145 / 473
飛竜探しの旅
予想外の反撃
しおりを挟む
兵士たちは男の形相にたじろいだものの、捕縛された者に何ができるのかという余裕がにじんでいた。
アデルとハンクは警戒を解かずにいるようだが、それでも魔法が使えない男にそこまでのことはできないと見なしている様子だった。
その表情だけでなく、全身から世界を否定するような空気が放たれているようにさえ感じられたが、口をふさがれて両手を縛られた魔法使いに何ができるだろう。
俺は形容しがたい不吉な感覚を拭うように口を開いた。
「捕まえることができたので、次の目的地に向かいましょうか」
「ああっ、そうだな」
この場を後にしようとした直後、悪寒めいたものが全身を駆け抜けた。
何が起きたのか分からないまま、時間だけがすぎていった。
ふと、我に返ると柔らかな感触と咲き誇る花のような香りに意識が向いた。
俺はアデルに抱きとめられていた。
「……大丈夫? まさか、自爆するなんて」
それは滅多に見せない表情だった。
彼女がこんなふうに戸惑うことなど多くはない。
安心感を与えるような温もりが離れていくと、次第に状況が把握できた。
捕縛されていた男が顔から地面に倒れこんでいる。
呼吸ができる状態ではなく、絶命していることは明らかだった。
「……あれ、ハンクは?」
思わず口からこぼれる信頼した男の名前。
彼は異変が起きたとしても、変わらぬ表情で周りを安心させる。
しかし、いつものような軽口が聞こえてこない。
焦燥に駆られて周りに視線を走らせると、その姿があった。
「ハンク!?」
ハンクは苦しげな表情で立っていた。
魔法使いの男が何かしたことだけは分かるが、具体的なことは何も分からない。
「……あれは何だったんだ」
ハンクが自問自答するようにこぼす。
俺が心配していると、アデルと二人の兵士も近くに集まった。
「ハンク殿が我々をかばって……」
兵士の一人が泣きそうな声で言った。
もう一人の兵士も沈痛な表情になっている。
「あの魔法使いは魔力を体内で暴走させて自爆したみたいね。それだけなら、問題ないのだけれど……」
アデルの声に力はなかった。
それはハンクの状態と関係しているように見えた。
「魔力を暴発するだけでなく、同時に呪詛の類を放ったのよ。私はエルフの魔力で人の呪詛は効果が薄いけれど、ハンクはいくら丈夫でも身体は人間だから」
彼女の言葉が理解できると、無性に怒りがこみ上げた。
俺に幻覚魔法をかけるだけでなく、ハンクにまで厄介なことを。
身勝手な行動を踏まえれば、ベヒーモスの封印を破ったのもこの男だろう。
すでに命なき者を蹴りつけるわけにもいかず、行き場を失った感情が苦しかった。
「なあ、どうなってる……?」
ハンクが誰にともなく問いかけた。
息も絶え絶えに崩れ落ちてしまいそうな姿が目に焼きつけられる。
「ダメで元々、今はこうするしかないわね」
アデルが何かを決意するように言った。
彼女はベヒーモスの魔石を取り出すと、ハンクの背中にそれを近づけた。
魔石が掃除機のように見えない何かを吸いこんでいくのが見えた。
少しの間、その状態が続いた後、魔石に亀裂が入って砕け散った。
「……身体が楽になった。何かしてくれたのか」
「ベヒーモスの魔石に呪詛を吸い取らせたの。この続きはエルフの村にでも行かないとできそうにないわ……馬に乗れそう?」
「ああっ、何とかな」
「ハンクの分も馬を用意するので、少し休んでください」
ハンクは無言で頷き、兵士の肩を借りて近くの地面に腰を下ろした。
俺は馬のところに向かって順番に縄を解いた後、出発できるように準備を進めた。
「この男が自害したことを含めて、必ず王都に報告します」
「あとは頼みました」
俺たちは関所の前を離れて、再び馬を走らせた。
ハンクの状態は心配だが、かろうじて馬には乗れる状態だった。
国境に向かうまでは自分が気遣われていたのに、今では短時間で立場が逆転している。
自爆という卑劣な手段ではあるが、ハンクにここまでのダメージを与えたという意味では腕の立つ魔法使いだったのだろう。
苦々しい感情を持て余したまま、なるべく考えないように馬を走らせた。
ハンクの負傷もあり、速度を上げらない状態で移動していると、次第に上空の雲が多くなってきた。
この状況で足を止めるようなことになるのは避けたい。
不安になりながら空を見上げていたが、小雨がぱらつく程度で済んだ。
そこからさらに馬を走らせると、一気に雲が晴れて前方に民家が見えてきた。
ランス王国で見かけるものとは雰囲気の異なる建築様式。
直感的にあそこがエルフの村だと思った。
先頭のアデルは村の手前で馬の速度を緩めて、歩くようなペースにした。
俺とハンクも同じようにして、彼女のところに近づいた。
「人の町と違って、このまま馬で入っても問題ないわ。さあ、ついてきて」
状況が状況なだけに、アデルにも焦りの色が見て取れた。
すぐに村の中へと馬を進めていった。
アデルに続いて村の中に入ると、彼女は一軒の民家の前で馬を下りた。
「ここに治療できる者がいるわ」
アデルは扉を開いて、足早に中に入っていった。
その民家は周囲の建物に比べると、少し大きく立派に見えた。
俺も馬を下りて、アデルがそうしたように近くの木に手綱を繋いだ。
「ハンク、大丈夫ですか?」
「……ああっ、何とかな」
ハンクが馬から下りるのを手助けする。
通常であれば考えられない状況だった。
彼の馬の手綱も民家の近くで繋いでおく。
彼に肩を貸しながら民家に歩いていくと、口論のような声が中から聞こえた気がした。
ほんの少しだけ入るかどうかを考えて立ち止まってしまったが、この状況でためらっている場合ではない。
俺は扉を開いて、ハンクと二人で中に入った。
アデルとハンクは警戒を解かずにいるようだが、それでも魔法が使えない男にそこまでのことはできないと見なしている様子だった。
その表情だけでなく、全身から世界を否定するような空気が放たれているようにさえ感じられたが、口をふさがれて両手を縛られた魔法使いに何ができるだろう。
俺は形容しがたい不吉な感覚を拭うように口を開いた。
「捕まえることができたので、次の目的地に向かいましょうか」
「ああっ、そうだな」
この場を後にしようとした直後、悪寒めいたものが全身を駆け抜けた。
何が起きたのか分からないまま、時間だけがすぎていった。
ふと、我に返ると柔らかな感触と咲き誇る花のような香りに意識が向いた。
俺はアデルに抱きとめられていた。
「……大丈夫? まさか、自爆するなんて」
それは滅多に見せない表情だった。
彼女がこんなふうに戸惑うことなど多くはない。
安心感を与えるような温もりが離れていくと、次第に状況が把握できた。
捕縛されていた男が顔から地面に倒れこんでいる。
呼吸ができる状態ではなく、絶命していることは明らかだった。
「……あれ、ハンクは?」
思わず口からこぼれる信頼した男の名前。
彼は異変が起きたとしても、変わらぬ表情で周りを安心させる。
しかし、いつものような軽口が聞こえてこない。
焦燥に駆られて周りに視線を走らせると、その姿があった。
「ハンク!?」
ハンクは苦しげな表情で立っていた。
魔法使いの男が何かしたことだけは分かるが、具体的なことは何も分からない。
「……あれは何だったんだ」
ハンクが自問自答するようにこぼす。
俺が心配していると、アデルと二人の兵士も近くに集まった。
「ハンク殿が我々をかばって……」
兵士の一人が泣きそうな声で言った。
もう一人の兵士も沈痛な表情になっている。
「あの魔法使いは魔力を体内で暴走させて自爆したみたいね。それだけなら、問題ないのだけれど……」
アデルの声に力はなかった。
それはハンクの状態と関係しているように見えた。
「魔力を暴発するだけでなく、同時に呪詛の類を放ったのよ。私はエルフの魔力で人の呪詛は効果が薄いけれど、ハンクはいくら丈夫でも身体は人間だから」
彼女の言葉が理解できると、無性に怒りがこみ上げた。
俺に幻覚魔法をかけるだけでなく、ハンクにまで厄介なことを。
身勝手な行動を踏まえれば、ベヒーモスの封印を破ったのもこの男だろう。
すでに命なき者を蹴りつけるわけにもいかず、行き場を失った感情が苦しかった。
「なあ、どうなってる……?」
ハンクが誰にともなく問いかけた。
息も絶え絶えに崩れ落ちてしまいそうな姿が目に焼きつけられる。
「ダメで元々、今はこうするしかないわね」
アデルが何かを決意するように言った。
彼女はベヒーモスの魔石を取り出すと、ハンクの背中にそれを近づけた。
魔石が掃除機のように見えない何かを吸いこんでいくのが見えた。
少しの間、その状態が続いた後、魔石に亀裂が入って砕け散った。
「……身体が楽になった。何かしてくれたのか」
「ベヒーモスの魔石に呪詛を吸い取らせたの。この続きはエルフの村にでも行かないとできそうにないわ……馬に乗れそう?」
「ああっ、何とかな」
「ハンクの分も馬を用意するので、少し休んでください」
ハンクは無言で頷き、兵士の肩を借りて近くの地面に腰を下ろした。
俺は馬のところに向かって順番に縄を解いた後、出発できるように準備を進めた。
「この男が自害したことを含めて、必ず王都に報告します」
「あとは頼みました」
俺たちは関所の前を離れて、再び馬を走らせた。
ハンクの状態は心配だが、かろうじて馬には乗れる状態だった。
国境に向かうまでは自分が気遣われていたのに、今では短時間で立場が逆転している。
自爆という卑劣な手段ではあるが、ハンクにここまでのダメージを与えたという意味では腕の立つ魔法使いだったのだろう。
苦々しい感情を持て余したまま、なるべく考えないように馬を走らせた。
ハンクの負傷もあり、速度を上げらない状態で移動していると、次第に上空の雲が多くなってきた。
この状況で足を止めるようなことになるのは避けたい。
不安になりながら空を見上げていたが、小雨がぱらつく程度で済んだ。
そこからさらに馬を走らせると、一気に雲が晴れて前方に民家が見えてきた。
ランス王国で見かけるものとは雰囲気の異なる建築様式。
直感的にあそこがエルフの村だと思った。
先頭のアデルは村の手前で馬の速度を緩めて、歩くようなペースにした。
俺とハンクも同じようにして、彼女のところに近づいた。
「人の町と違って、このまま馬で入っても問題ないわ。さあ、ついてきて」
状況が状況なだけに、アデルにも焦りの色が見て取れた。
すぐに村の中へと馬を進めていった。
アデルに続いて村の中に入ると、彼女は一軒の民家の前で馬を下りた。
「ここに治療できる者がいるわ」
アデルは扉を開いて、足早に中に入っていった。
その民家は周囲の建物に比べると、少し大きく立派に見えた。
俺も馬を下りて、アデルがそうしたように近くの木に手綱を繋いだ。
「ハンク、大丈夫ですか?」
「……ああっ、何とかな」
ハンクが馬から下りるのを手助けする。
通常であれば考えられない状況だった。
彼の馬の手綱も民家の近くで繋いでおく。
彼に肩を貸しながら民家に歩いていくと、口論のような声が中から聞こえた気がした。
ほんの少しだけ入るかどうかを考えて立ち止まってしまったが、この状況でためらっている場合ではない。
俺は扉を開いて、ハンクと二人で中に入った。
49
お気に入りに追加
3,381
あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

『転生したら「村」だった件 〜最強の移動要塞で世界を救います〜』
ソコニ
ファンタジー
29歳の過労死サラリーマン・御影要が目覚めたのは、なんと「村」として転生した姿だった。
誰もいない村の守護者となった要は、偶然迷い込んできた少年リオを最初の住民として迎え入れ、徐々に「村」としての力を開花させていく。【村レベル:1】【住民数:0】【スキル:基本生活機能】から始まった異世界生活。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる