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クレイフィッシュの誘惑

作戦会議と魔物の気配

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「わしも待ち伏せすることに賛成です。それと夜に見かけたという話はごくわずかなので、夜行性という可能性は低いようです。沖島の穴が巣のようなものなら、夕方に戻ってくるところを狙うこともできるでしょう」

 俺はガストンの意見を興味深く思った。
 本来、エビの仲間は夜行性だと記憶している。
 しかし、あれは昼間に活発に動いているのだ。

「ガストンさん、俺たちに襲いかかったあれはエビの一種だと考えていいんですよね?」

「はい、伝承通りなら。ただ、かなり用心深いようで、断片的にしか目撃情報はありません」

 俺とガストンが話していると、ちょっといいかとハンクが手を挙げた。

「二人の会話を聞いていて思ったんだが、あいつはもしかしたらエビじゃないかもしれない」

「えっ、どういうことですか?」

「さっきは水中が濁っていて、シルエットからエビだと判断した。ただ、エビというよりもシャコに近かった気がする」

 ハンクの発言に室内の空気が変化した。
 俺自身もわずかな混乱を覚えていた。

「それなら事情は変わってくるわね。どれだけ大きくなっても、クレイフィッシュはただのエビにすぎない。モンスターと呼べなくはないけれど」

「アデル、何か分かったんですか?」

「みんな、おかしいと思わない? どれだけ巨大だとしても、クレイフィッシュが人を襲おうとするなんて違和感はないのかしら」

 アデルの投げかけにガストンとエリクが反応した。
 二人とも複雑な表情で頷いた。

「シャコに似た姿で船を沈めたというのなら、クレイフィッシュ以外の可能性も見えてくるわ」

 彼女は全員を見渡して、息を呑んでから言葉を続けた。

「――シーマンティス。海のカマキリと呼ばれる、シャコに似た見た目の魔物よ」

 アデルの発言を受けて、室内は静まり返った。
 強引な括りにすれば、野生のイノシシさえもモンスターに含めてしまうことはできるのだが、こと魔物となると意味合いが変わってくる。

「例の旅人は魔物の眠りを覚ましてしまったということですか」

「そんな、魔物がデール湖に……」 

「エリク、この方たちが力を尽くしてくれるというのだ。無闇に不安になるのはやめようじゃないか」

「はい、すいません」

 ガストンの呼びかけにエリクは反省したように俯いた。
 その様子をハンクはじっと眺めており、意を決した様子で口を開いた。
 
「ひけらかすのは好きじゃねえが、おれはSランク冒険者だ。あんたらが困るような事態にはしねえよ」

「なるほど、船が襲われた時も冷静だったのはそういうわけですか」

「……ありがたい、あなたがいれば百人力です」

 ガストンとエリクは、ハンクに尊敬を示すような眼差しを向けた。

「なあ、アデル。おれはモンスターならだいたい分かるが、魔物には詳しくない。シーマンティスっていうのはどうやって倒せばいい?」

「魔物に分類されているといっても、ベヒーモスほどではないわ。魔法を集中砲火すれば、さすがにやっつけれるはずよ」

「水中だと魔法の効果が半減するので、せめて浅瀬に追いこまないと難しいですね」

「マルクの言う通りね。陸に引きずり出せたら最高だけれど、そこまでの余裕はないかもしれない」 

 話し合いの密度は高まり、皆がシーマンティスをどうしたら倒せるかを真剣に考えている。
 これならいい案が出てくるのではと思った。

 そこから意見を交換した結果、最終的に船で小島近くまで移動して、そこでシーマンティスを討つという作戦になった。

「ガストンさん、他に船はありますか?」

「あれより小さいものが数隻あるので、分乗して頂ければ問題ありません」

「それと待ち伏せする前に遭遇しては本末転倒なので、できる限り回避できるルートを通ってください」

「もちろんです。さっきの船より小さくなるので、リスクは大きくなります。湖上を通る時間が短くなるように陸で船を運んで、最短距離になるようにしましょう」

 ガストンが協力的なのはありがたかった。
 徐々に話がまとまっていくのを感じる。

「あれだけ危険だと、次にどんな被害が出るか分からない。今日の夕方に出られるか?」

「はい、問題ありません。取り急ぎ船をご用意するので、お三方はここで休んでいてください」

 ガストンは漁師頭の役割を全うしようとしている。
 怖くないはずはないが、シーマンティスと向き合うつもりなのだろう。
 船を失った時の憔悴した様子は影を潜めて、活力のみなぎる様子で部屋を出ていった。

「自分もガスさんに負けないようにがんばります!」

 エリクはそう言って、ガストンに続いて立ち去った。

「まさか、こんなところに魔物がいるとはな」

 漁師二人が去った後、ハンクが誰にともなく言った。

「案外、どこにでもいるものよ。大昔に封印してそのままなんてこともザラだし」

「やれやれ、もう少し封印が頑丈なら、何も文句はねえんだがな」

 ハンクは椅子に座ったまま、まっすぐに腕を伸ばした。
 話し合い続きで身体が固まっていたのだろう。

「底をかき回して、強力なパンチ力があるなら、シャコの方が似てそうですね。誰もはっきりと見てないこともありますし」

「あの狡猾さは魔物だったからなのかもな」

「そりゃ、魔物はモンスターとは違うもの。水中に潜むのは厄介だけれど、強力な魔法を見舞ってくるわけでもないのだから、きっと何とかなるわよ」

 相手が魔物である以上、一定の恐怖感はある。
 それでも、ハンクとアデルの前向きな様子を見ていると、楽観できる自分がいた。
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