上 下
91 / 449
王都出立編

大浴場で指揮官と出会う

しおりを挟む
 アンが話を終えて部屋を出た後、俺は夕食に手を伸ばした。
 いつもなら味わって食べるのだが、昼食を食べられなかったこともあって、手早く食べ終えた。
 質素な内容ではあったが、温かい食事が食べられるのはありがたかった。

 食事を終えると適度な満腹感があった。
 ティーポットに入ったお茶を飲むと、ホッと一息つくような感覚を覚えた。

「……何だろうこれ。リラックス系のハーブティーか」

 カップ片手に窓の外に目を向けると夜になっていた。
 今日は色んなことが起きたので、一日が長く感じられるような気がした。

 ぼんやりと外を眺めていると、扉をノックする音がした。
 アンが食器を下げに来たのだろう。

「はい、どうぞ」

「失礼します」

 アンは礼儀作法が手抜きになることはなく、いつでも丁寧な姿勢を見せていた。
 彼女は運んできた時と同じカートを持って部屋に入ってきた。   

「ごちそうさまでした。どれもいい味でしたよ」

「お口に合ったようでよかったです」

 アンは会話に応じながらも、手慣れた動作で皿をカートに乗せている。

「これは城の料理人が作ったんですか?」

「はい。城内の全ての食事は調理場で作っています」

 アンの言葉を聞いて、料理人たちの様子を想像した。
 まるで、一流ホテルの調理場のように、何人もの料理人が忙しそうにしている姿が脳裏に浮かんだ。
 きっと、その中にフランシスもいるのだろう。

「何人ぐらいいるんですか?」

「たしか、料理人は十人ほどだと思います」

 アンは少し間をおいて答えた。
 彼女は料理人ではないので、そこまで詳しくないのだと思った。

「ところで、マルク様にお伝えしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」

 アンは作業の手を止めていて、少しかしこまったような表情だった。
 どんな話が始まるのか、いくらか緊張するような気分になった。

「先ほど、最新の状況が通達されまして、城内の安全は確認できたそうです。そのため、城内でしたら出歩いて頂いても大丈夫です」

「それはいい知らせですね。部屋に缶詰めよりかは気が楽になります」

「あと、今日も大浴場を使って頂けるので、よろしければお使いください」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。それでは失礼します」

 アンはすでに皿を乗せ終えていて、カートを引きながら部屋を出た。
 彼女がいなくなると、部屋の中が寂しげに感じられた。

「今日は調理作業もあったし、風呂で汗を流しておきたいな」

 食後の休息を取った後、着替えの用意をして大浴場に向かった。
 
 部屋から廊下に出て歩き始めたところで、兵士が厳重な警備をしているかと思ったが、見回りの兵士とすれ違う程度だった。

 冷静に考えれば城内に侵入すれば目立つので、内側よりも外の警備を固めているということなのだろうか。
 歩きながら考えてみたが、簡単に答えの出ないことだと思った。 

 道順をほとんど意識しなかったが、気づけば大浴場の近くだった。
 同じところを何度か通ったことで、自然と身体が覚えたのかもしれない。

「……あれ?」 

 扉の前に兵士が一人立っている。
 見回りというよりも見張りのように見えた。
 誰か偉い人が入っているのだろうか。

 俺はちらりと自分の左腕に目を向けると、腕章があることを確認した。
 注意していたというよりも、気づかずに身につけたままなのであった。
 これなら、不審者扱いされることはないだろう。

「すみません。中に入ってもいいですか?」

「あなたはたしか……大臣に料理を出しに来られた方ですね。私は見張りをしているだけなので、気にされずにどうぞ。ただ。中におられる方は身分の高い方なので、お気遣い願います」

「ああっ、それは大丈夫です」

「ご理解ありがとうございます。どうぞ中へ」

 兵士はドアマンのように扉を開いた。
 俺は軽く頭を下げて、部屋の中に入った。

 扉が閉まった後、どんな人が入っているのか気にかかった。
 この状況で王族の人がいるとは考えにくいので、カタリヤやブルームに近い立場の人なのだろうと考えた。

 俺は脱衣所の一角に着替えを置いて、服を脱ぎ始めた。
 裸になったところで、一人分の荷物が置いてあるのが目に入った。
 先客はまだ入浴中のようだ。

 脱衣所から大浴場に続く扉を開くと、もわっと湯気が流れこんできた。
 湯船の脇まで歩いていって、桶にお湯を入れてかけ湯をした。
 身体に伝わるお湯の温度はほどほどに温かかった。

 湯船に入ろうとしたところで、男の姿が目に入った。
 こちらが入室したことを気にすることなく、のんびりした様子でお湯に浸かっている。

 俺は足から湯船に入ると、少しずつ姿勢を低くしていった。
 
「おや、この時間に誰かが入ってくるのは珍しい」

「すみません、お邪魔してしまいましたか」 

「いや、そんなことはないさ」

 男はさわやかな声をしていた。
 目を合わさないのも失礼かと思い、相手の方を見た。
 肩の上まで伸びた金色の髪と整った顔立ちが印象的だった。

「俺はマルクといいます。カタリナ大臣に料理を振る舞うために来ました」

「よろしく、僕の名はクリストフ。城の兵たちをまとめる立場にある」

「まとめる……指揮官みたいなものですか?」

「そんなところだね」

 クリストフは兵士を統率する者にしては柔らかい物腰の好青年だった。
 お湯に浸かっていて分かりにくいということもあるが、そこまで筋骨隆々というようには見えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

【完結】『それ』って愛なのかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」  わたくしは、目の前で肩を寄せ合って寄り添う二人へと質問をする。 「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」 「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」 「そ、そうなのか?」 「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」  と、わたくしの目の前で宣うお花畑バカップル。  わたくしと彼との『婚約の約束』は、一応は政略でした。  わたくしより一つ年下の彼とは政略ではあれども……互いに恋情は持てなくても、穏やかな家庭を築いて行ければいい。そんな風に思っていたことも……あったがなっ!? 「申し訳ないが、あなたとの婚約を破棄したい」 「頼むっ、俺は彼女のことを愛してしまったんだ!」 「これが政略だというのは判っている! けど、俺は彼女という存在を知って、彼女に愛され、あなたとの愛情の無い結婚生活を送ることなんてもう考えられないんだ!」 「それに、彼女のお腹には俺の子がいる。だから、婚約を破棄してほしいんだ。頼む!」 「ご、ごめんなさい! わたしが彼を愛してしまったから!」  なんて茶番を繰り広げる憐れなバカップルに、わたくしは少しばかり現実を見せてあげることにした。 ※バカップル共に、冷や水どころかブリザードな現実を突き付けて、正論でぶん殴るスタイル。 ※一部、若年女性の妊娠出産についてのセンシティブな内容が含まれます。

シンデレラ。~あなたは、どの道を選びますか?~

月白ヤトヒコ
児童書・童話
シンデレラをゲームブック風にしてみました。 選択肢に拠って、ノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドに別れます。 また、選択肢と場面、エンディングに拠ってシンデレラの性格も変わります。 短い話なので、さほど複雑な選択肢ではないと思います。 読んでやってもいいと思った方はどうぞ~。

【完結】「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるヒロインは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンや腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしヒロインはそれでもなんとか暮らしていた。  ヒロインの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はヒロインに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたヒロインは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 ※カクヨムにも投稿してます。カクヨム先行投稿。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※2023年9月17日女性向けホットランキング1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※2023年9月20日恋愛ジャンル1位まで上がりました。ありがとうございます。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...