上 下
235 / 449
異国の商人フレヤ

地元の釣り人との交流

しおりを挟む
 釣り人たちは等間隔に広がり、思い思いに糸を垂らしているようだ。
 水面に集中している人に声をかけるのは気が引けて、手前で釣り糸を結んでいる人に話しかけることにした。

「こんにちは、この川は何が釣れるんですか?」

「はい、こんにちは。ここはマスがよく釣れるんだよ」

 釣り人はそう言うと、川につけてあったカゴを持ってきて見せてくれた。
 そこには銀色の鱗が輝く魚体が数匹、元気よく跳ねていた。

「これはどうするんですか?」

「そりゃもちろん、焼いて食べるんだよ」

「新鮮でいいですね」

 生で食べるわけにはいかないだろうが、塩を振って焼くだけでも十分に美味しいだろう。
 マスを炭火でこんがり焼く光景を想像するだけで胸躍るような気持ちだった。
  
「釣り竿は予備がないから貸すことはできないけど、おれたちが釣り終わったら、一緒に食べるかい」

「えっ、いいんですか?」

「釣りの後にそこの川辺で火を焚いて、釣れた魚を焼いて食べるんだ。これがなかなか美味しくてね」

「はいはい、私もお願いします」

 フレヤがうれしそうに声を上げた。
 彼女の様子に釣り人は微笑んだ。

「もちろん、歓迎するよ。そのうちに切り上げるだろうから、適当に待っていて」

「分かりました」

 俺とフレヤは近くにあった座りやすそうな石に腰かけた。
 そこで釣り人たちの様子を見守っていると、しばらくして彼らは釣り竿を納めた。

「これから火を起こして準備するから、もう少し待ってもらえるかい」

「いえいえ、お気遣いなく」

 釣り人たちは手慣れた様子で、川辺に石を集めた囲炉裏のようなものを作り、魚を捌いたり、薪などを用意したりしていた。

「ちょっと手伝ってくる」

「それなら、私も行く」

 二人で釣り人たちに合流した。
 乾いた流木などを集めるうちに、魚を焼くための土台ができた。

 いよいよ着火するというところで、釣り人の一人が困ったような表情になった。

「いつもは乾燥してすぐに火がつくけど、前に雨が降ったからな」

 どうやら、流木などが湿っているようだ。
 彼の持つ火打石で火をつけるのは時間がかかるだろう。

「よかったら、手伝いますよ」

「ありがとう。何か持ってるの?」

「いえ、道具は使いません」

 俺は簡易的な魔法で火を起こして、流木に着火した。
 湿り気があるのは表面だけのようで、少しずつ炎が上がっていく。

「いやー、すごいね」

「初歩的な魔法なので、それほどでも」

 感心したように言われて、思わず照れくさい気持ちになった。

「これだけ燃えれば、あとは問題ないよ」

「魚が焼けるの楽しみにしています」

 俺は火の燃える場所から離れて、フレヤの隣に戻った。

「魔法って便利だね」

「そうだね。あれぐらいなら習えば、わりと誰でもできると思う」

 攻撃魔法ならいざ知らず、ちょっと火を起こす、あるいは氷を発生させる。
 この程度なら魔力の消費も少なく、原理さえ学んでしまえば簡単なのだ。 
 
 フレヤと火を起こした場所を見ていると、徐々に煙が上がり始めた。
 釣り人たちはその周りに串に刺した魚を並べていった。
 
「ああやって焼くと、表面が炙られて美味しくなるみたいなんだ」

「何だか面白い焼き方だね。初めて見るから、完成するのが楽しみ」

 焼き加減などを釣り人たちに任せていると、しばらくして魚が焼き上がった。
 釣り人の一人が俺とフレヤに一本ずつ分けてくれた。

「まだ熱いから気をつけて」

「はい、ありがとうございます」

 串に刺さった魚の表面は適度に焦げ目がついてパリッとしており、全体的に香ばしい匂いがした。

「じゃあ、食べようか」

「うん、そうだね」

 焼きたてで余熱が残っているので、少し冷ましてゆっくりと口に運ぶ。
 香ばしく焼けた皮ごと噛んでみると、旨味と軽い塩味が届いた。

「釣ったばかりの魚をこうやって食べるのは最高だな」

「お魚って、こんなに美味しいものなんだね」

 俺たちは口々に感想を述べながら、マスを焼いたものを食べ進めた。

 二人とも食べ終えたところで、串を戻しがてら釣り人たちのところに近づく。
 彼らは魚を焼いた火を焚き火のようにして、団らんしているところだった。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

「おおっ、そいつはよかった。串は燃えれば灰になるから放りこんでおいて」

「分かりました」
 
 俺とフレヤは使い終えた串を焚き火の中に投げ入れた。
 そのまま近くに座るように勧められて、適当なところに腰を下ろした。

「君たちはどこから来たんだい、地元の人間じゃないだろ?」

 俺より少し年上に見える青年がたずねてきた。

「バラムから来ました」

「そんなに遠くはないね。そっちの地元では釣りする人はいないの?」

 青年の質問を受けて、バラムの様子を思い浮かべた。

「町にわりと大きな川は流れてるんですけど、釣り人はほとんど見ませんね。水質はそこそこなので、魚が泳いでいるのはよく見かけます」

「この町は娯楽が少ないから、釣りをするしかないっていうもあるのかもしれない」

「うーん、そうか? バラムとシェルトンなら規模はそんなに違わない気がするが」

「それもそうだね。川があるなら、釣り糸を垂らしたくなるものなんだけど」

 微妙に話が盛り上がり、青年は答えを求めるようにこちらを見ていた。
 俺はそれに応じるように口を開く。

「たぶんですけど、ここのマスほど美味しくて大きくなるわけじゃないのかと」

「ああっ、そういうことか。この川は上流から湧き水が流れこんで、とてもきれいだからね。エサになる虫や小魚が豊富なんだ」

「バラムでポイ捨てるような人は少ないですけど、どうしても川に入ってしまうゴミがあるのと市街地の中心を流れているので、ここほど水質はよくないような気がします」

 俺が説明を加えると青年だけでなく、他の釣り人もうれしそうな顔になった。

「この川は地元民の心の拠り所だから、特別な意味がある。豊穣をもたらしてくれるし、上流に行けば飲み水にしているところもある」

「とても大切な川なんですね」

「ああっ、そうなんだ」

 シェルトンを町歩きするだけに留まるのだと思っていたが、こうして地元の人たちと交流ができていい経験になった。
 ちなみにフレヤはマスの塩焼きが気に入ったようで、おかわりをもらって夢中に食べていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

【完結】『それ』って愛なのかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」  わたくしは、目の前で肩を寄せ合って寄り添う二人へと質問をする。 「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」 「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」 「そ、そうなのか?」 「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」  と、わたくしの目の前で宣うお花畑バカップル。  わたくしと彼との『婚約の約束』は、一応は政略でした。  わたくしより一つ年下の彼とは政略ではあれども……互いに恋情は持てなくても、穏やかな家庭を築いて行ければいい。そんな風に思っていたことも……あったがなっ!? 「申し訳ないが、あなたとの婚約を破棄したい」 「頼むっ、俺は彼女のことを愛してしまったんだ!」 「これが政略だというのは判っている! けど、俺は彼女という存在を知って、彼女に愛され、あなたとの愛情の無い結婚生活を送ることなんてもう考えられないんだ!」 「それに、彼女のお腹には俺の子がいる。だから、婚約を破棄してほしいんだ。頼む!」 「ご、ごめんなさい! わたしが彼を愛してしまったから!」  なんて茶番を繰り広げる憐れなバカップルに、わたくしは少しばかり現実を見せてあげることにした。 ※バカップル共に、冷や水どころかブリザードな現実を突き付けて、正論でぶん殴るスタイル。 ※一部、若年女性の妊娠出産についてのセンシティブな内容が含まれます。

シンデレラ。~あなたは、どの道を選びますか?~

月白ヤトヒコ
児童書・童話
シンデレラをゲームブック風にしてみました。 選択肢に拠って、ノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドに別れます。 また、選択肢と場面、エンディングに拠ってシンデレラの性格も変わります。 短い話なので、さほど複雑な選択肢ではないと思います。 読んでやってもいいと思った方はどうぞ~。

【完結】「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるヒロインは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンや腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしヒロインはそれでもなんとか暮らしていた。  ヒロインの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はヒロインに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたヒロインは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 ※カクヨムにも投稿してます。カクヨム先行投稿。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※2023年9月17日女性向けホットランキング1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※2023年9月20日恋愛ジャンル1位まで上がりました。ありがとうございます。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...