上 下
277 / 449
ダンジョンのフォアグラを求めて

ボードルア捕獲作戦

しおりを挟む
 わずかな瞬間、その魚体は宙を舞ったものの、着水してからは姿を見せない。
 光を頼りに水中を覗いてみるが、水深が深いことで目視は困難だった。

「長老たちは網か何かで捕まえるつもりですか?」

「いんや、弓と投げ槍を命中させれば何とかなると思っとった」

「ああっ、その辺の道具だと厳しいかもですね」

 水面近くを泳いでいれば命中させることは可能な気がする。
 しかし、ある程度の深さに潜られては手も足も出ない。
 ハンクかアデルは捕まえる方法を考えていたかもしれないが、合流できていない以上、それを知る術はないのだ。

「とりあえず、力押しで進めても警戒心が強まるばかりだと思うので、少し落ちついて考えましょうか」

「ふむ、その通りじゃな。おぬし、なかなかやるのう」

「いえいえ、焦りは禁物ってやつです」

 それから長老が号令をかけると、水辺から離れたところで集まった。

 彼らはゴブリンの名を冠していても、知的水準の高いシルバーゴブリン。
 いつの間にか一角にプチキャンプが設営されて、焚き火が用意された。
 換気が気になるところだが、天井は高く煙が流れるのが見えたため、特に問題はないようだ。

 俺はシルバーゴブリンにとって重要人物などではないのだが、長老と話していた流れで隣に座ることになった。
 ある意味、民族っぽい雰囲気もあるため、長老の隣は上座に当たるのだと思った。

 シルバーゴブリンたちの様子を興味深く観察していると、長老と俺のところに金属製のカップが出された。

「これ、もらってもいいんですか?」

「もちろんじゃ。中に入っているのは旅の者から譲り受けたコーヒーっちゅう飲みものだ。風味がよくて、なかなかいけるぞ」

「へえ、コーヒー。じゃあ、遠慮なくいただきます」

「うむ」

 紅茶やハーブティーなど、お茶系は充実しているのだが、ついぞコーヒーを見かけることはなかった。
 この世界で生まれ育ち、これが初めてのコーヒーだった。

 金属製のカップからはふんわりと湯気が上がり、肌寒さを感じさせる洞窟の空気を温めるようだ。
 今の身体では豆の種類を嗅ぎ分けることはできそうにないが、貴重な一杯を味わいたいという内なる衝動に気づいた。

 意を決して口に含むと、鮮烈な苦みとほのかな酸味を感じた。
 いくらか雑味はあるとしても、しっかりとコーヒーの味がすることに感動を覚えた。

「どうじゃ、感極まるほど美味しいか」

 コーヒーをじっくり味わっていると、長老が嬉しそうに言った。

「ええ、美味しいですよ。本当に」

「気に入ってもらえたのなら満足じゃ」

 まるで、友人同士のようなやりとりだと思った。
 長老はこちらが人族であろうと尊重してくれているように感じられた。

 コーヒタイムに区切りがついてから、ボードルアに関する話し合いが始まった。 
 シルバーゴブリンたちは長老をファシリテーターにするようなかたちで意見を出し合っている。

「すごいですね。対等に意見が出せるようになってる」

「この方が色々と円滑にいきやすいからのう」

「シルバーゴブリンの社会も人間と変わらないんですね」

「ふぉふぉっ、そうじゃのう」

 長老は隣で他のゴブリンたちの意見を聞きながら、愉快そうに笑った。

 その後も彼らの意見を聞いていたが、なかなか話がまとまらない様子だった。
 いくら知能が高いとはいえ、手元にある材料で判断するしかないことで、意見や着想が限定されているように思われた。

「長老、ちょっと試してみたいことがあるんですけど」

「ふむふむ、何を試すつもりじゃ」

「聞いたところによると、ボードルアは頭部の突起を光らせて獲物を捕食するらしいです。何となくですけど、さっきの水場に小魚は少なそうなので、もうちょっと別のものを食べてそうで」

「ほほう、面白い分析だのう」

「動物の肉か何かを水に投げたら、寄ってくるんじゃないですかね」

 俺が話し終えると、長老は考えをまとめるように静かになった。

「そんじゃあ、どうなるか試してみるか」

「ありがとうございます」

 長老が立ち上がると、他のゴブリンたちも一斉に立ち上がった。
 すぐに指示が飛んで、俺の提案に合わせた準備が進んだ。
 彼らの食料から生肉が用意されて、俺と長老の二人だけで水際に移動した。

 ホーリーライトは目視ができる最低限の明るさに切り替えてある。
 先ほどのボードルアが腹を空かせていれば、反応する可能性は高い。

「じゃあ、投げてみますね」

 向こうに存在が伝わるように、着水音が大きくなるように投げた。
 匂いと音に反応して、生肉に喰らいつくはずだ。

「――えっ」

 少し離れたところで波紋が生じたと思うと、大きな魚が目の前に飛び出した。  
 その魚は生肉に喰らいついた後、そのまま水中に戻っていった。  
 
「……今のボードルアでしたね」

「……じゃな」

 なかなかの迫力に俺と長老は無言のままだった。
 
「と、とりあえず、作戦は上手くいきそうですね」

「そ、そうじゃな。生肉に飛びついたところで、弓と槍で一網打尽にすれば」

「肝が傷つくといけないので、なるべく頭を狙った方がいいですよ」

「あい、分かった。わしらの精度なら問題なかろう」

 長老は自信を感じさせる言い方をした。
 信頼関係について話したばかりだが、彼らを信じて任せることも大事だと思う。  

「魔法で攻撃したら丸焼きになる気もするので、この先は任せました」

「ここからは腕の見せどころじゃな」

 こうして、長老たちは作戦を開始した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

【完結】『それ』って愛なのかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」  わたくしは、目の前で肩を寄せ合って寄り添う二人へと質問をする。 「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」 「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」 「そ、そうなのか?」 「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」  と、わたくしの目の前で宣うお花畑バカップル。  わたくしと彼との『婚約の約束』は、一応は政略でした。  わたくしより一つ年下の彼とは政略ではあれども……互いに恋情は持てなくても、穏やかな家庭を築いて行ければいい。そんな風に思っていたことも……あったがなっ!? 「申し訳ないが、あなたとの婚約を破棄したい」 「頼むっ、俺は彼女のことを愛してしまったんだ!」 「これが政略だというのは判っている! けど、俺は彼女という存在を知って、彼女に愛され、あなたとの愛情の無い結婚生活を送ることなんてもう考えられないんだ!」 「それに、彼女のお腹には俺の子がいる。だから、婚約を破棄してほしいんだ。頼む!」 「ご、ごめんなさい! わたしが彼を愛してしまったから!」  なんて茶番を繰り広げる憐れなバカップルに、わたくしは少しばかり現実を見せてあげることにした。 ※バカップル共に、冷や水どころかブリザードな現実を突き付けて、正論でぶん殴るスタイル。 ※一部、若年女性の妊娠出産についてのセンシティブな内容が含まれます。

シンデレラ。~あなたは、どの道を選びますか?~

月白ヤトヒコ
児童書・童話
シンデレラをゲームブック風にしてみました。 選択肢に拠って、ノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドに別れます。 また、選択肢と場面、エンディングに拠ってシンデレラの性格も変わります。 短い話なので、さほど複雑な選択肢ではないと思います。 読んでやってもいいと思った方はどうぞ~。

【完結】「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるヒロインは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンや腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしヒロインはそれでもなんとか暮らしていた。  ヒロインの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はヒロインに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたヒロインは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 ※カクヨムにも投稿してます。カクヨム先行投稿。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※2023年9月17日女性向けホットランキング1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※2023年9月20日恋愛ジャンル1位まで上がりました。ありがとうございます。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...