異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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王都出立編

マルクの下した決断

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 店じまいの作業が終わった後、俺は一人で店に残っていた。
 先ほどまでジェイクと話していたが、彼は夕方になる頃には帰っていった。
 
 自分で用意した温かいハーブティーを飲みながら、夕暮れの陽光が当たる店先をぼんやりと眺める。
 バラム周辺では季節の変化は控えめだが、今の時期は日が暮れる頃になると少し空気が冷たかった。

 日常の場面で考えることが減っていたものの、今回のように大きな出来事があると日本にいた時の記憶を思い返してしまう。
 あの時も焼肉屋を開いたのと同じように、働いて資金を用意して、自分の店を持つことができたという経緯があった。

 その一方で、今のように人やチャンスに恵まれることはなく、途中からは辛いだけの日々だったと記憶している。
 やっていることに大差はないのに、ここまで違いが出たことに戸惑いもあった。

 ブルームの申し出は、向こうの都合が優先されている部分が大きい気はするが、王都の大臣に料理を出すことが名誉であることに変わりはない。
 転生前に経営していたカフェでは、天地がひっくり返ったとしても、要人に料理を提供することなどありえなかったはずだ。

 起きたまま夢心地になりかけていたが、空腹感で現実に引き戻された。

「……あっ、夕食の用意がまだだったな」

 俺は椅子から立ち上がると、食事の買い物のために市場のあるマーガレット通り方面へ向かった。

 路地を歩きながら献立を考えていたが、上手く考えがまとまらず、出来合いのもので済ませることにした。
 行き先を変更して、市場に向かう途中にあるパン屋へ足を向けた。

 目当てのパン屋は、通り沿いの色んな店が連なる一角にある。
 俺がよく行く店の一つで、「ブーランジェリー」という名前だ。

 店の扉を開けて中に入ると、店主でパン職人のアンナがこちらに笑顔を向けた。
 彼女の二つに結んだ三つ編みから若々しい印象を受けた。

「あら、いらっしゃい」

「やあ、今日の売れ行きはどう?」

 アンナとは年齢が近いこともあってか、気さくな感じで話している。
 お互いに個人店の店主であることも、気が合う理由の一つなのかもしれない。

「わたしの方は順調よ。マルクは?」

「ああっ、こっちもまずまずってところかな」

「あなたの店、評判がいいみたいね。町の職人や商人から聞くことがあるわ」

「ははっ、それは照れるな。今日は夕食にパンを買いたいんだけど、何かおすすめはある?」

 俺がたずねると、アンナは店の棚を見回した。
 わずかな間を置いた後、彼女は一つの商品を目で示して口を開いた。

「ハムとレタスのサンドはどう? 美味しいハムが手に入ったから、サンドにしてみたのよ」

「たしかに美味しそうだね。それを一つもらおうかな」

「持ち帰れるように包むから、少し待ってね」

 アンナは包み紙でサンドを包装して、こちらに差し出した。
 この店の値段はだいたい記憶しているので、財布から銅貨を出して手渡す。

「これで合ってる?」

「ええ、ちょうどよ。いつもありがとう」

「うん、それじゃあまた」

 アンナに笑顔で見送られて店を出た。
 外に出ると、店に入る前よりも日没が進んでいた。

 俺は来た道を戻って、自分の店に向かった。

 ゆっくりと歩いて店に着くと、周囲はだいぶ暗くなっていた。
 屋外用のランプに魔法で火をつけた後、店内の調理場へ向かう。

 店の中に入ると同じようにランプに火を灯して、温かい紅茶を用意した。
 今度は紅茶の入ったカップを手にして外に戻る。
 買ってきたパンとカップをテーブルに置いて腰を下ろした。
 
 包み紙を開いて中を見ると、アンナに勧められたサンドが出てきた。
 それを頬張りながら、湯気の浮かぶ紅茶をすする。

 とてものんびりした時間なのだが、王都に行っても同じようにすごせるだろうか。
 自分の中で期待と不安が入り混じるのを感じる。

 ハムとレタスのサンドはボリュームがあったので、食べ終わるのに時間を要した。
 気がつくと完全に日が沈んで、静かな夜になっていた。
 
 食事をしながらも頭の片隅に浮かんでいたのだが、答えは出せたつもりだった。
 
 ――ジェイクに店を任せて、期間限定で王都に赴く。
 
 これが現実的で実行可能な選択肢だ。
 共にすごした時間はわずかであっても、ジェイクが信用に値する技術を有していると断言できる。
 彼は人当たりがよいとは言えないものの、根は素直で優しいところがあると思う。
 
 ジェイクにならしばらくの間、店を預けてもいいだろう。

 ……あとは俺自身の決断次第だ。
 
 一人でそんなことを考えていると、誰かが近づいてきた。

「よう、マルク」

「あっ、ハンクですか。何日かぶりですね」

「そうだな。ちょっと座らせてもらうぜ」
  
 ハンクは俺の近くの席に腰かけると話を続けた。

「町の人と仲良くなると、色んな話を聞くことがあってな。王都の人間から勧誘されたらしいじゃないか」

「えっ、いつの間にか広まっているんですね」

「どうなんだ? 行くつもりなのか」

 ハンクはまっすぐにこちらに問いかけた。
 俺の迷いを見抜いているのかは分からない。

「代わりに店を任せられる人も見つかったので、行こうと思っています」

「歯切れが悪いな。何か気がかりでもあるのか」

「気がかりというか、王都に行ったことがないので、多少不安もありますね」

 ハンクに建前を言ってもしょうがないと思った。
 たとえ、彼がSランク冒険者であっても、共に旅をした仲間だと言えるから。

「そうか、それはたしかにな。王都はバラムとは規模が違う。栄えている分だけ得られるものはたくさんある。料理のことも同じようにな」

 ハンクは優しげな兄弟や先輩のように温かみのある言い方だった。

「……そうですね。それが一番大事なのかもしれません」

「まっ、本人が決めることだからな。どんな決断をしたとしても、おれは失望することはねえから安心しな」

「はい、ありがとうございます」
 
 ハンクのこちらをいたわる言葉に思わず涙が出そうになった。  
  
 あの時とは違う。今の俺には戻ることのできる場所も大切な仲間もいる。
 そう気づくと、迷いよりも新しい一歩を踏み出す勇気が湧いてくる気がした。
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