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異国の商人フレヤ
働き者たちへのハチミツレモン
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後日、シリルと引き合わせるためにセバスを店に呼んだ。
日差しの強い日だったが、テーブルのある辺りは屋根の下なので、そこまで暑さを感じなかった。
外を歩いてきて身体が火照っているのか、セバスはアイスティーを美味そうに飲んでいた。
「忙しいのに申し訳ない」
「気にすんな。客を紹介してくれるとなれば、時間を見つけて行くもんさ」
「セバスさん、この度はよろしくお願いします」
シリルが改めてあいさつをした。
セバスは市場が長いので、ぶっきらぼうなところがある。
そのため、シリルは緊張しているように見えた。
「こっちこそよろしく。マルクが共通の知り合いなんだ、堅苦しいのは抜きで頼む」
「はい、分かりました」
二人が無難にやりとりできそうで、ホッと胸を撫でおろした。
「一応、俺はここにいるけど、二人中心で話を進めてもらっていい?」
「そうだな、問題ない」
「了解です」
シリルとセバスは頷いた。
「そんで、シリルが使いたいのは牛バラ肉だけでいいのか」
「はい、作りたい料理で使うのはそこだけなので」
「マルクのところだと、日によって部位がまちまちで仕入れ値が上がりやすいんだが、固定して仕入れるなら供給がしやすい。多少は値段を割り引くこともできる」
「本当ですか、それは助かります」
シリルが目を輝かせて言った。
「それぐらいどうってことはない。残るは配送費用か」
「やはり、けっこうするのでしょうか……」
今度は元気のなくなりそうなシリル。
アップダウンが激しい。
「専用便といって、シリルの村だけに配達する方式だと割高になる。もう一つは混載便といって、同じ方面の馬車に色んな行き先の荷物を載せる方式だ。こっちだと、運賃は割安になる代わりに、希望したタイミングで村に届くようにするのは難しい」
セバスの話をシリルは真剣に聞き入っている。
一言一句、聞き逃さないようにという意志が伝わってきた。
「話の途中だけど、俺からたずねてもいいかな」
「ああっ、どうした?」
「混載便の場合、鮮度はどうなんだろう。セバスの意見を聞かせてほしい」
セバスはこちらの質問に頷いて、説明を始めようとした。
「心配はもっともだが、藁や氷を入れて保冷すればけっこう大丈夫だ。もちろん、専用便の方が確実ではある」
「それなら、専用便の割り増し分は俺が出すよ。ただ、ずっとというよりも、まずはシリルが故郷の村で料理を出してみて、売れるようなら専用便を続ければいい。あまり芳(かんば)しくないようなら、発案した野菜巻きは取りやめて別の料理を考えた方がいいんじゃないかな」
試行期間の割り増し料金なら、そこまで負担は大きくない。
もっとも、シリルにとっては初期投資として重荷になりかねないので、彼の勢いを維持するためにも、こちらが手助けしたいと考えていた。
「マルクさん、本当にいいのですね」
「せっかくだから試してほしいし、世話になってるセバスの利益にもつながるから、実現してほしいんだ」
「シリル、よかったじゃないか。マルクが肩代わりして、オレの方で肉の価格を割り引くから、だいぶコストは低くなるぞ」
「はい、ありがたい限りです」
シリルは泣きそうな顔で感謝していた。
「話はまとまったようだから、今後は二人で取引を進めてもらうかたちで大丈夫そう?」
「オレは問題ない。あとはシリル次第だな」
「自分も大丈夫です。セバスさん、よろしくお願いします」
「まあ、気楽にいこうぜ。マルクが最初に肉を仕入れた時に比べたら、だいぶ安くなるんだから」
「ははっ、けっこう前の話を引き合いに出すね」
俺とセバスが笑い出すと、つられたようにシリルも笑い声を上げた。
彼が働き始めてしばらく経つが、店の一員になったようでうれしかった。
顔合わせの日から数日が経過した。
シリルはうちの店で働きながら、かけもちで故郷の食堂に出向くらしい。
なるべく給金を弾むようにしているため、双方を行き来したとしてもお金に余裕はあると明るい顔で話していた。
そんなわけで、今日は火曜日だった。
焼肉屋の関係者で話し合いを進めた結果、最終的に水曜日と木曜日を定休日にしようという話でまとまり、明日は休日である。
今日も今日とて、片づけの済んだテーブル席でアイスティーを飲んでいる。
エスカにフレヤ、シリルの三人は連勤が続いたことで、疲れた様子だった。
「皆、お疲れ様」
「はい、お疲れ様です」
反応がよいのはシリルだけで、他二人は静かにしている。
「エスカとフレヤが元気がないのは珍しいな」
「最近は忙しかったですから」
「ちょっと働きすぎたかな。明日が休みでよかったよ」
口に出して言うのは恥ずかしかったが、忙しくさせてしまったことを申し訳なく思っていた。
「これはとっておきのあれを出すとするか」
俺はそう言い残して、厨房に収めてある容器を取り出した。
中にはハチミツ漬けのレモンが入っている。
お茶うけ感覚で出そうと思っていたものの、出番がないまま漬けてあった。
「さて、どうするか。シリルは余力がありそうだけど、よく働いてくれてるし、出してあげた方がいいか……そりゃそうだよな」
小皿を三つ用意して、トングで一つずつ移していった。
転生前、気分転換によく食べていた味なので、懐かしい気持ちになる。
「はい、お待たせ」
「うわぁ、これは何ですか?」
「レモンをハチミツに漬けたものだ。甘酸っぱくて疲れが取れる」
一緒に小ぶりなフォークを差し出すと、三人はしげしげと眺めてから口に含んだ。
「うーん、さわやかな甘みだね」
「マルクさん、自分にまでこんな素敵なものを、ありがとうございます」
それぞれに異なる反応を見せているが、全員が気に入ってくれたみたいだ。
「明日から休みだけど、皆の予定はどんな感じ?」
まるで、経営者にでもなったような気分――実際そうではあるのだが――になりつつ、三人にたずねた。
「わたしは依頼があるので、ギルドに行くと思います」
「自分は故郷に帰省します」
「そうかそうか、家族想いで偉いな」
「いえ、お恥ずかしいです」
シリルは照れくさそうに頭をかいた。
二人はこともなく答えたが、フレヤは静かなままだった。
「どうした、何か言いにくいことでもあった?」
「ううん、何でもないよ」
「話したくないことがあるなら、無理に話さなくてもいいから」
俺がそう伝えると、フレヤは曖昧な表情で頷いた。
日差しの強い日だったが、テーブルのある辺りは屋根の下なので、そこまで暑さを感じなかった。
外を歩いてきて身体が火照っているのか、セバスはアイスティーを美味そうに飲んでいた。
「忙しいのに申し訳ない」
「気にすんな。客を紹介してくれるとなれば、時間を見つけて行くもんさ」
「セバスさん、この度はよろしくお願いします」
シリルが改めてあいさつをした。
セバスは市場が長いので、ぶっきらぼうなところがある。
そのため、シリルは緊張しているように見えた。
「こっちこそよろしく。マルクが共通の知り合いなんだ、堅苦しいのは抜きで頼む」
「はい、分かりました」
二人が無難にやりとりできそうで、ホッと胸を撫でおろした。
「一応、俺はここにいるけど、二人中心で話を進めてもらっていい?」
「そうだな、問題ない」
「了解です」
シリルとセバスは頷いた。
「そんで、シリルが使いたいのは牛バラ肉だけでいいのか」
「はい、作りたい料理で使うのはそこだけなので」
「マルクのところだと、日によって部位がまちまちで仕入れ値が上がりやすいんだが、固定して仕入れるなら供給がしやすい。多少は値段を割り引くこともできる」
「本当ですか、それは助かります」
シリルが目を輝かせて言った。
「それぐらいどうってことはない。残るは配送費用か」
「やはり、けっこうするのでしょうか……」
今度は元気のなくなりそうなシリル。
アップダウンが激しい。
「専用便といって、シリルの村だけに配達する方式だと割高になる。もう一つは混載便といって、同じ方面の馬車に色んな行き先の荷物を載せる方式だ。こっちだと、運賃は割安になる代わりに、希望したタイミングで村に届くようにするのは難しい」
セバスの話をシリルは真剣に聞き入っている。
一言一句、聞き逃さないようにという意志が伝わってきた。
「話の途中だけど、俺からたずねてもいいかな」
「ああっ、どうした?」
「混載便の場合、鮮度はどうなんだろう。セバスの意見を聞かせてほしい」
セバスはこちらの質問に頷いて、説明を始めようとした。
「心配はもっともだが、藁や氷を入れて保冷すればけっこう大丈夫だ。もちろん、専用便の方が確実ではある」
「それなら、専用便の割り増し分は俺が出すよ。ただ、ずっとというよりも、まずはシリルが故郷の村で料理を出してみて、売れるようなら専用便を続ければいい。あまり芳(かんば)しくないようなら、発案した野菜巻きは取りやめて別の料理を考えた方がいいんじゃないかな」
試行期間の割り増し料金なら、そこまで負担は大きくない。
もっとも、シリルにとっては初期投資として重荷になりかねないので、彼の勢いを維持するためにも、こちらが手助けしたいと考えていた。
「マルクさん、本当にいいのですね」
「せっかくだから試してほしいし、世話になってるセバスの利益にもつながるから、実現してほしいんだ」
「シリル、よかったじゃないか。マルクが肩代わりして、オレの方で肉の価格を割り引くから、だいぶコストは低くなるぞ」
「はい、ありがたい限りです」
シリルは泣きそうな顔で感謝していた。
「話はまとまったようだから、今後は二人で取引を進めてもらうかたちで大丈夫そう?」
「オレは問題ない。あとはシリル次第だな」
「自分も大丈夫です。セバスさん、よろしくお願いします」
「まあ、気楽にいこうぜ。マルクが最初に肉を仕入れた時に比べたら、だいぶ安くなるんだから」
「ははっ、けっこう前の話を引き合いに出すね」
俺とセバスが笑い出すと、つられたようにシリルも笑い声を上げた。
彼が働き始めてしばらく経つが、店の一員になったようでうれしかった。
顔合わせの日から数日が経過した。
シリルはうちの店で働きながら、かけもちで故郷の食堂に出向くらしい。
なるべく給金を弾むようにしているため、双方を行き来したとしてもお金に余裕はあると明るい顔で話していた。
そんなわけで、今日は火曜日だった。
焼肉屋の関係者で話し合いを進めた結果、最終的に水曜日と木曜日を定休日にしようという話でまとまり、明日は休日である。
今日も今日とて、片づけの済んだテーブル席でアイスティーを飲んでいる。
エスカにフレヤ、シリルの三人は連勤が続いたことで、疲れた様子だった。
「皆、お疲れ様」
「はい、お疲れ様です」
反応がよいのはシリルだけで、他二人は静かにしている。
「エスカとフレヤが元気がないのは珍しいな」
「最近は忙しかったですから」
「ちょっと働きすぎたかな。明日が休みでよかったよ」
口に出して言うのは恥ずかしかったが、忙しくさせてしまったことを申し訳なく思っていた。
「これはとっておきのあれを出すとするか」
俺はそう言い残して、厨房に収めてある容器を取り出した。
中にはハチミツ漬けのレモンが入っている。
お茶うけ感覚で出そうと思っていたものの、出番がないまま漬けてあった。
「さて、どうするか。シリルは余力がありそうだけど、よく働いてくれてるし、出してあげた方がいいか……そりゃそうだよな」
小皿を三つ用意して、トングで一つずつ移していった。
転生前、気分転換によく食べていた味なので、懐かしい気持ちになる。
「はい、お待たせ」
「うわぁ、これは何ですか?」
「レモンをハチミツに漬けたものだ。甘酸っぱくて疲れが取れる」
一緒に小ぶりなフォークを差し出すと、三人はしげしげと眺めてから口に含んだ。
「うーん、さわやかな甘みだね」
「マルクさん、自分にまでこんな素敵なものを、ありがとうございます」
それぞれに異なる反応を見せているが、全員が気に入ってくれたみたいだ。
「明日から休みだけど、皆の予定はどんな感じ?」
まるで、経営者にでもなったような気分――実際そうではあるのだが――になりつつ、三人にたずねた。
「わたしは依頼があるので、ギルドに行くと思います」
「自分は故郷に帰省します」
「そうかそうか、家族想いで偉いな」
「いえ、お恥ずかしいです」
シリルは照れくさそうに頭をかいた。
二人はこともなく答えたが、フレヤは静かなままだった。
「どうした、何か言いにくいことでもあった?」
「ううん、何でもないよ」
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俺がそう伝えると、フレヤは曖昧な表情で頷いた。
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