そうだな。おれは野宿の準備を始める」
ハンクはいつものバックパックを手にして、客車から地面に下りた。
すぐにホーリーライトを唱えたようで光球が彼の近くに浮かび、荷物の中から何かを取り出している。
「ハンクはいつも通りか。……アデルは」
野宿が決定してから、彼女は意気消沈した様子だった。
客車から出てこないので中を覗いてみると、隅の方で体育座りをしている。
ただならぬ気配を察したのか、ミズキは素知らぬ顔で荷物をまとめていた。
野宿の代替案があるはずもなく、アデルはそっとしておくことにした。
「……温泉に入る時間になれば、少しはマシになるといいけど」
客車を出てひとりごちると、外で手を動かしているハンクに声をかける。
「もしかして、何か設営してます?」
「おう、まずは火を起こそうと思ってな」
「……って、めちゃくちゃ早いですね」
必要な持ち物を準備していると思いきや、いつの間にか石が並べられている。
まだ外枠だけとはいえ、すでに炉の原型が完成していることに驚きを隠せない。
「マルク、おれは準備を進めるから、木の枝を拾ってきてもらえるか? 種火の分は近くの枝でいけたんだが、すぐに足らなくなる」
「はい、もちろん」
「じゃあ、頼むな」
ハンクとの会話を終えた後、牛車が停まった場所から移動して木々が見えている方向に向かって歩いた。
周囲に緑が増えたとはいえモルネア方面の乾燥した土地が近いこともあり、森と呼べるほどの密度はない。
頭上に浮かぶホーリーライトを頼りに、丈の低い草をかき分けて進む。
冒険者を経験しているからといって、夜の暗闇が怖くないなんてことはない。
ここが木々の生い茂る場所でないことは幸いだった。
「……とりあえず、何かあったらハンクを呼ぼう」
盗賊にさらわれた時、勇者のように洞窟へと駆けつけてくれた。
どんな時も自力でどうにかしようという思いはあるものの、心のどこかで彼を頼りにしているところは否めない。
そんな頼れるSランク冒険者のためにも枝を集めるとしよう。
木の近くまで歩いていくと草の量は少なくなり、足元に折れた枝がいくつか落ちていた。
夜を明かすには心もとない量のため、さらに範囲を広げていく。
「――おーい、マルク! 戻ってきてくれるか」
「はーい、分かりました!」
もう少し枝を拾っておこうとしたところで、ハンクの声が聞こえてきた。
ここまで集められた分を脇に抱えて歩く。
来た道を引き返すと、牛車の大きなシルエットが見えてきた。
火を焚くための炉の近くにハンクとミズキが腰を下ろしている。
すでに火を起こせたようで、揺らめく炎と煙が上がっていた。
「あれっ、だいぶ火力が出てますね」
「探してくれたのに悪いな。ミズキが木炭を持ってるから、使わせてもらうことにした」
「そうなんですか。木炭は高級品だと思いますけど、さすがはサクラギの姫様ですね」
少しずつ火力の上がる炉の様子を見ていると、ミズキがこちらに向けて手招きをした。
「さあ、夜はこれからだよ、楽しんでいこう!」
「ははっ、朝から移動してるようには見えませんね」
俺は小さく笑い声を上げた後、ミズキたちの輪に加わった。
椅子のような気の利いたものはないため、炉を作るのに余ったと思われる大きめの石に腰を下ろす。
多少座りにくく感じるものの、地面に直接というよりも座り心地がいい気がする。
「そろそろ、火の勢いが安定してきたね。あれを焼こうかな」
ミズキは地面に置いた麻袋の中から、串に刺さった魚を取り出した。
「これはあたしの保存食。サクラギで獲れた魚を干したものなんだけど、よかったら食べる?」
「おっ、美味そうだな。おれは食べるぞ」
「俺もお願いします」
ミズキは俺とハンクに一本ずつ串を手渡す。
それから、焼き方の見本を示すと言ってから、彼女は自分で持ったものを火の近くにかざした。
火に炙られることで表面に脂が浮き出し、細く白い煙が出ている。
串に刺さった魚を見た感じでは、魚種の判別は難しそうだ。
まずは食べてみてから、この魚についてたずねようと思った。
14
お気に入りに追加
3,381
あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

異端の紅赤マギ
みどりのたぬき
ファンタジー
【なろう83000PV超え】
---------------------------------------------
その日、瀧田暖はいつもの様にコンビニへ夕食の調達に出掛けた。
いつもの街並みは、何故か真上から視線を感じて見上げた天上で暖を見る巨大な『眼』と視線を交わした瞬間激変した。
それまで見ていたいた街並みは巨大な『眼』を見た瞬間、全くの別物へと変貌を遂げていた。
「ここは異世界だ!!」
退屈な日常から解き放たれ、悠々自適の冒険者生活を期待した暖に襲いかかる絶望。
「冒険者なんて職業は存在しない!?」
「俺には魔力が無い!?」
これは自身の『能力』を使えばイージーモードなのに何故か超絶ヘルモードへと突き進む一人の人ならざる者の物語・・・
---------------------------------------------------------------------------
「初投稿作品」で色々と至らない点、文章も稚拙だったりするかもしれませんが、一生懸命書いていきます。
また、時間があれば表現等見直しを行っていきたいと思っています。※特に1章辺りは大幅に表現等変更予定です、時間があれば・・・
★次章執筆大幅に遅れています。
★なんやかんやありまして...

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

黄金の魔導書使い -でも、騒動は来ないで欲しいー
志位斗 茂家波
ファンタジー
‥‥‥魔導書(グリモワール)。それは、不思議な儀式によって、人はその書物を手に入れ、そして体の中に取り込むのである。
そんな魔導書の中に、とんでもない力を持つものが、ある時出現し、そしてある少年の手に渡った。
‥‥うん、出来ればさ、まだまともなのが欲しかった。けれども強すぎる力故に、狙ってくる奴とかが出てきて本当に大変なんだけど!?責任者出てこぉぉぉぃ!!
これは、その魔導書を手に入れたが故に、のんびりしたいのに何かしらの騒動に巻き込まれる、ある意味哀れな最強の少年の物語である。
「小説家になろう」様でも投稿しています。作者名は同じです。基本的にストーリー重視ですが、誤字指摘などがあるなら受け付けます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる