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ダンジョンのフォアグラを求めて

ボードルアの切り身を食べる

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 何かの仕かけが作動して壁が出てきたようだ。
 洞窟の中で大きなものが動いたことで、砂ぼこりが舞い上がっている。
 
「……さっきのは生き残りですかね」

「討ち漏らしたとは考えにくいんじゃが、上手いこと逃げられたみたいだのう」

 長老は閉じこめられたことへの動揺は少ないようで、淡々と感想を口にした。
 表情にもあまり変化が見られない。
 
「これは重すぎて、どうにかなりそうにないですね」

 俺は岩壁に触れながら不安げに言った。
 水辺を挟んだ反対側は行き止まりだったので、通路が塞がれたことになる。

「ふむふむ、風は止んでおらんな」

「えっ、風ですか?」

 洞窟の中で風とはどういうことなのか。
 何か理由があると思うが、長老の言葉の真意が理解できなかった。

「ほれほれ、焚き火の煙を見てみるといい」

「はっ、もしかして……」

 ホーリーライトを動かして、煙の様子を確かめる。
 密閉されたはずなのに煙は下から上へと上がりながら、どこかに流れていく。
 空気の流れがあるということは、外につながる通り道があるのかもしれない。

「そういうことでしたか」

「分かったじゃろ。諦めるにはまだ早い」

「冒険者もしていたのに、恥ずかしいところを見せました」

「大したことではないから、気にせんでもええじゃろう」

 俺と長老は言葉を交わした後、焚き火の近くへ歩み寄った。
 そこで長老は一本の火のついた木の枝を手に取った。

「わしが煙の流れを追おう。魔法の光を頼んだ」

「はい、分かりました」

 俺はホーリーライトを操作して、長老の近くを照らすようにした。
 煙はゆっくりと細くたなびいている。
 明らかに空気の流れがあり、どこかに通じている様子だ。

 煙の動きに注意しながら追っていくと、行き止まりになった。
 こちらも岩壁が塞がっているように見えるが、煙は止まらずにどこかへ流れている。

「……んっ、これは?」

 二メートルぐらいの高さに小さな穴が空いている。
 空気の流れを見る限り、奥の方へと続いているようだ。

「ここから外に出られますかね」

「どうかのう。外に通じておれば最善じゃが、おぬしは出られんし、わしらの荷物も外に出せん。さっきの壁は細工で動くようだし、この穴からあそこに行って、元に戻すのが無難じゃな」

「そうですね、そうしましょう」

 俺は長老の意見に同意を示した。
 それからゴブリンたちのところへ引き返した。

「こやつらはわしの言うことしか聞かんからな。ここは任せておけ」

「お願いします」

 長老が状況を説明して、数人のゴブリンのグループが結成された。
 彼らが閉ざされた壁の向こうに回りこんで、仕かけを解除するのだ。

 俺は先ほどの穴のところまで彼らを見送ると、再び焚き火の近くに戻った。
 何もないと少し冷えるので、こうして炎があるのは助かる。

「さて、やることもないし、ボードルアでも食べて待つかのう」

 地面に腰かけて待機していると、長老が呑気な様子で言った。
 他のゴブリンたちはそれに同意するように、ボードルアの調理を再開した。
 ちょうど解体が終わった頃に盗賊が現れたので、あの時に中断されたことになる。

 ここでは訪問者という立場にしかなく、特に手伝うことにはなっていない。
 遠目にボードルアの切り身に手が加わるのを眺めている。

「店主、おぬしも食べるじゃろ」

「お腹が空いてきたので、ありがたいです」

「切り身だけでもけっこうな量になる。余裕はあるはずじゃよ」

「それにしても、いい匂いがしますね」

 バターでソテーするような食欲をそそる香りが漂ってくる。
 シルバーゴブリンは食への探求心が高いので、今回も美味しく仕上がるだろう。

 期待して待っていると、木製の皿に乗ったボードルアの切り身が運ばれてきた。
 うっすらと焦げ目がついており、温かそうな湯気が上がっている。

「では、いただきます」

 俺は手渡されたフォークで、白い切り身を刺した。
 思いっきりかじってみると、バターのような風味と癖のない魚の味がした。
 それは至福の瞬間と呼べそうなほど、まろやかな味わいが口の中に広がる。

「新鮮だからか、臭みが全然ない」

「フォアグラが気になっとったが、身の方もなかなかいけるな」

 俺と長老は言葉を交わしつつ、切り身をどんどん食べていく。
 そこそこの大きさがあったものの、あっという間に平らげてしまった。
 おかわりを頼もうか迷うところだが、この後の移動もあるのでやめておこう。

「ごちそうさまでした。バターもいいやつを使ってますね」

「狩りで手に入れた肉と交換したものじゃ。年老いた人間は自分で行けんからのう。それでも食べたいもんだから、喜んで換えてくれる」

「シルバーゴブリンの流通網、何気にすごいじゃないですか」

 素直に感心して言った。
 彼らが扱う食材は全体的に質が高い。

「わしらは商売に興味はないからのう。自分たちで食べる分だけなら、足りなくなることもなし。信頼できる者とだけ取引しておれば平和じゃからな」

「理想的な物々交換だと思います」 
 
 簡単に真似できるわけではないものの、そういう生き方も面白いと思った。
 シルバーゴブリンたちのことを知れば知るほど興味が湧いてくる。

 会話の途中で大きなものが動く音が響いた。
 視線を向けると、薄闇の向こうで先ほどの岩壁が引っこんでいるようだった。
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