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王都出立編

バラムへ戻る日が近づく

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「リリアたちが帰還したことで、暗殺機構の危険が少ないと分かった。現状ならおぬしがバラムへ戻るとしても、大きな問題はないはずだ」

「それは安心しました。帰りの交通手段は馬車でよかったですか?」

「そうだな、馬車はこちらで手配しておく。護衛は兵士が同行するようにしよう。万が一に備えておいた方がいいだろう」

「御者と俺の二人だけでは残党が現れた時に危険なので、とても助かります」

 この状況で暗殺機構を警戒することは避けて通れない。
 それ以外にも、突発的に危険なモンスターが現れた時に御者と馬車を守りきれるかは予想できなかった。
 もしもの時に腕の立つ兵士が一人いるだけでも、だいぶ状況が変わってくる。

「おそらく、明日か明後日には諸々の準備が整うはずだ。それまでに荷造りを終えておいてくれ」

「わりと早く行けるんですね」

 ブルームの口から具体的な話が出てきて、ホッとする気持ちだった。
 この城での滞在は快適だったが、ずっと店をジェイクに任せるわけにはいかない。
 バラムを離れてからも、いずれ戻るつもりだと考えていた。

「わしは城を離れられないから、一緒にバラムへ向かうことはできない。寂しくなるな」

「ありがとうございます。俺も同じ気持ちです」

 ブルームとは年齢が離れているものの、友人のような雰囲気だった。
 王都に向かう旅の中で、打ち解けることができた。
 一緒にすごす時間が長くなるごとに、ブルームへの理解が深まった。

「ところで、ジェイクに会ったら、王都に戻る気はないか聞いてもらえないか」

「それはいいですけど、城の調理場で働くつもりはないみたいでしたよ」

「以前は城に戻ってもらうつもりだったが、おぬしの店で腕を磨いているのなら、王都で焼肉屋をやればいいと思ってな」

 ブルームの提案は意外なものだった。
 俺としては問題ないので、本人の意思を確認した方がいいだろう。

「それなら、大臣も焼肉を食べられますね」

「実はそれが一番の狙いだ」

「あっ、なるほど」

 ブルームはそこまで計算に入れていたということか。
 城の執務を担うだけあって、それぐらい頭が冴えていてもおかしくはない。
 
「カタリナ様は焼肉をだいぶ気に入っておられてな。今後も食べられるようになれば理想的な状況だ」

「ジェイクが用意する焼肉は美味しいと思いますよ」

「何を言うか。本家のおぬしの焼肉が一番だろう」

「ははっ、そんなふうに言ってもらうと照れますね」

 ブルームがそこまで評価してくれていることを初めて知った。
 これまでの振る舞いから、彼の言葉が本心であることに疑いの余地はない。

「食通のカタリナ様を喜ばせるために色んな料理を食べ比べてきたが、バラムのおぬしの店で焼肉を食べた時は衝撃を受けた。肉をこんなふうに食べる方法があるのかと思った」

「そんな……こちらこそ。ランス王国の中心まで連れてきてもらって、要人である大臣に料理を振る舞う機会に城での厚遇まで、いい経験ができました」

「無理を強いたのではないかと心配していたが、何か得るものがあったのならば、おぬしを選んだ甲斐があったというものだ」

 ブルームは穏やかな表情をしていた。
 ここまでの関係になれたのは、外庭での戦いを一緒に切り抜けたことも大きいと思う。

「これから多忙になる。見送りができるかも分からん。達者でな」

「……はい」

 ブルームが右手を差し出したので、しっかりと握った。
 これまでの日々が流れるように脳裏をよぎった。

「それでは、無事に帰れることを願っている」

「ありがとうございます」

 ブルームはこちらを向いたまま深々と頷いた。
 俺も正面を見て頷き返した。
 
 彼はゆっくりと部屋を出ると廊下を歩いていった。
 俺は扉から廊下に出て、その背中を見送った。

 ブルームが立ち去った後、部屋の椅子に腰かけた。
 ここまで大きな達成感を覚えるようなことはなかったが、彼との会話でそれを実感することができた。

「王都に来てからあっという間だったな。カタリナに焼肉を出して、外庭に侵入者が来て戦って……」

 バラムを出た時はこんなふうになるとは想像もつかなかった。
 王都の市場、外食した飲食店、出会った人々。

 ブルームの呼びかけに応じて出向いたことで、貴重な経験をすることができた。
 きっと、今回のことは自分の店を経営するのに役立つと思った。

「さて、二日以内には城を出るとなると、リリアとカタリナへの挨拶も済ませておきたいな」

 リリアがどこにいるかは分からないので、まずはカタリナのところへ出向くことにした。
 カタリナは専用の部屋があるので、そこに行けば何とかなるだろう。
 
 俺は椅子から立ち上がると、部屋を出て廊下を歩き始めた。
 大臣の間みたいなところは二回ほど行ったので、かろうじて道順を覚えている。
 城内は入り組んだ構造になっているが、たどり着くことができそうだった。

 大まかな記憶を頼りに歩き続けると、それらしき部屋の前に着いた。
 カタリナへの挨拶をどんな内容にするべきか考えながら扉をノックした。 
 
 少しの間をおいて、ゆっくりと扉が開いた。
 部屋の中から前にここで会ったことのあるメイドが顔を出した。
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