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異国の商人フレヤ

シェルトンの町と骨付きリブロース

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 店先からは距離が離れていて、何を焼いているのか分からなかった。
 フレヤにたずねてもよいのだが、自分の目で確かめる方が早いだろう。

 一歩ずつ近づいていくと、露店の様子が見えてきた。
 店の中には軸の太い鉄網があり、その下には薪か何かが燃えていた。
 そして、焼かれているのは縦長の骨付き肉だった。

「あれって、フレヤは食べたことある?」

「ううん、通りがかりに見ただけで食べなかったよ。お腹が空いてなかったし」

「なるほど、そうなんだ」

 俺は彼女と話しつつ、さらに露店へと近づいた。
 肉の焼ける香ばしい匂いに刺激されて、頭の奥がしびれるようだった。

「すいません、それって何の肉ですか?」

「いらっしゃい。これは牛肉だね」

 店主は白髪交じりの頭をした中年の男だった。
 気のいい返事をしてくれて、話しやすい雰囲気だ。

「フレヤ、昼食には少し早いけど、これを食べてみようか」

「うん、いいよ」

「ええと、二人前はできますか?」

 こちらが注文すると店主はニコッと笑顔を作った。

「一人前がこの半分だから、これ一本で二人前さ。食べやすいように切り分けて出すから、少し待っててくれるかい」

「はい、お願いします」

 店主はトングで焼いている骨付き肉を一本掴んで、木製のまな板に移動させた。
 そして、鉈(なた)のような包丁でスパンと真っ二つに切り離した。

「おおっ、すごい切れ味」

「あんな包丁があるんだね」

 俺たちは口々に感想を漏らしていた。

 店主はこちらの様子を気にすることなく、手際よく包み紙のようなもので骨付き肉を包みこんだ。
 まるで、食べ歩きのファーストフードのように手持ち部分だけが覆われており、その先は食べられるように露出している。

「はいよ、お待たせ。これで銀貨一枚ね」

「ありがとうございます。それじゃあ、これで」

 俺は財布から銀貨を掴んで差し出した。

「お買い上げどうも。骨が残るから、食べ終わったらうちに捨てに来ていいからね」

「分かりました」

 俺とフレヤはそれぞれに骨付き肉を手に取り、露店の前を離れた。

「あそこにベンチがあるから、座って食べようか」

「うん、そうだね」

 フレヤに提案して、露店の目と鼻の先にあるベンチに腰を下ろした。

「じゃあ、できたてのうちに食べるとしますか」

 まだ湯気が上がっている骨付き肉。
 口をやけどしないように気をつけつつ、口先でついばむように噛んだ。

「おっ、これは美味い」

「いいね、これ」

 タレやソースを使っていないように見えたが、塩と粒コショウで味つけをしているようだ。
 肉の脂と塩味、コショウのスパイシーさが組み合わさり、食べ応えのある味だった。

「見た目のインパクトもあるし、こういうの店で出してもいいかも」

「いいんじゃないかな。仕入れ値は変わらなそう?」

「部位で多少差は出るけど、極端に上がることはないから、十分に利益は出るよ」

 フレヤと会話を続けながら、二口目、三口目と食べ続ける。
 露店の店主は固有名詞を使わなかったが、転生前の記憶に重ね合わせるならば、骨付きのリブロースが近いはずだ。
 
 最初のうちはお互いに話していたものの、徐々に口数が減っていた。
 俺がガルフールでカニを食べた時と同じように、自然と美味いものを食べているうちに無言になってしまうものだ。
 脂の乗った部分が骨の周りにあり、気づけば夢中になっている。

「いやー、満足だ」

「うんうん、美味しかった。シェルトンまで来た甲斐があったよ」

 やがて、俺とフレヤは骨付き肉を完食した。
 残ったのは包み紙と骨だけだった。

「さっきの店に捨てに行こうか」

「そうだね」

 俺たちはベンチから立ち上がって、露店の方に近づいていった。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「気に入ってもらえたようでよかった。二人はここが地元じゃなさそうだね?」

「はい、バラムから来ました」

 俺がそう答えると、店主は何度か頷いた。

「君たち、お似合いじゃないか。もう結婚してるの?」

「いや、自分が店をやっていて、彼女は従業員のようなもので……」

「おじさん、残念。私たちはカップルじゃないんだ」

 店主はにんまりとして、会話を続けた。

「そうかそうか、こちらの勘違いだったようだ。シェルトンは観光向けではないけど、静かでいいところだから楽しんでいって」

「はい、ありがとうございます」

 俺たちは食後に出たゴミを捨てさせてもらって、露店の前を後にした。

「これで目的は達成できたけど、次はどうしようか?」

 フレヤが楽しそうな調子で問いかけた。
 ついさっき、店主が恋人同士と勘違いしたことは気にしていない様子だ。

「ここから別の町となると移動で忙(せわ)しなくなるから、シェルトンを歩いて回るのはどうだろう」

「いいんじゃない。私が前に来た時はほとんど通過するだけだったから、今度はどんな町か見ておきたいし」

 こちらの提案にフレヤは同意を示した。
 彼女は一人旅を続けていたそうなので、ここでは観光する気分にはならなかったのかもしれない。
 どうしても見ておかなければならないようなものは、シェルトンには少なそうな印象だった。

 二人でぶらぶらと歩くうちに、通り沿いの店が増え始めた。
 露店があった場所は公園のような雰囲気だったが、この辺りは少し賑やかな通りのようだ。

「ねえ、見てみて」

 フレヤが何かを見つけて、近づいていった。
 そこは雑貨店のようだった。

「これは……色んなものが売ってるのか」
  
 アクセサリー、手提げバッグ、ちょっとした衣類など。
 ある程度の規模の町なら、とりあえず一軒あるような店だ。
 当然ながら全て手作りなので、バラムとは品揃えが異なる。

「あっ、これ、かわいいな」

 店の様子を見ていると、フレヤが髪留めようなものを手に取っていた。
 女性用の小物は詳しくないが、シュシュという名前だっただろうか。

「いつも髪を束ねてるし、それは似合うと思うけど」
  
「うんうん、そうでしょー。よく働く従業員に買ってあげてもいいんじゃないかな」 

「むむっ、そうきたか」

 フレヤも手持ちは十分だと思うが、日頃の働きに感謝しろということか。
 そこまで高くはないはずなので、関係円満のために支払うとしよう。

 俺はフレヤから商品を受け取ると、軒先から店内に入って会計を済ませた。
 微々たる出費だったので、これぐらいは奢ってもいいだろう。

「はい、どうぞ」

「ありがとー、さすがマルク。話が分かるよね」

「まあ、よく働いてくれているのは事実だから。それぐらいなら構わない」

 フレヤは気分をよくして、先の方にある店へと進んでいった。
 けっこうショッピングが好きなのかもしれない。
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