上 下
284 / 449
ダンジョンのフォアグラを求めて

沸き立つムルカの街

しおりを挟む
 外の様子を見に行くことになり、俺たちは部屋を出た。
 幅の広い通路を抜けてロビーに出ると、玄関から入ってきた人物が近づいてきた。
 それは通用門にいた兵士のローサだった。

「アデル殿、探しておりました」

「あら、血相変えてどうしたの?」

「そ、そちらの御仁は無双のハンクでしょうか?」

「えっ、そうだけれど」

 ローサは門番の仕事を上がったようで、防具は装備しておらず身軽な格好だった。
 肩の下に伸びた茶褐色の髪は乱れており、ここまで急いできたことが窺える。

「どうした、おれに何か用か?」

 アデルとローサの様子を見ていたハンクが名乗り出た。
 俺には何が起きているのか分からず、彼も不思議そうな顔をしている。 

「その、漆黒の旅団……郊外の洞窟に潜む盗賊が壊滅状態になったと騒ぎになっていまして……。貴方が夕方に街へ戻ってきたのを見たものですから、もしやと確かめに参った次第です」

 ローサの説明を受けて、俺とハンクは顔を見合わせた。
 彼は面食らったような表情をしており、きっと俺も同じ顔をしているだろう。

「それなんだが、おれは関係ねえんだ」

「では、そちらの男性が……?」

 ローサの視線からは、この人物にそんなことが可能なのか、という半信半疑の感情が透けて見えるようだった。
 現役の冒険者ではないとはいえ、微妙に傷つくところだが、まずは状況を説明した方がよさそうだ。

「えーと、俺から説明しましょうか」

「そうだな、よろしく頼む」

 俺はローサに洞窟で起きた出来事を一通り話した。

「――そんなわけなんですが、街に戻った時に話せばよかったですね」

「いえいえ、こちらこそ早とちりして申し訳ありません。それにしても、シルバーゴブリンが実在するとは驚きです」

「あいつらは謎が多いもんな。人間と交流することもあるが、基本的には隠遁生活を好むってのもある」

「俺の前に姿を現したのは、彼らがグルメを欲した時と重なったと」

「まあ、おそらくはな」

 前に会った時もその場限りで、それ以降目撃情報は皆無だった。
 これまでのことを考慮すれば、ハンクの話も納得できる内容だ。

「もしかして、街の様子が騒がしいのは盗賊が壊滅状態になったからですか?」

 ムルカの事情に詳しくないが、悪党が成敗されて暴動になるとは考えにくい。

「お察しの通りです。壊滅の報は街に行き渡り、喜びを爆発させて住民たちが騒いでいます」

「盗賊と街の関係がよく分からないんですけど、教えてほしいです」

「もちろんです。マルク殿は被害を受けられた立場でもありますので」

「立ち話もあれだから、向こうの椅子に座りましょう」

 アデルの提案で、俺たちはロビーの一角にある立派なソファーに腰を下ろした。

「それで盗賊についでですが、彼らはムルカの街に根を張り巡らせて、住民から金品を奪ったり、脅しをかけて不法な行為を働いたりしていました」

 そう話すローサの顔には険しい色が見て取れた。
 正義感が強いのか、何か面倒をかけられたのか。  
 出会ったばかりの彼女に詮索するようなことは控えたい。

「彼らの厄介な点は狡猾なやり口を取りながらも、何名か腕の立つ者がいることでした。実際に仲間の兵士も深手を負うことがありましたから」

 彼女の話を聞く限り、盗賊たち――漆黒の旅団は危険な者たちだったようだ。
 シルバーゴブリンたちがいなければ、俺自身も危うかったかもしれない。

「ちょっくら街の様子を見に行こうと思うが、特に問題ねえよな」

「この街の誰であろうと、無双のハンクを傷つけられるとは思えません。ご安心ください」

「だってよ。まあ、マルクもそこまで弱いわけじゃねえし、気楽にいこうぜ」

「ははっ、そうですね」

 俺がハンクに笑いかけたところで、ローサが深々と頭を下げた。
 
「ご協力ありがとうございました。私は頂いた情報を報告に戻ります」

「あんまり無理するんじゃないわよ。働きすぎは健康に悪いから」

「お気遣いありがとうございます、アデル殿」

 ローサはさわやかな笑みを見せると、颯爽とロビーから去っていった。

「それじゃあ、街の様子を見に行くとするか」

 ハンクは沸き立つ街が気になっているように見えた。
 熟練の冒険者でありながら好奇心旺盛なところもあるので、実際に足を運んで見ておきたいということなのだろう。

 三人で玄関を抜けて邸宅前の緩やかな傾斜を下っていく。
 道が平らになったところで、周囲に民家が立ち並ぶのが目に入った。
 裕福な住民が住む区画のようで、魔力灯が設置されて道も整っている。

 大通りから少し距離があるのだが、こちらまで騒がしい音が聞こえてくる。
 
「すごいことになってますね」

「以前、治安悪化に盗賊が関係していると聞いたけれど、そこまで危険とは知らなかったわ。そんな存在が打倒されたら、こんなふうになるのも自然ね」

 アデルは納得したように言った。
 俺はその言葉に同意を示して頷いた。

 浮き足立つような心地で、二人と共に路地を歩いていった。
 徐々に歓声や熱気のような気配が近くなり、通りに出たところでその光景に目を奪われた。

「――わっ、すごい騒ぎだ」

 魔力灯だけでは物足りないと言わんばかりに、あちらこちらにかがり火が設置されている。 
 揺らめき立つ炎は住民たちの盛り上がりを表わしているかのようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

【完結】『それ』って愛なのかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」  わたくしは、目の前で肩を寄せ合って寄り添う二人へと質問をする。 「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」 「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」 「そ、そうなのか?」 「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」  と、わたくしの目の前で宣うお花畑バカップル。  わたくしと彼との『婚約の約束』は、一応は政略でした。  わたくしより一つ年下の彼とは政略ではあれども……互いに恋情は持てなくても、穏やかな家庭を築いて行ければいい。そんな風に思っていたことも……あったがなっ!? 「申し訳ないが、あなたとの婚約を破棄したい」 「頼むっ、俺は彼女のことを愛してしまったんだ!」 「これが政略だというのは判っている! けど、俺は彼女という存在を知って、彼女に愛され、あなたとの愛情の無い結婚生活を送ることなんてもう考えられないんだ!」 「それに、彼女のお腹には俺の子がいる。だから、婚約を破棄してほしいんだ。頼む!」 「ご、ごめんなさい! わたしが彼を愛してしまったから!」  なんて茶番を繰り広げる憐れなバカップルに、わたくしは少しばかり現実を見せてあげることにした。 ※バカップル共に、冷や水どころかブリザードな現実を突き付けて、正論でぶん殴るスタイル。 ※一部、若年女性の妊娠出産についてのセンシティブな内容が含まれます。

シンデレラ。~あなたは、どの道を選びますか?~

月白ヤトヒコ
児童書・童話
シンデレラをゲームブック風にしてみました。 選択肢に拠って、ノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドに別れます。 また、選択肢と場面、エンディングに拠ってシンデレラの性格も変わります。 短い話なので、さほど複雑な選択肢ではないと思います。 読んでやってもいいと思った方はどうぞ~。

【完結】「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるヒロインは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンや腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしヒロインはそれでもなんとか暮らしていた。  ヒロインの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はヒロインに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたヒロインは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 ※カクヨムにも投稿してます。カクヨム先行投稿。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※2023年9月17日女性向けホットランキング1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※2023年9月20日恋愛ジャンル1位まで上がりました。ありがとうございます。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...