上 下
169 / 465
飛竜探しの旅

マルクが忘れていたこと

しおりを挟む
 心地よさに眠気を覚えながら、おばあさんの施術が終わるのを待った。
 やがてそれ以外の部分も確認が終わって、最後に背中をポンっと軽く叩かれた。

「はいよ、これでおしまい。さっき言ったこと気をつけるんだよ」

「ありがとうございました」

 俺は上半身を起こした後、ベッドから下りた。
 短い距離を移動して休憩所の方に戻ると、順番待ちのアデルと目が合った。

「俺は済みました。次、どうぞ」

「ええ、行ってくるわ」

 アデルは椅子から立ち上がり、受付の方に歩いていった。
 彼女はエルフなのでそこそこ高齢だと思うが、身体の状態はどうなのだろう。
 ここまでの付き合いでは店主とお客という関係性もあったため、立ち入ったことをたずねることはしなかった。

 休憩所から受付の方に目を向けると、アデルがうつぶせの状態でベッドに横になるところだった。
 基本的な順番は同じようで、俺の時と変わらない手順に見えた。

「なあ、どうだった? あのばあさん、なかなかやるだろ」

「いやー、そうですね。自分でも気づかないことを教えてもらえたので、近所にあったら通いたいぐらいです」

「おれは必要ないが、たしかにそうかもしれないな。弟子でもとれば、もっと手広くできて王都の方にも支店なんかができそうなもんだが……。まあ、ばあさん自体が都会から越してきたみたいだから、あえて拡大するつもりもないんだろう」

「昔からここに住んでそうな感じですけど、分からないもんですね」

「どこだったか、ランス王国の町だった気がするが、こっちに来てだいぶ経つらしい。もう地元民でいいのかもな」

 ハンクとそんなふうに話していると、しばらくしてアデルが戻ってきた。
 なんだかすっきりした顔になったように見える。
 彼女と一緒におばあさんも休憩所の方に歩いてきた。

「いやあ、こんな美人さん初めてだから緊張したよ。スタイルも完璧だけど、ちょっと食事が偏ってるかもね」

「ふふっ、その辺にしてもらうと助かるわ」

「おっと、ごめんなさいね。乙女の秘密を口にしちゃって」

 さすがに乙女という年齢ではないと思うが、それを口にすれば逆鱗に触れること間違いなしなので、何も言わずに時が流れるのを待った。
 
 それから、何ごともなかったように世間話をしていると、風呂上がりのテオが合流した。
 入浴中に垣間見えた印象は正しかったようで、この温泉を気に入ったようだ。
 それを示唆するように長風呂だった。

「ふっ、待たせたな」

「マッサージと温泉のおかげで、ずいぶん顔色がいいですね」

「老婆に教わったのだが、これが整うというやつだろう。今の我なら、世界の果てまで飛ぶことすら可能だ」

「すげえな、おい」

「お兄さん、いくら何でもそれは無理だって」

 おばあさんはテオが飛龍であることを知らないので、真面目なコメントを返した。
 彼がそれに対してどう返すか見守っていると、何かを思い出したような顔を見せた後、物の例えだと付け加えた。
 テオなりに飛龍であることを隠そうとしてくれたようだ。

「温泉の用事も済みましたし、そろそろ帰るとしましょうか」

「そうだな、テオも満喫できただろ?」

「ふむ、我は満足だ。帰路についても構わぬ」

 テオの口ぶりは相変わらずだが、声のトーンから上機嫌なことが伝わった。
 しっかりマッサージを受けて、最高の温泉に入ったのに不機嫌だったら、ハンクでなくても俺がツッコミを入れるところだった。

「お前さんたち、また来ておくれよ。いつでも歓迎するからね」

「おう、また来させてもらうな」

「ありがとうございました。いい温泉でした」

 俺たちはそれぞれに別れのあいさつをして、小屋を後にした。
 おばあさんは外に出てからも、しばらく見送ってくれた。

「こういうのいいですね。バラムにも優しい人はたくさんいますけど、田舎ならではな感じがします」

「私もけっこう好きかもしれないわ。何だか温かくて落ちつく感じがする」

「テオも気に入ったみたいだし、お前らを連れてきてよかったぜ。モルジュの温泉以外にも見どころある土地はあるから、また今度行こうな」

「はい、行きましょう!」

 ハンクの提案は心湧き立つ内容だった。
 順番的にはレア食材探しよりも先の予定になるだろうか。
 どちらにせよ、楽しみであることは間違いない。

 俺たちは来た道を引き返して、テオが着陸した地点まで戻ってきた。
 周囲を見回し人目につかないことを確認してから、飛龍の姿になってもらった。
 高確率で驚かせてしまったと思うので、近くに牛や馬がいなくてよかった。
  
 順番に乗りこもうとしたところで、脳裏にテオの声が響いた。

(マルクよ。まずはエルフの村へ戻ればよいのか)

「そうですね。同じルートで戻ってもらえたら大丈夫です」

(……安全運転だったか)

「おっ、覚えてくれたんですね。帰りもそれで頼みます」

 温泉効果は継続中のようで、テオは聞き分けがいいような気がする。
 レア食材を探しに行く時にいつでも温泉があることはないはずだが、彼を手懐ける方法が分かったことは収穫だろう。

 俺はテオとの確認を終えると移動の途中で話せるよう、先頭の首に近い場所に腰を下ろした。
 やはり、座り心地がいまいちなので、今後に向けて鞍を用意したほうがいいかもしれない。
 続けてアデルとハンクが乗ったところで、テオはゆっくりと両翼をはためかせた。
 少しずつ地面から離れて、全身に浮遊感が生じる。

 テオの高度が上がった後、再び人目がないかを見回して確認した。
 すると、後ろからアデルの声が届いた。

「安心して。魔法の効果は完璧だから、誰かがこちらを向いても透けて見えるだけよ」

「助かります。何も知らない人が見たら、確実に大騒ぎになると思うので」

「そういえば、私がいる時はいいけれど、ハンクと二人の時は困るわね」 
 
「……あっ」

 テオが力を貸してくれるようになったこと、理想的な温泉に出会えたことに意識が向いていたせいか、そこまで考えていなかった。
 アデルやコレットならともかく、エルフではない俺やハンクが覚えようとしたら、ものすごい時間がかかりそうだ。

「まだアスタールの山にいるか分からないけれど、魔道具おじさんに作ってもらうのはどうかしら?」

「うーん、そうですね。バラムに戻ったら、何か手土産持参で会いに行きますかねー」

 まずはエルフの村に戻って、その後はバラムへ帰る予定になりそうだ。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

異世界転移の……説明なし!

サイカ
ファンタジー
 神木冬華(かみきとうか)28才OL。動物大好き、ネコ大好き。 仕事帰りいつもの道を歩いているといつの間にか周りが真っ暗闇。 しばらくすると突然視界が開け辺りを見渡すとそこはお城の屋根の上!? 無慈悲にも頭からまっ逆さまに落ちていく。 落ちていく途中で王子っぽいイケメンと目が合ったけれど落ちていく。そして………… 聞いたことのない国の名前に見たこともない草花。そして魔獣化してしまう動物達。 ここは異世界かな? 異世界だと思うけれど……どうやってここにきたのかわからない。 召喚されたわけでもないみたいだし、神様にも会っていない。元の世界で私がどうなっているのかもわからない。 私も異世界モノは好きでいろいろ読んできたから多少の知識はあると思い目立たないように慎重に行動していたつもりなのに……王族やら騎士団長やら関わらない方がよさそうな人達とばかりそうとは知らずに知り合ってしまう。 ピンチになったら大剣の勇者が現れ…………ない! 教会に行って祈ると神様と話せたり…………しない! 森で一緒になった相棒の三毛猫さんと共に、何の説明もなく異世界での生活を始めることになったお話。 ※小説家になろうでも投稿しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

処理中です...