上 下
194 / 449
高級キノコを求めて

高級キノコを調理開始

しおりを挟む
 フランの背中は遠ざかり、角を曲がったところで見えなくなった。
 彼女の存在感は大きく、いなくなると穴が空いたような静けさを感じた。

 見目麗しい彼女なのだが、庶民の自分とは釣り合わないと思う。
 それにハンクに憧れや尊敬を示した以外、異性に興味を示す場面を見たことがなかった。

「今までの雰囲気だとアデルか、いや……」

 お姉さまと言って懐いている様子だが、恋愛対象というふうではない気もする。
 どちらにせよ、フランが広い意味で高嶺の花であることは間違いない。
 並の男が近づいても、軽くあしらわれるのがオチだろう。
 
「さあ、用事も済みましたし、バラムに戻りましょうか」

 俺は気を取り直して、遠巻きに立っていたハンクとテオを見た。
 フランが帰ったことで安心したのか、二人はこちらに近づいてきた。

「公都の市場とか覗いていかなくてもいいのか?」

「行きたい気持ちもありますけど、日が暮れるとテオが飛べないみたいなので」

「そうか、もうすぐ夕方か。じゃあまた、来れたら来るか」

「それで問題ありません」

 テオに飛んでもらおうと思ったが、先に周りに人の気配がないかを確かめる。
 通りから離れている場所のようで、喧騒が遠くから聞こえた。
 何もない空き地と言ってしまえばそれまでだが、あまり人の来ない場所のようだ。
 
「それじゃあ、帰りも頼めますか」

「うむ、よかろう」

 テオが飛竜の姿になり、俺は魔道具を取り出して操作した。

 

 それから、バラムに着く頃には夕方になっていた。
 出発した時と同じように町外れの空き地にテオが着地したのだ。

「……今日は移動が多くて疲れた。我は宿へ戻るとする」

「ありがとうございました。またお願いします」

「ふむ、気が向いた時は乗せてやろう」

 テオはこちらに応じているものの、いつも以上に言葉が少なかった。
 今日はフランがいたことで、途中から負担が増えていたのだと思う。
 テオはつぶやくように、「ではな」と言って立ち去った。

「今日のところは、おれも帰るとするか」

「お疲れ様でした。俺の分のコショネ茸をもらってもいいですか?」

「ああっ、もちろんだ。少し待ってくれ」

 ハンクはバックパックを地面に下ろすと、中から布袋を一つ取り出した。
 それから、他の袋に入ったコショネ茸を一つにまとめていった。

「おれとテオの分はマルクが持って帰ってくれ」

「テオはともかく、ハンクもいいんですか?」

「自分であんまり料理はしないからな。マルクが美味しく料理して食わせてくれ」

「それなら、もらっておきます」

 ハンクから膨らみ気味の布袋を受け取った。
 布袋に入ったコショネ茸の量が多いので、抱きかかえるような状態になる。
 中身がキノコだからなのか、そこまで重たくはなかった。

「久しぶりにデュラスまで行ったら、すげえ遠出したような気分でな。飛竜というか、テオが乗せてくれると行動範囲が桁違いに広がるよな」

「それはありますね。デュラスは気になる国でしたけど、なかなか行く機会はなかったですから」

「今日は遠くまで行けたから、おれはしばらくおとなしくするつもりだ。マルクは店を開くつもりなのか?」

「そのつもりです。どこかに行きたくなった時は次回もお願いします。ハンクが一緒だと心強いので」

 俺の言葉を受けて、ハンクは嬉しそうに表情を緩めた。
 冒険者の高み――Sランクという偉業を成し遂げたにもかかわらず、親しみやすい側面があることも敬意を抱く理由の一つだった。 
 
「おう、そうか! おれの方でも面白そうなところがないか、情報は集めておくぜ。メルツとデュラスに行ったから、今度はロゼル辺りか。たしか、七色ブドウを採りに行った時以来だよな」

「そうだと思います。あの時は中継地点程度の感覚だったので、ロゼルの行ったことがない場所へ行くのも面白そうですね」

「分かった。候補の一つとして考えておく。それじゃあ、またな」

「早速、明日の朝にコショネ茸を料理してみるので、よかったら店に来てください」

「いいな、そいつは楽しみだ」

 ハンクはそう言った後、大きく手を振って離れていった。



 翌朝。自宅で目を覚ました俺は顔を洗い、身支度を整えてから、自分の店に向かった。
 店の前に着いてから周囲を確認してみたが、ゴミや落ち葉の数は少なく、適当に手で拾って終わりにした。

 それから、店内の厨房に向かって、前日に保管しておいたコショネ茸を確認した。
 テーブルの上で布袋を開くと、上品で濃厚な香りが漂ってきた。
 木の実のような新鮮で香ばしい匂いといった感じだろうか。

「よしっ、この感じなら鮮度は大丈夫そうだ」

 いくら高級キノコだからといっても、腐ってしまえばどうしようもない。
 バラムは湿度低めのさっぱりした気候ということもあり、食べものが傷みにくいのは焼肉屋をやる上で利点の一つだった。

 俺は布袋の中から、一掴みほどのコショネ茸を取り出した。
 触った感じは普通のキノコといった感じで、特別な違いはなさそうに思えた。

 取り出したコショネ茸を軽く水洗いして、土や細かい汚れを洗い落とす。
 続けて、きれいになったコショネ茸を食感が残る程度に薄く切った。

 下準備が済んだ後、かまどに火をおこしてフライパンを用意する。
 コショネ茸の香りを活かすために、オリーブオイルに似た種類の油で炒めてから、乾燥させてニンニクの粉末と塩で味を整えていく。

 加熱しすぎないように注意して、適当なタイミングでフライパンを火から離した。
 ニンニクが油で炒まる香りが食欲をそそる。
 コショネ茸を使っていることもあり、厨房に香ばしい匂いが充満していた。
 
「……うん、これはすごい」
 
 仕上がったものを小皿に乗せて味見すると、思わず声が漏れた。
 転生前にマツタケを食べたことはないが、おそらくそういった高級キノコに負けずとも劣らない存在感のある風味だった。
 それに油で炒めて味つけをしても、香ばしさが消えなかったのは驚きだ。 

「もしも、こんな目玉があれば、俺は自分の店を畳まずに済んだのか……いや、そうじゃない――」

 この世界の優れた食材を前にした時、何度か感じたことだった。
 今までは感じていたとしても言葉にならなかった。
 だが、今日は内なる思いが無意識に口をついた。

「当時は不遇だったかもしれないけど、今度は幸せを嚙みしめないと」

 アデルやハンク、ギルドの仲間、町の人たち。
 色んな人の支えがあるおかげで、店も俺の生活も成り立っている。
 このコショネ茸だって、仲間の協力で手に入れたものだ。
 
「うん、美味い」

 この世界は地球と比べて、どれほどの広さがあるのかは分からない。
 それでも、たくさんの国と地域が存在している。
 未踏の地にあるはずの新たな食材のことを考えると、胸の高鳴りが強まるのを感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小型オンリーテイマーの辺境開拓スローライフ~小さいからって何もできないわけじゃない!~

渡琉兎
ファンタジー
◆『第4回次世代ファンタジーカップ』にて優秀賞受賞! ◆05/22 18:00 ~ 05/28 09:00 HOTランキングで1位になりました!5日間と15時間の維持、皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 誰もが神から授かったスキルを活かして生活する世界。 スキルを尊重する、という教えなのだが、年々その教えは損なわれていき、いつしかスキルの強弱でその人を判断する者が多くなってきた。 テイマー一家のリドル・ブリードに転生した元日本人の六井吾郎(むついごろう)は、領主として名を馳せているブリード家の嫡男だった。 リドルもブリード家の例に漏れることなくテイマーのスキルを授かったのだが、その特性に問題があった。 小型オンリーテイム。 大型の魔獣が強い、役に立つと言われる時代となり、小型魔獣しかテイムできないリドルは、家族からも、領民からも、侮られる存在になってしまう。 嫡男でありながら次期当主にはなれないと宣言されたリドルは、それだけではなくブリード家の領地の中でも開拓が進んでいない辺境の地を開拓するよう言い渡されてしまう。 しかしリドルに不安はなかった。 「いこうか。レオ、ルナ」 「ガウ!」 「ミー!」 アイスフェンリルの赤ちゃん、レオ。 フレイムパンサーの赤ちゃん、ルナ。 実は伝説級の存在である二匹の赤ちゃん魔獣と共に、リドルは様々な小型魔獣と、前世で得た知識を駆使して、辺境の地を開拓していく!

異世界に行ったら【いのちだいじに】な行動を心がけてみた

渡琉兎
ファンタジー
幼馴染みの高校生三人組、弥生太一、鈴木勇人、榊公太は、気づかないうちに異世界へ迷い込んでいた。 神と対面し転生したわけでもなく、王族に召喚されたわけでもなく、何かしら使命を与えられたわけでもなく、ただ迷い込んでしまった。 多少なり異世界を題材にしたマンガやゲームを知っている三人は、最初こそ気持ちを高ぶらせたものの、その思いはすぐに消え失せてしまう。 「「「……誰も、チートとかないんだけどおおおおぉぉっ!?」」」 異世界の言語を聞き分けることはできる――安堵。 異世界のスキルを身に着けている――ありふれたスキル。 魔法は――使えない。 何をとっても異世界で暮らす一般人と同等のステータスに、三人はある答えを導き出した。 「「「【いのちだいじに】で行動しよう!」」」 太一、勇人、公太は異世界で冒険を堪能するでもなく、無難に生きていくことを選択した。 ……だって死ぬのは、怖いんだもの。 ※アルファポリス、カクヨムで公開しています。

自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。 女神の話によれば、異世界に転生できるという。 ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。 父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。 その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。 食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。 そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……

アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。 わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。 それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。 男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。 いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。

自由を求めた第二王子の勝手気ままな辺境ライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
旧題:追放王子の辺境開拓記~これからは自由に好き勝手に生きます~ ある日、主人公であるクレス-シュバルツは国王である父から辺境へ追放される。 しかし、それは彼の狙い通りだった。 自由を手に入れた彼は従者である黒狼族のクオンを連れ、辺境でのんびりに過ごそうとするが……そうはいかないのがスローライフを目指す者の宿命である。 彼は無自覚に人々を幸せにしたり、自分が好き勝手にやったことが評価されたりしながら、周りの評価を覆していく。

無人島Lv.9999 無人島開発スキルで最強の島国を作り上げてスローライフ

桜井正宗
ファンタジー
 帝国の第三皇子・ラスティは“無能”を宣告されドヴォルザーク帝国を追放される。しかし皇子が消えた途端、帝国がなぜか不思議な力によって破滅の道へ進む。周辺国や全世界を巻き込み次々と崩壊していく。  ラスティは“謎の声”により無人島へ飛ばされ定住。これまた不思議な能力【無人島開発】で無人島のレベルをアップ。世界最強の国に変えていく。その噂が広がると世界の国々から同盟要請や援助が殺到するも、もう遅かった。ラスティは、信頼できる仲間を手に入れていたのだ。彼らと共にスローライフを送るのであった。

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...