異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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海産物を開拓する

宿の発見と怪しい人影

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 アデルのお眼鏡にかなう宿屋を探すために歩き回る羽目になった。
 遅すぎては部屋の空きがないと思うので、夜が更けていないことは幸いだったのかもしれない。
 
 町歩きをしながら宿探しを続けていると、アデルが路地裏に落ちついた雰囲気の宿屋を見つけた。
 そこはひっそりと佇むような外観で、看板には「宿:星の光」と書かれていた。
 アデルが先んじて中へと進み、俺とエステルもそれに続いて中に入った。

 早速、我らが切りこみ隊長が受付で話しこんでおり、申しこみを済ませようとしていた。
 エステルとロビーの椅子に座って待つと、満足そうな顔のアデルがやってきた。
 
「ふふっ、これでいい宿に泊まれるわ」

「手続きありがとうございます」

「ちなみに人気みたいで二部屋しか空いてないみたいだから、私は一人であなたたちは二人でいいわよね?」

「……はっ?」

 アデルの提案に困惑した。
 いくらなんでも、俺とエステルが同じ部屋というのはまずいだろう。

「わたしはいいよ。姉さんは一人部屋じゃないと落ちつかないみたいだから」

「えっ、そうなんですか」

「エスは協力的で助かるわ。そういうわけで、私は一人部屋にするから」

 はいこれと言って、アデルは部屋の鍵を差し出すと廊下を歩いていった。
 取りつく島もないため、何と声をかけていいのか分からない。

「あの、エステルはこれでいいんですか?」

「姉さんはああ見えて寝相がすごくて。わたしはマルクと同部屋の方がよく眠れそう」

「……うーん、そうなんですか」

 種族の違いもあると思うが、エステルはこちらを意識していない傾向が見られる。
 仲間として好意的に見られるのは喜ばしい反面、男としてこれでいいのかと思う面もある。
 毎度のことながら、自分の話術ではアデルを説得するのは無理なので、ここは諦めてエステルと同じ部屋で一夜を明かすことにするか。

「アデルから部屋の鍵を預かったので、まずは移動しましょう」

「うん、そうだね」

 部屋の番号は鍵に刻印されており、館内の案内を見ながら廊下を移動する。
 共同浴場や立派なレストランがあるようで、設備は充実しているようだ。
 そのまま部屋の前に到着するかと思いきや、途中で外に出る扉があった。

「……部屋はこの先みたいですね」

 俺とエステルはその扉から屋外に出た。
 そこはただの渡り廊下の役割だけでなく、こじんまりとした庭園にもなっていた。
 魔力灯で明るさはあるため、花や植えこみが見えることでこの場所の風情を感じることができる。

「ねえマルク、上を見て」

「何かありました?」

 エステルに言われて、真上に視線を向けた。
 そこにはたくさんの星が瞬く美しい夜空が広がっていた。

「なるほど、これが宿の名前の由来か」

「故郷で見る星はすごいきれいなんだけど、こうやって町の中で見る星空もきれい」

「これはいいですね」

 エステルと恋人同士ではないことが残念だが、何となくロマンティックな雰囲気に浸ることができた。
 アデルにしろエステルにしろ、恋愛対象というよりも憧れの対象だった。
 こうして、同じ瞬間を共有できるだけでも幸せというものだろう。

「えへへっ、姉さんは別方向の部屋だから、これは知らないよね」

「教えてあげた方がいいですかね」

「うーん、少し疲れてたみたいだし、別にいいんじゃないかな」

「疲れているなら、そっとしておいた方がいいですね」

 エステルの言葉を聞くまで、アデルが疲れていることに気づかなかった。
 普段と変わらないように見えたので、俺よりも付き合いが長いだけはあると思う。

「昼間は少し暑かったけど、夜風はわりと冷たいね。さあ、部屋に行くよ」

「あっ、はい。そうしますか」

 俺たちは庭園から離れて、その先にある扉から屋内に入った。
 今宵の部屋はその先にあった。
 
「あそこみたいですね」

 そそくさと先に向かって、部屋の鍵を開ける。
 俺が室内に足を運ぶと、続いてエステルも入ってきた。

 間接照明のように魔力灯がほのかに部屋を照らしていた。
 品格を備えた宿だけあって、洗練された意匠の調度品が置かれている。
 俺は芸術に疎いため、そのよさを見抜くほどの審美眼はない。
 普通の宿には洒落たインテリアなど付属しないので、それだけでもここが特別な宿であることを実感する。

 ちなみに部屋はツインルームでベッドが二つあった。
 いくらエステルがこちらを意識していないにしても、ダブルベッド一つは厳しいものがあったので、彼女に気づかれないように胸をなで下ろした。

「すごーい! こんな大きな窓はじめて見た」

「方向的に窓の外は海が見えるはずなので、明るい時は眺めがいいはずです」

 地球の都市のように煌々と街灯が灯っているわけではなく、この時間に外を見ても遠くを見渡すことはできない。
 明日になってからのお楽しみとして、待ちわびるのもよいと思った。

「海はいいよね! 山と平原に囲まれて育ったから、どこまでも塩辛い水が続くなんてすごいことだよ」

「俺も海は好きです。寄せては返す波の様子や潮の香りに惹かれます」

 二人で盛り上がりながら、それぞれに荷物を下ろした。
 俺はベッドの上に腰を下ろして、エステルは椅子に腰かけた。

「湯浴みの順番はどうする?」

「ゆ、湯浴みですか?」

 少年のような反応を返したことに時間差で気恥ずかしい思いがした。
 エステルは少女のような見た目をしているが、俺よりも一回りは年上だろう。
 いくら何でも子どもっぽく思われるのは、いたたまれない気持ちになる。

「鍵は一つだけだし共同浴場の蒸し風呂に入るなら、どっちかが留守番の方がいいかなってさ」

「あっ、そうですよね。少し休憩するので、よかったら先に行ってください」

「オッケー、じゃあ先に行ってくるよ」

 エステルはこちらへの確認を済ませると、着替えなどを持って部屋を出た。
 てきぱきと動いていたので、蒸し風呂を楽しみにしていたのかもしれない。

 落ちついた雰囲気の部屋でゆっくりしていると、風呂上がりのエステルが戻ってきた。

「ふぅ、気持ちよかった」

「おかえりなさい」

「マルクも行ってきなよ。蒸し風呂はいいものだよ」

 エステルはご満悦といった様子だった。
 全身に熱が残っているようで、露出した肌から湯気が立っている。
 直視するには刺激が強いので、何ごともない態度を装って目を離した。

「それじゃあ、行ってきます」

 俺は入浴の準備を済ませてから蒸し風呂に向かった。
 部屋の前の廊下を歩いて、庭園のある渡り廊下を通過する。

「――んっ?」

 庭園の中ほどに来たところで、視界の端で何かが動いた気がした。
 冒険者の時にそうだったが、こういう時の直感は注意を向けるだけの価値がある。

「どこだ、庭の中じゃない……屋根の上か――」

 前後左右に向けた視線を斜め上に切り替える。
 少し離れた場所で数人の人影が動いていた。
 人目を避けるような挙動は明らかに宿泊客ではない。  
   
「蒸し風呂は楽しみだけど、これは無視できないな」

 一人で追うことも考えたが、まずはエステルに声をかけることにした。
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