上 下
248 / 449
クレイフィッシュの誘惑

シーマンティスとの攻防

しおりを挟む
 先ほどまで吹いていた風がいつの間にか止んでいた。
 さわやかだった空気がどこかに消えて、船にぶつかる水音が響く。

「……マルクさん、提案があるんですが」

「えっ、どうしました?」

「ハンクさんもそうですが、あなたも魔法を手加減せずに戦ってください」

「……分かりました。一応、理由を聞いてもいいですか?」

 どうしても知りたいわけではなかったが、湖上の沈黙に耐えかねたところがある。

「今回の問題はクレイフィッシュにとどまらず、大型魚の漁獲が減っていることも関係しています。おそらく、やつが捕食することが一端だと思います。そうでなくとも、怯えて出てこない魚もいるはずです」

「漁業を営む人にとっては、だいぶ深刻な話ですね」

「話が逸れましたが、魔法で巻きこんでしまったとしても、その魚は回収してわしらが食べるなり、加工するなりします」

 長期的に見れば多少の犠牲が出たとしても、シーマンティスを仕留めてほしいということなのだろう。

「ガストンさんの気持ち、汲み取りました。ハンクにも伝えた方がいいですね」

 俺はガストンから聞いた話をもう一隻の船にいるハンクに伝えた。

「――分かった。手加減なしだな。感電するといけねえから、雷魔法はセーブするが、あとは善処するぜ」

「二人とも、あそこを見てください!」

 ハンクと話していると、エリクの声が飛んできた。

 遠くの浅瀬で不自然な波が立っている。
 水中に巨大な何かがいることを示唆していた。

「エリク、船はそのままに! あのまま進めば、小島の穴に向かうはずだ」

 ガストンが大きな声で指示を出した。
 周囲に緊迫した空気が流れるのを感じる。

「ちょうど来やがったな。遠慮なく、ぶっ放すぜ」

 ハンクは不敵な笑みを浮かべて、標的に狙いを研ぎ澄ませている。   
 一方のシーマンティスは気づく様子のないまま、進行方向を維持していた。

「これだけ距離があれば、気づかれないってことですかね」

「……どうでしょう。そう願うばかりですが」

 最善を考えた上での作戦だが、シーマンティスには謎が多い。
 俺もガストンと同じ気持ちだった。

「マルク、射程距離にシーマンティスが入った。先に魔法を放つぞ」

「分かりました」

 ハンクがこちらに確認をして、魔法を行使しようとした瞬間だった。
 シーマンティスのいる辺りから何かが高速で飛び出して、ハンクとエリクの乗る船に向かっていった。

「――えっ?」

 事態を把握しきれず、見送ることしかできずにいると、エリクの方の船首が砕け散った。

「おい、大丈夫か!」

「エリクさん、無事ですか!?」

 木片が飛び散ったものの、エリクは無事だった。
 ハンクは離れた位置のため、魔法の行使が遮られただけで済んでいた。

「あいつは水の塊をぶつけてくる。気をつけようがないが、身体に当てられないようにしてくれ」

「……はい、そっちも気をつけてください」

 どうやら、シーマンティスは水塊を放ってくるようだ。
 ガストンの船が沈められた時も同じ攻撃だったのだろう。

 水中にいる方が有利なようで、シーマンティスはゆっくりと泳いでいる。
 速度を緩めたこと、水塊を放ったことから、すでに気づかれているはずだ。

 ハンクが様子を窺っているので、こちらも攻撃は控えることを判断した。
 魔法を放つ瞬間に隙が生じるので、格好の的になりかねない。

 船上で待ち構えていると、ふいに凍りつくような風が吹き抜けた。

「んっ、なんだろ。やけに冷えるな」

 違和感に気づいた後、周囲の水面が凍っていた。
 ハンクの方を見ると、彼も驚いているようだった。

「……もしかして」

 陸で待機するアデルを見ると、大きく両手を振っていた。
 こちらの異変に気づいて、咄嗟に判断したのだろう。

「すごいですね。船は動かせませんが、これなら船から落とされる心配はしなくていい」

 ガストンが感心したように口にした。
 彼の言う通り、水中で襲われる危険はなくなった。

 俺は恐る恐る凍った湖面に足を伸ばした。
 アデルはアイス・ストームを放ったと思うが、氷は衝撃を加えなければ立てる程度の強度があった。

「――ギャァァ!!」

 慎重に足を運んでいると、水面の氷を吹き飛ばしながらシーマンティスが姿を現した。

「……なんと、おぞましい」

 船の方でガストンの声が聞こえてきた。
 
 シーマンティスは人の背丈よりもずいぶん大きく、鎌のような大きなハサミが特徴のシャコといった見た目だった。威嚇するようにハサミを振り回している。
 当然ながら氷上を歩けるはずもなく、足元はおぼつかない様子だ。

「ハンク、今なら――」

 魔法による連撃を呼びかけようとしたところで、顔の真横を水塊が通過した。
 まるで、弾丸のような速さだった。

「……ウソだろ、まったく反応できなかった」

「気をつけろ、体内に水を溜めてるみたいだ」

「はい、了解です」

 これで前方から視線を外せなくなった。
 ハンクも水塊を警戒しているようで、先ほどから動きが見られない。

 このまま膠着状態が続くことを覚悟したところで、岸の方から明るい何かが飛んできた。
 それが大きな火球だと気づいた瞬間には、シーマンティスに直撃していた。

「――グギギッ……」

 うめくような鳴き声を上げて、シーマンティスは絶命した。
 魔法の威力が強力だったのと、その胴体が大きなこともあり、こちらまで焼け焦げたような匂いが漂ってきた。

「違和感あるけど、この匂いは海鮮焼きみたいだ」

 決着に安堵して陸の方を見ると、アデルが飛び跳ねながら手を振っていた。
 自分の手で倒せたことがうれしかったのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小型オンリーテイマーの辺境開拓スローライフ~小さいからって何もできないわけじゃない!~

渡琉兎
ファンタジー
◆『第4回次世代ファンタジーカップ』にて優秀賞受賞! ◆05/22 18:00 ~ 05/28 09:00 HOTランキングで1位になりました!5日間と15時間の維持、皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 誰もが神から授かったスキルを活かして生活する世界。 スキルを尊重する、という教えなのだが、年々その教えは損なわれていき、いつしかスキルの強弱でその人を判断する者が多くなってきた。 テイマー一家のリドル・ブリードに転生した元日本人の六井吾郎(むついごろう)は、領主として名を馳せているブリード家の嫡男だった。 リドルもブリード家の例に漏れることなくテイマーのスキルを授かったのだが、その特性に問題があった。 小型オンリーテイム。 大型の魔獣が強い、役に立つと言われる時代となり、小型魔獣しかテイムできないリドルは、家族からも、領民からも、侮られる存在になってしまう。 嫡男でありながら次期当主にはなれないと宣言されたリドルは、それだけではなくブリード家の領地の中でも開拓が進んでいない辺境の地を開拓するよう言い渡されてしまう。 しかしリドルに不安はなかった。 「いこうか。レオ、ルナ」 「ガウ!」 「ミー!」 アイスフェンリルの赤ちゃん、レオ。 フレイムパンサーの赤ちゃん、ルナ。 実は伝説級の存在である二匹の赤ちゃん魔獣と共に、リドルは様々な小型魔獣と、前世で得た知識を駆使して、辺境の地を開拓していく!

無人島Lv.9999 無人島開発スキルで最強の島国を作り上げてスローライフ

桜井正宗
ファンタジー
 帝国の第三皇子・ラスティは“無能”を宣告されドヴォルザーク帝国を追放される。しかし皇子が消えた途端、帝国がなぜか不思議な力によって破滅の道へ進む。周辺国や全世界を巻き込み次々と崩壊していく。  ラスティは“謎の声”により無人島へ飛ばされ定住。これまた不思議な能力【無人島開発】で無人島のレベルをアップ。世界最強の国に変えていく。その噂が広がると世界の国々から同盟要請や援助が殺到するも、もう遅かった。ラスティは、信頼できる仲間を手に入れていたのだ。彼らと共にスローライフを送るのであった。

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。 わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。 それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。 男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。 いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。

チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化進行中!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、ガソリン補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…

自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。 女神の話によれば、異世界に転生できるという。 ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。 父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。 その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。 食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。 そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

処理中です...