異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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くつろぎ温泉と暗殺機構

【幕間】イリアともふもふ

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 イリアはロングソードを手にした状態で森を歩いていた。
 モンスターを見つけたという通報があった以上、放置はできない。
 執念を感じさせるように、広範囲に渡ってモンスターの気配を探っている。

「……モンスター、いない」

 森の中を隈なく探ったものの、モンスターらしき気配は見つからなかった。
 彼女の胸中に徒労感はなく、無表情でその場を離れた。

 時に人間らしい側面を見せる彼女ではあるが、本人は自らを任務を執行する機械のようなものだと捉えている。
 それは暗殺機構の教育によるもので、彼女自身に責任はないだろう。

 そんな彼女にも好物がある。
 美味しい料理ともう一つは――。

「あっ、もふもふ……」

 近道をしようと人が通らないルートを歩いていると、イリアの前方に白い影が横切った。
 彼女は気配を遮断しながら、素早い動きで接近する。

 イリアは確実にその気配を捉えて、静かに距離を詰める。
 そして、そっと両手で包みこむように背中を掴んだ。

「――ワン?」

 中型の白狼が虚を突かれたような顔で振り向いた。

「こんにちは、わんこ」

 白狼は相手がイリアだと分かると、尻尾を振ってすり寄った。
 彼女はそれに気をよくして、白狼の頭を撫でた。

「(……わし、犬じゃなくて狼なんじゃけど)」  
 
 白狼はそう訴えかけるような瞳をイリアに向けたが、彼女はそれに気づくことなく、もふもふを堪能するように撫でている。
 
「よしっ、一緒に歩こう」

 イリアは手を止めると、白狼に向かって言った。
 そして一人と一頭は、森の中を歩き始めた。

 犬の散歩にリードは必要だが、白狼は走り回ることなく、おとなしく歩いている。
 イリアの表情は緩んでおり、暗殺機構の剣士とは思えないほど穏やかな顔だった。

 年端もいかない少女に殺しの任務は荷が重い。
 本人は影響がないと思っていても、その反動は精神に変調をきたしかねない。
 イリアは無意識にそれを悟って、こうして息抜きをしているのかもしれない。

 森の中をさわやかな風が吹き抜ける。
 イリアの肩まで伸びた髪が揺れ、白狼のふっくらした毛並みがなびいた。

「……素性がばれちゃったから、これ以上はエバン村にはいられないな」

 風が止んだところで、ぽつりと彼女が呟いた。
 白狼はそのまま隣を歩いている。

「ねえ、わんこ。わたしと一緒に行かない?」

 イリアはしゃがみこんで、白狼に目線を合わせた。
 白狼は意味が分からないようで、小さく首を傾けた。

 彼女はその仕草を愛おしく思い、両手で白狼を抱きとめた。
 そのまま、ふんわりした白い毛に顔をすり寄せる。

「クウーン」

 イリアの心境を察したのか、白狼は切なげに鳴き声を上げた。

「……行くってことでいいのかな」

 白狼からは返事がなかったが、声の代わりのようにイリアに身体を密着させた。
 彼女の肌に白狼の体温が伝わる。
 その温もりに彼女は生の息吹を感じた。

 イリア自身に自覚はないものの、彼女はまだ壊れていなかった。
 この先も暗殺機構の一員としての戦いが続くとしても、心折れることなく立ち向かっていくのだろう。
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