上 下
93 / 449
王都出立編

出発前のリリアを見送る

しおりを挟む
 翌朝。目が覚めてから、思いのほかよく眠れたことに気づいた。
 昨日は大変な状況だったが、心身への影響が少ないのは幸いだった。

 俺は水場で顔を洗って、口をすすいだ後、服を着替えた。
 手持ち無沙汰で荷物の整理をしていると、アンが朝食を運んできた。
 それを食べてしばらくすると、今度はリリアが部屋を訪れた。 
 
 彼女は男性が身につけるような控えめな見た目の衣服を身につけていた。
 普段着にしては、彼女のイメージと一致しないことに違和感を覚えた。

「ベルンへ出発する前に挨拶に来ました」

 リリアは長い髪の毛を一つにまとめており、全体的に男装に近い格好だった。
 それでも、彼女の美しさはかき消されないように感じた。

「ありがとうございます。これから忙しいところなのに」

「ベルンの名が出ても、驚かれないのですね」

「それはその……ある方から事情を聞きまして」

「いえ、詮索するようなことはしたくないので、お気になさらないでください」
  
「そういえば、その服装で向かうんですか?」

「これは……。誤解のないように申し上げておくと、私の私服ではありません」

「何となく違う気がしたので、それは分かります」

 俺とリリアは互いの顔を見て、笑みを浮かべた。
 二人の間で和やかな空気が広がるように感じた。
  
「ベルンへ潜入するのにあからさまな武装をしていたら、警戒されてしまいます。私たちは旅の者に扮して作戦を進めます」

「ああっ、なるほど」

 リリアは普段通りの様子だったが、作戦について話す時に表情が引き締まった。
 二人で話していると、彼女のように若い女性が最前線で戦うことに複雑な感情を抱く自分に気づいた。
  
「無事に帰ってくるので、今度は私にも焼肉を食べさせてください」

「それはもちろん。ご武運を」

「はい。ではまた……」

 リリアは名残り惜しそうな表情を見せた後、部屋から立ち去った。

 次にいつ会えるか分からないので、何か励ますことができたらよかったが、今までと同じように接することを選んだ。
 特別なことをしてしまえば、二度と会えないような感じになりそうで不安だった。

 リリアと別れた後、少し経ってから来客があった。
 部屋の扉を開けると、ブルームが立っていた。

「状況報告が遅れてすまぬな」

「いえ、忙しいのに来てもらってありがとうございます」

「部屋に入らせてもらっても大丈夫か?」

「はい、どうぞ」

 ブルームは部屋に入ると、空いた椅子に腰かけた。
 俺も近くの椅子に腰を下ろした。

「年を取ると足腰が辛くてな。座らせてもらった」

「いつも元気そうに見えるので、そうだとは気づきませんでした」

「ふっ、そういう扱いをされるのも悪くはないな。では、本題に入ろう」

 ブルームはこちらを緊張させないようにしてくれているのか、世間話でもするような流れで話し始めた。

「昨日の件について話し合った結果、秘密裏にベルンへ攻め入ることになった」

「その件はリリアからある程度聞きました」

 クリストフから全容を聞いたことは伏せておいた。
 彼との秘密は守るつもりだった。

「おぬしに関わる部分としては、現時点で城内と城の敷地内は出歩くことが可能だ。外壁の内側、具体的には王都の安全が確認されたら、街に出ても問題ない」

「王都全体は広そうですけど、わりと大がかりですね」

「正規の手段で出入りした者は問題ないが、不正な手段で入った者がいないか確認するだけで、そこまで時間はかからないはずだ」

 城の兵士たちをその作業に割けるのか疑問が湧いた。
 これまでに聞いた限りでは、そこまでの人員はいないはずだ。

「……その顔は何か疑問がありそうだな」

「いやまあ、そうですね」

「おぬしとも浅からぬ付き合いだからな。何となく分かる」

 ブルームは愉快そうに笑みを見せた。
 バラムから王都へ来るまで、彼と旅をした期間は短くなかった。

「他の大都市ほど規模は大きくないが、王都にもギルドがある。そこの冒険者たちに補助を依頼した。城の兵士たちの誇りもある故、あくまで補助というかたちだ」

「王都にギルドがあったんですね」

「言った通り小規模だ。広い街の中では目立たないだろう。興味があるなら、地図を渡すこともできるぞ」

「冒険者は引退しているので、遠慮しておきます」

「うむ、そうか」

 どんな雰囲気であるかは気になるものの、実際に向かうほどの用事はない。
 ギルドの規模が小さいのは城の兵士たちが重複した役割を担うため、冒険者の必要性が少ないからなのだろう。

「ところで、大臣の様子は?」

「カタリナ様は少しお疲れではあるが、立派に職務を全うされている」

「体調が大丈夫なら安心です」

「焼肉のことは満足されたようで、また食べたいと話されていたぞ」

「それはうれしいです」

 ブルームは孫のことを話す老人のように表情を緩めていた。
 その様子を見て、俺も和むような気持ちになった。

「伝えておきたいことは以上だが、何か知りたいことはあるか?」

「……うーん、とりあえずは大丈夫です」

「分かった。わしは執務に戻るが、困ったことがあれば城の者に遠慮なく伝えてくれ」

「はい、ありがとうございます」

 ブルームは椅子から立ち上がると、しっかりした足取りで部屋を出ていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

【完結】『それ』って愛なのかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」  わたくしは、目の前で肩を寄せ合って寄り添う二人へと質問をする。 「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」 「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」 「そ、そうなのか?」 「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」  と、わたくしの目の前で宣うお花畑バカップル。  わたくしと彼との『婚約の約束』は、一応は政略でした。  わたくしより一つ年下の彼とは政略ではあれども……互いに恋情は持てなくても、穏やかな家庭を築いて行ければいい。そんな風に思っていたことも……あったがなっ!? 「申し訳ないが、あなたとの婚約を破棄したい」 「頼むっ、俺は彼女のことを愛してしまったんだ!」 「これが政略だというのは判っている! けど、俺は彼女という存在を知って、彼女に愛され、あなたとの愛情の無い結婚生活を送ることなんてもう考えられないんだ!」 「それに、彼女のお腹には俺の子がいる。だから、婚約を破棄してほしいんだ。頼む!」 「ご、ごめんなさい! わたしが彼を愛してしまったから!」  なんて茶番を繰り広げる憐れなバカップルに、わたくしは少しばかり現実を見せてあげることにした。 ※バカップル共に、冷や水どころかブリザードな現実を突き付けて、正論でぶん殴るスタイル。 ※一部、若年女性の妊娠出産についてのセンシティブな内容が含まれます。

シンデレラ。~あなたは、どの道を選びますか?~

月白ヤトヒコ
児童書・童話
シンデレラをゲームブック風にしてみました。 選択肢に拠って、ノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドに別れます。 また、選択肢と場面、エンディングに拠ってシンデレラの性格も変わります。 短い話なので、さほど複雑な選択肢ではないと思います。 読んでやってもいいと思った方はどうぞ~。

【完結】「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるヒロインは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンや腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしヒロインはそれでもなんとか暮らしていた。  ヒロインの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はヒロインに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたヒロインは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 ※カクヨムにも投稿してます。カクヨム先行投稿。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※2023年9月17日女性向けホットランキング1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※2023年9月20日恋愛ジャンル1位まで上がりました。ありがとうございます。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...