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高級キノコを求めて

執事とお嬢様

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「実は俺たちは――」

 フランに状況を説明しようとしたところで、執事の男が立ちふさがった。
 涼しげな顔をしているが、断固として通さないという意思が感じられる。

「お嬢様はご多忙の身、あなたたちに関わっている時間はありません」

「気をつけろ。こいつ、腕が立つみたいだぞ」

 ハンクの言葉を耳にして、相手をじっと眺めた。
 自然体ながらも隙がなく、真正面から戦えば無事では済まないことが予想された。
 名家の子女を護衛するのならば、その役割を腕が立つ者が担ってもおかしくないということか。

「――マティアス。彼らはわたくしの友人たちですわよ。無礼は許しませんわ」 

「これは出すぎた真似を。申し訳ありません、お嬢様」

 執事の男はマティアスという名前のようだ。
 マティアスは彼女に頭を下げると、真横に退いて立ちふさがるのをやめた。
 指示を出したのがフランだったからなのか、不満そうな態度は見られない。

「よかった、これで話ができます」

 胸をなで下ろしたところで、正面のフランと向かい合う。
 ドレスを身につけているからなのか、以前と雰囲気が違って見えた。

「それで、どのような用件ですの?」

「実は――」

 すでに他の貴族たちにも話した内容を整理して伝えた。
 説明を繰り返すうちに、要点を押さえて話すのが上手くなっている気がした。
 
「……コショネ茸のことは分かりましたわ。わたくしが赴けば、入場の許可は下りるはずですわ」

「それじゃあ、すぐにでも行こうぜ……と言いたいところだが、その服のままだと難しいな」

「ていうか、フランはどこかに行く予定だったんじゃ……」

 ハンクと俺が言葉を投げかけると、フランはそれに答えるように口を開いた。

「そこが自宅ですもの、すぐに着替えは済みますわ。最近、色々と忙しくて、息抜きに出かけようとしていただけですから、問題ありませんわ」

「話が早くて助かるぜ」

 ハンクが明るい笑顔を向けると、フランは微笑み返した。
 彼女はハンクに憧れを抱いているようなので、共に行動する上での相性はまずまずといったところか。

「――お言葉ですが、お嬢様」  
 
 こちらのやりとりを静観していたマティアスがおもむろに口を開いた。
 その雰囲気からフランに物申そうとしているのは明らかだった。

「何か文句でもあるのかしら?」

「ご実家に戻られて、貴族としてのお務めは果たされましたが、冒険にかまけたとあれば、お父上がお嘆きになられるかと。側仕えの身として、そうお伝えする義務があります」

 マティアスの忠告にフランは見るからに不服そうな反応だった。
 それどころか、怒りを抱いているようにさえ見える。

「怠惰な姉に代わって、公務に雑務にと精を出したのだから、もう十分ではないのかしら? めくるめく冒険がわたくしを呼んでいますわ! 今から屋敷に戻って着替えと準備をします。これは決定事項ですわよ」

「……はっ、承知しました」

 フランの全身からはまるで百獣の王のような気迫が溢れており、マティアスは応じるしかないといった様子だった。
 彼女のことを深く知っているわけではないので、こんなふうに意見を押し通すこともあるのかと興味深かった。

「これから準備に入りますわ。あなたたちは屋敷の庭で待っていてくださる?」

「分かりました」

「おれも問題ねえ」

 テオはこの輪から少し距離を置いているのだが、無理に付き合わせるつもりはない。
 俺たちを徒歩で移動させるほど薄情な性格ではなく、乗せてもらえなくなることを心配しなくてもよいだろう。
 
「では、後ほど」

 フランは上品な仕草で身を翻して、屋敷の方に戻っていった。
 アデルの実家はセレブだったわけだが、フランはフランで実家が貴族だった。
 初対面の時に自己紹介で聞いたものの、実際に目の当たりにすると驚きを隠せない。
 
「何か緊張しますけど、中に入りますか」

「こんなところに入るのは初めてだぜ」

「……ふむ、我も同行しよう」

 三人で入り口の門から敷地に足を踏み入れると、どこからかメイドが現れた。
 ランス城で身の回りの世話をしてくれたアンもそうだったが、目の前のメイドも立ち振る舞いに隙がなかった。
 ちなみに執事のマティアスはフランについていってたので、ここにはいない。

「皆様、ようこそ。お嬢様のお客人ですね」

「はい、そうです」

「こちらへどうぞ」

 メイドは肩の高さまで大きく手を伸ばして、進行方向を示した。
 入り口からすぐに庭になり、少し進んだ先にテラスがあった。
 俺たちは案内されるまま、それぞれに椅子に腰かけた。

「お飲みものです。よろしければ、どうぞ」

「これはどうも」

「ほう、すげえ。ずいぶん気が利くな」

 メイドは別のメイドが運んできたトレーを受け取り、その上に乗ったグラスをテラスのテーブルに並べていった。
 第一印象は合っていたようで、彼女の所作は一流のセルヴーズ――女性の給仕人――のように美しくも流れるようだった。
 メイドたちに加えてマティアスや各種使用人、それぞれの人件費を合計したらけっこうな金額になる。

「……貴族、恐るべし」

 そんな言葉が口をついてしまうほど、庶民との違いを感じずにはいられなかった。

「マルク、どうした? このアイスティー、めちゃくちゃ美味いぞ!」

「この茶を用意した者を褒めてつかわす」

 ハンクとテオがご機嫌な様子でグラスの中身を飲んでいた。
 それにつられて俺も口をつけた。

「ああっ、さわやかな香りとよく冷えたアイスティー……最高」

 まるで至福の時間に浸りそうな、上品で芳醇な味わい。
 おそらく、ベルガモットで香りづけをしていると思うが、それ以上に茶葉の力が大きそうだ。
 貴族の家で使うものとなれば、高級品の可能性が高いはず。

「気に入って頂けたようでよかったです。皆様はお嬢様のご友人、でしょうか?」

「ええまあ、そんなところです」

「ギルドには冒険者仲間がいると伺ったことはあるのですが、こうしてお嬢様を訪ねてこられる方は珍しいので、私個人としてうれしく思います」

「分かったふうなことを言うつもりはないですけど、上位貴族ともなると、友だち一人作るのにも大変そうですね」

 俺がそう伝えると、メイドは優しげな笑みを浮かべた。
 こちらの心も温かくなるような表情だった。

「お心遣い感謝します。お嬢様は芯を持った誠実なお方です。末永くお付き合いくださいませ」

「いやいや、こちらこそ」

 一流のメイドにかしこまられて、逆にこちらが恐縮してしまう。
 彼女のようなメイド一人とっても、住む世界が違うことを実感させられた。
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