上 下
161 / 449
飛竜探しの旅

背中に乗せてもらうための交渉

しおりを挟む
「もしかして、退屈で外に出たいと思ってませんか?」

 俺は直球でたずねてみた。
 すでに認識を改めたように、小細工は通用しそうにない。
 飛竜が求めていることを想像して投げかけた。

(それで我が頷くと思ったか? 人間とは浅はかだ)

 小馬鹿にするような響きだった。
 思ったよりも反応がよくないように感じられた。
 ……いや、ここまで同じような反応が続いている。

「簡単に同意しないでおいて、何か条件をつけようとしてませんか?」

 強気であることは自覚していたが、ここで引くべきではないと判断した。
 もしもの時はアデルとハンク、パワーアップした俺の魔法があれば撤退程度は可能だろう。
 それにアデルの話では村の方まで追跡されることはない。

(ほう、そこまでの口を聞くとは……。我は外に出たいとは言っておらぬ)

 その言葉から飛竜の圧が増したことを感じた。
 声で話せないのはやりづらいわけだが、まだまだ交渉は半ばだった。
 昨日のソラルのおかげなのだろうか、不思議と力が湧いてくる。

 しかし、飛竜の好きなものとは何だろう。
 向こうが本気で怒る手前まで、適当に投げかけるしかなさそうだ。

「……どこか行きたいところがあるとか?」

(ふん、そんなところはない)

「……実は食べたいものがあるとか?」

(我の主食はこの地の肉と草。他に望む食物などないわ)

 なかなか手強い相手だ。
 やりとりを続けていると、気難しい年寄りを相手にしているような感じになる。
 おそらく、人間の一生よりも長く生きているようなので、そうなるのも仕方のないことか。

「それにしても年寄りか」

 向こうに聞こえないようにつぶやいた。
 飛竜の首を縦に振らせるための提案を続けるのは、何かのプレゼンテーションみたいで少しだけ煩わしさを覚え始めた。

 あるいは、俺がそのように感じるとするならば、飛竜もイラっとしている可能性もありえる。

「……あんまり粘らない方がいいか」

 いつまでもこちらの相手をしてくれるとは限らず、思考を加速するように巡らせる。
 俺の中で年寄りという言葉を元にして、インスピレーションが湧いていた。

 ――年寄りといえば温泉、飛竜は限られた世界から出られないのなら、温泉というものを知らない可能性が高い。
 そろそろ、手札が尽きてきたところなので、ダメ元で言ってみるとしよう。

「あなたは温泉というものを知ってますか?」

(……大地から湯が湧いてくる場所を指すのだろう)

 エルフの誰かから聞いたことがあるのか、さすがに知識だけはあるようだ。
 ただ、実際に行ったことはないようで、答えからわずかなためらいが感じ取れた。
 
「ふむふむ、知っていはいるが、行ったことはないと」

(それがどうかしたか)

「推測を口にしただけですよ。あまり怒らないでもらえると」

 俺がなだめるように伝えると、脳裏に響く声の怒気が和らいだ気がした。
 相手は人間ではないので、自分の感覚でどこまで通用するか未知数だった。
 先ほどから静かなアデルとハンクの方を振り返ると、二人はうんうんと頷いて、こちらを励ますような表情を見せていた。

 そもそも、俺が自分のために始めたことだった。
 他に飛竜がいるかもしれないし、知性の指輪をはめることができる飛竜が見つかる可能性もあるだろう。
 しかし、目の前の飛竜を逃したら、次がいつになるのか見当もつかない。

「温泉はいいですよ。特に露天風呂がいい。自然と調和した景色とか」

(おぬしもしつこいな。我の背に乗ろうというのならば、そういう抽象的なものではなく、具体的な利点を述べるべきだろう)

「ああっ、それはそうですね」

 この飛竜は年寄り属性があるようで、呆れたり怒りながらも話に付き合ってくれている。
 それにしても、温泉の具体的な利点って何だ。
 効能とかなら食いつくみたいな意味なのか。

 転生前の世界には万病に効く温泉というのはあったが、この世界の温泉はエバン村しか知らない。
 あそこの温泉は効能とか謳ってなかったはずだ。
 アデルかハンクなら、もう少し気の利いた温泉を知っているかもしれない。

「――ちょっと、作戦タイムで」

(好きにするがよい)

 だいぶ飛竜のことが分かってきたが、俺の話に付き合う程度には暇なのだ。
 相手にする価値がないと思われない限り、付き合ってくれそうな気配がある。

「二人とも、万病に効く温泉って知りませんか?」

「私は美味しいものに興味がある方だから、温泉は詳しくないわ……」

「何でも治すってことはないだろうが、それに近い温泉なら知ってるぞ」

「さすがハンク!」

 飛竜を待たせないように、すぐに先ほどの位置に戻った。
 向こうの声は距離が関係ないかもしれないが、こちらの声を届かせるには一定の距離まで近づく必要がある。

「お待たせしました。利点とおっしゃいましたが、万病に効く温泉があります。あなたのように飛ぶことができれば、そう遠くはないでしょう。しかし、あなただけの力ではここから出られないし、温泉の場所も分からない」

 飛竜が出られないのは結界の構造が関わることのはずなので、コレットの力を借りればクリアできると考えていた。
 それに魔法に関わることならばアデルの力を借りることもできる。
 それよりも条件を提示して、興味を示してもらうことが優先だった。

(……それは意外であるな。温泉とは湯に浸かり、くつろぐものだと人の子から聞いた記憶がある。病まで治してしまうとは)

「おっ、興味が湧きましたか? 何か気になる症状でも?」

(そんなに我の背に乗りたいのか? 人の子よ、おぬしのような者は初めてだ。万病に効くとはなかなか魅力的だな。それとここから出られるというのも)

「そうでしょう、そうでしょう」

 今後のことを考えれば下手に出すぎない方がいいと思うものの、加減を誤ると本気で怒りそうなので、さじ加減を調整しながら接している。
 正直なところ、どれぐらいまで強気に出ていいものか判断しかねていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

【完結】『それ』って愛なのかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」  わたくしは、目の前で肩を寄せ合って寄り添う二人へと質問をする。 「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」 「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」 「そ、そうなのか?」 「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」  と、わたくしの目の前で宣うお花畑バカップル。  わたくしと彼との『婚約の約束』は、一応は政略でした。  わたくしより一つ年下の彼とは政略ではあれども……互いに恋情は持てなくても、穏やかな家庭を築いて行ければいい。そんな風に思っていたことも……あったがなっ!? 「申し訳ないが、あなたとの婚約を破棄したい」 「頼むっ、俺は彼女のことを愛してしまったんだ!」 「これが政略だというのは判っている! けど、俺は彼女という存在を知って、彼女に愛され、あなたとの愛情の無い結婚生活を送ることなんてもう考えられないんだ!」 「それに、彼女のお腹には俺の子がいる。だから、婚約を破棄してほしいんだ。頼む!」 「ご、ごめんなさい! わたしが彼を愛してしまったから!」  なんて茶番を繰り広げる憐れなバカップルに、わたくしは少しばかり現実を見せてあげることにした。 ※バカップル共に、冷や水どころかブリザードな現実を突き付けて、正論でぶん殴るスタイル。 ※一部、若年女性の妊娠出産についてのセンシティブな内容が含まれます。

シンデレラ。~あなたは、どの道を選びますか?~

月白ヤトヒコ
児童書・童話
シンデレラをゲームブック風にしてみました。 選択肢に拠って、ノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドに別れます。 また、選択肢と場面、エンディングに拠ってシンデレラの性格も変わります。 短い話なので、さほど複雑な選択肢ではないと思います。 読んでやってもいいと思った方はどうぞ~。

【完結】「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるヒロインは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンや腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしヒロインはそれでもなんとか暮らしていた。  ヒロインの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はヒロインに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたヒロインは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 ※カクヨムにも投稿してます。カクヨム先行投稿。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※2023年9月17日女性向けホットランキング1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※2023年9月20日恋愛ジャンル1位まで上がりました。ありがとうございます。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...