233 / 473
異国の商人フレヤ
シェルトンの町と骨付きリブロース
しおりを挟む
店先からは距離が離れていて、何を焼いているのか分からなかった。
フレヤにたずねてもよいのだが、自分の目で確かめる方が早いだろう。
一歩ずつ近づいていくと、露店の様子が見えてきた。
店の中には軸の太い鉄網があり、その下には薪か何かが燃えていた。
そして、焼かれているのは縦長の骨付き肉だった。
「あれって、フレヤは食べたことある?」
「ううん、通りがかりに見ただけで食べなかったよ。お腹が空いてなかったし」
「なるほど、そうなんだ」
俺は彼女と話しつつ、さらに露店へと近づいた。
肉の焼ける香ばしい匂いに刺激されて、頭の奥がしびれるようだった。
「すいません、それって何の肉ですか?」
「いらっしゃい。これは牛肉だね」
店主は白髪交じりの頭をした中年の男だった。
気のいい返事をしてくれて、話しやすい雰囲気だ。
「フレヤ、昼食には少し早いけど、これを食べてみようか」
「うん、いいよ」
「ええと、二人前はできますか?」
こちらが注文すると店主はニコッと笑顔を作った。
「一人前がこの半分だから、これ一本で二人前さ。食べやすいように切り分けて出すから、少し待っててくれるかい」
「はい、お願いします」
店主はトングで焼いている骨付き肉を一本掴んで、木製のまな板に移動させた。
そして、鉈(なた)のような包丁でスパンと真っ二つに切り離した。
「おおっ、すごい切れ味」
「あんな包丁があるんだね」
俺たちは口々に感想を漏らしていた。
店主はこちらの様子を気にすることなく、手際よく包み紙のようなもので骨付き肉を包みこんだ。
まるで、食べ歩きのファーストフードのように手持ち部分だけが覆われており、その先は食べられるように露出している。
「はいよ、お待たせ。これで銀貨一枚ね」
「ありがとうございます。それじゃあ、これで」
俺は財布から銀貨を掴んで差し出した。
「お買い上げどうも。骨が残るから、食べ終わったらうちに捨てに来ていいからね」
「分かりました」
俺とフレヤはそれぞれに骨付き肉を手に取り、露店の前を離れた。
「あそこにベンチがあるから、座って食べようか」
「うん、そうだね」
フレヤに提案して、露店の目と鼻の先にあるベンチに腰を下ろした。
「じゃあ、できたてのうちに食べるとしますか」
まだ湯気が上がっている骨付き肉。
口をやけどしないように気をつけつつ、口先でついばむように噛んだ。
「おっ、これは美味い」
「いいね、これ」
タレやソースを使っていないように見えたが、塩と粒コショウで味つけをしているようだ。
肉の脂と塩味、コショウのスパイシーさが組み合わさり、食べ応えのある味だった。
「見た目のインパクトもあるし、こういうの店で出してもいいかも」
「いいんじゃないかな。仕入れ値は変わらなそう?」
「部位で多少差は出るけど、極端に上がることはないから、十分に利益は出るよ」
フレヤと会話を続けながら、二口目、三口目と食べ続ける。
露店の店主は固有名詞を使わなかったが、転生前の記憶に重ね合わせるならば、骨付きのリブロースが近いはずだ。
最初のうちはお互いに話していたものの、徐々に口数が減っていた。
俺がガルフールでカニを食べた時と同じように、自然と美味いものを食べているうちに無言になってしまうものだ。
脂の乗った部分が骨の周りにあり、気づけば夢中になっている。
「いやー、満足だ」
「うんうん、美味しかった。シェルトンまで来た甲斐があったよ」
やがて、俺とフレヤは骨付き肉を完食した。
残ったのは包み紙と骨だけだった。
「さっきの店に捨てに行こうか」
「そうだね」
俺たちはベンチから立ち上がって、露店の方に近づいていった。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「気に入ってもらえたようでよかった。二人はここが地元じゃなさそうだね?」
「はい、バラムから来ました」
俺がそう答えると、店主は何度か頷いた。
「君たち、お似合いじゃないか。もう結婚してるの?」
「いや、自分が店をやっていて、彼女は従業員のようなもので……」
「おじさん、残念。私たちはカップルじゃないんだ」
店主はにんまりとして、会話を続けた。
「そうかそうか、こちらの勘違いだったようだ。シェルトンは観光向けではないけど、静かでいいところだから楽しんでいって」
「はい、ありがとうございます」
俺たちは食後に出たゴミを捨てさせてもらって、露店の前を後にした。
「これで目的は達成できたけど、次はどうしようか?」
フレヤが楽しそうな調子で問いかけた。
ついさっき、店主が恋人同士と勘違いしたことは気にしていない様子だ。
「ここから別の町となると移動で忙(せわ)しなくなるから、シェルトンを歩いて回るのはどうだろう」
「いいんじゃない。私が前に来た時はほとんど通過するだけだったから、今度はどんな町か見ておきたいし」
こちらの提案にフレヤは同意を示した。
彼女は一人旅を続けていたそうなので、ここでは観光する気分にはならなかったのかもしれない。
どうしても見ておかなければならないようなものは、シェルトンには少なそうな印象だった。
二人でぶらぶらと歩くうちに、通り沿いの店が増え始めた。
露店があった場所は公園のような雰囲気だったが、この辺りは少し賑やかな通りのようだ。
「ねえ、見てみて」
フレヤが何かを見つけて、近づいていった。
そこは雑貨店のようだった。
「これは……色んなものが売ってるのか」
アクセサリー、手提げバッグ、ちょっとした衣類など。
ある程度の規模の町なら、とりあえず一軒あるような店だ。
当然ながら全て手作りなので、バラムとは品揃えが異なる。
「あっ、これ、かわいいな」
店の様子を見ていると、フレヤが髪留めようなものを手に取っていた。
女性用の小物は詳しくないが、シュシュという名前だっただろうか。
「いつも髪を束ねてるし、それは似合うと思うけど」
「うんうん、そうでしょー。よく働く従業員に買ってあげてもいいんじゃないかな」
「むむっ、そうきたか」
フレヤも手持ちは十分だと思うが、日頃の働きに感謝しろということか。
そこまで高くはないはずなので、関係円満のために支払うとしよう。
俺はフレヤから商品を受け取ると、軒先から店内に入って会計を済ませた。
微々たる出費だったので、これぐらいは奢ってもいいだろう。
「はい、どうぞ」
「ありがとー、さすがマルク。話が分かるよね」
「まあ、よく働いてくれているのは事実だから。それぐらいなら構わない」
フレヤは気分をよくして、先の方にある店へと進んでいった。
けっこうショッピングが好きなのかもしれない。
フレヤにたずねてもよいのだが、自分の目で確かめる方が早いだろう。
一歩ずつ近づいていくと、露店の様子が見えてきた。
店の中には軸の太い鉄網があり、その下には薪か何かが燃えていた。
そして、焼かれているのは縦長の骨付き肉だった。
「あれって、フレヤは食べたことある?」
「ううん、通りがかりに見ただけで食べなかったよ。お腹が空いてなかったし」
「なるほど、そうなんだ」
俺は彼女と話しつつ、さらに露店へと近づいた。
肉の焼ける香ばしい匂いに刺激されて、頭の奥がしびれるようだった。
「すいません、それって何の肉ですか?」
「いらっしゃい。これは牛肉だね」
店主は白髪交じりの頭をした中年の男だった。
気のいい返事をしてくれて、話しやすい雰囲気だ。
「フレヤ、昼食には少し早いけど、これを食べてみようか」
「うん、いいよ」
「ええと、二人前はできますか?」
こちらが注文すると店主はニコッと笑顔を作った。
「一人前がこの半分だから、これ一本で二人前さ。食べやすいように切り分けて出すから、少し待っててくれるかい」
「はい、お願いします」
店主はトングで焼いている骨付き肉を一本掴んで、木製のまな板に移動させた。
そして、鉈(なた)のような包丁でスパンと真っ二つに切り離した。
「おおっ、すごい切れ味」
「あんな包丁があるんだね」
俺たちは口々に感想を漏らしていた。
店主はこちらの様子を気にすることなく、手際よく包み紙のようなもので骨付き肉を包みこんだ。
まるで、食べ歩きのファーストフードのように手持ち部分だけが覆われており、その先は食べられるように露出している。
「はいよ、お待たせ。これで銀貨一枚ね」
「ありがとうございます。それじゃあ、これで」
俺は財布から銀貨を掴んで差し出した。
「お買い上げどうも。骨が残るから、食べ終わったらうちに捨てに来ていいからね」
「分かりました」
俺とフレヤはそれぞれに骨付き肉を手に取り、露店の前を離れた。
「あそこにベンチがあるから、座って食べようか」
「うん、そうだね」
フレヤに提案して、露店の目と鼻の先にあるベンチに腰を下ろした。
「じゃあ、できたてのうちに食べるとしますか」
まだ湯気が上がっている骨付き肉。
口をやけどしないように気をつけつつ、口先でついばむように噛んだ。
「おっ、これは美味い」
「いいね、これ」
タレやソースを使っていないように見えたが、塩と粒コショウで味つけをしているようだ。
肉の脂と塩味、コショウのスパイシーさが組み合わさり、食べ応えのある味だった。
「見た目のインパクトもあるし、こういうの店で出してもいいかも」
「いいんじゃないかな。仕入れ値は変わらなそう?」
「部位で多少差は出るけど、極端に上がることはないから、十分に利益は出るよ」
フレヤと会話を続けながら、二口目、三口目と食べ続ける。
露店の店主は固有名詞を使わなかったが、転生前の記憶に重ね合わせるならば、骨付きのリブロースが近いはずだ。
最初のうちはお互いに話していたものの、徐々に口数が減っていた。
俺がガルフールでカニを食べた時と同じように、自然と美味いものを食べているうちに無言になってしまうものだ。
脂の乗った部分が骨の周りにあり、気づけば夢中になっている。
「いやー、満足だ」
「うんうん、美味しかった。シェルトンまで来た甲斐があったよ」
やがて、俺とフレヤは骨付き肉を完食した。
残ったのは包み紙と骨だけだった。
「さっきの店に捨てに行こうか」
「そうだね」
俺たちはベンチから立ち上がって、露店の方に近づいていった。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「気に入ってもらえたようでよかった。二人はここが地元じゃなさそうだね?」
「はい、バラムから来ました」
俺がそう答えると、店主は何度か頷いた。
「君たち、お似合いじゃないか。もう結婚してるの?」
「いや、自分が店をやっていて、彼女は従業員のようなもので……」
「おじさん、残念。私たちはカップルじゃないんだ」
店主はにんまりとして、会話を続けた。
「そうかそうか、こちらの勘違いだったようだ。シェルトンは観光向けではないけど、静かでいいところだから楽しんでいって」
「はい、ありがとうございます」
俺たちは食後に出たゴミを捨てさせてもらって、露店の前を後にした。
「これで目的は達成できたけど、次はどうしようか?」
フレヤが楽しそうな調子で問いかけた。
ついさっき、店主が恋人同士と勘違いしたことは気にしていない様子だ。
「ここから別の町となると移動で忙(せわ)しなくなるから、シェルトンを歩いて回るのはどうだろう」
「いいんじゃない。私が前に来た時はほとんど通過するだけだったから、今度はどんな町か見ておきたいし」
こちらの提案にフレヤは同意を示した。
彼女は一人旅を続けていたそうなので、ここでは観光する気分にはならなかったのかもしれない。
どうしても見ておかなければならないようなものは、シェルトンには少なそうな印象だった。
二人でぶらぶらと歩くうちに、通り沿いの店が増え始めた。
露店があった場所は公園のような雰囲気だったが、この辺りは少し賑やかな通りのようだ。
「ねえ、見てみて」
フレヤが何かを見つけて、近づいていった。
そこは雑貨店のようだった。
「これは……色んなものが売ってるのか」
アクセサリー、手提げバッグ、ちょっとした衣類など。
ある程度の規模の町なら、とりあえず一軒あるような店だ。
当然ながら全て手作りなので、バラムとは品揃えが異なる。
「あっ、これ、かわいいな」
店の様子を見ていると、フレヤが髪留めようなものを手に取っていた。
女性用の小物は詳しくないが、シュシュという名前だっただろうか。
「いつも髪を束ねてるし、それは似合うと思うけど」
「うんうん、そうでしょー。よく働く従業員に買ってあげてもいいんじゃないかな」
「むむっ、そうきたか」
フレヤも手持ちは十分だと思うが、日頃の働きに感謝しろということか。
そこまで高くはないはずなので、関係円満のために支払うとしよう。
俺はフレヤから商品を受け取ると、軒先から店内に入って会計を済ませた。
微々たる出費だったので、これぐらいは奢ってもいいだろう。
「はい、どうぞ」
「ありがとー、さすがマルク。話が分かるよね」
「まあ、よく働いてくれているのは事実だから。それぐらいなら構わない」
フレヤは気分をよくして、先の方にある店へと進んでいった。
けっこうショッピングが好きなのかもしれない。
23
お気に入りに追加
3,381
あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

黄金の魔導書使い -でも、騒動は来ないで欲しいー
志位斗 茂家波
ファンタジー
‥‥‥魔導書(グリモワール)。それは、不思議な儀式によって、人はその書物を手に入れ、そして体の中に取り込むのである。
そんな魔導書の中に、とんでもない力を持つものが、ある時出現し、そしてある少年の手に渡った。
‥‥うん、出来ればさ、まだまともなのが欲しかった。けれども強すぎる力故に、狙ってくる奴とかが出てきて本当に大変なんだけど!?責任者出てこぉぉぉぃ!!
これは、その魔導書を手に入れたが故に、のんびりしたいのに何かしらの騒動に巻き込まれる、ある意味哀れな最強の少年の物語である。
「小説家になろう」様でも投稿しています。作者名は同じです。基本的にストーリー重視ですが、誤字指摘などがあるなら受け付けます。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる