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王都出立編

焼肉への評価

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 調理場へ戻って、いつものように準備を始めたが、緊張を覚える自分に気づいた。
 転生前の記憶は影響しづらくなっているものの、今でも他人に評価される場面になると動悸のようなものを感じて、息苦しくなることがある。

 俺は深呼吸して息を整えてから、目の前の作業に焦点を合わせた。
 手早く肉と野菜を用意した後、タレや食器類はジェイクに任せる。

 食材をテーブルに運ぶと、ブルームは興味深そうに目を細めた。

「ほう、この肉を鉄板に乗せて焼くのだね」

「はい、そうです。十分に火が通ったら、こちらのタレで召し上がってください」

「では、焼いてみるとしよう」

 ブルームは肉を木製のトングで掴み、鉄板の上に乗せた。
 熱された鉄板で肉が焼けると、食欲をそそる匂いが立ちのぼる。

「これはよいな。見た目にも面白い」

「ありがとうございます」

「ところで、この野菜はいつ乗せれば?」

「お好きなところで。肉だけでは単色になってしまうので、色どりのためにも盛りつけてありますが、焼き野菜もけっこういける味です」

 ブルームは大臣に勧めるという目的があることで、食材や味つけなどを詳細に知りたいのだろう。
 肉の焼き加減を気にしながら、それ以外の情報にも意識が向いているように見えた。

「――そろそろ、焼きあがったようだな。頂くとしよう」

 ブルームは取り皿に焼けた肉を取ると、フォークでタレにつけて口に運んだ。
 すぐに感想を述べることなく、じっくりと味わうように咀嚼している。

「……なるほど、ジェイクがここまで来たのも分かる味だ。肉の旨味が十分に引き出されて、このタレと脂が絶妙な組み合わせをしている」

 ブルームの感想が前向きな内容で、ホッとする心地だった。
 俺と同じようにジェイクも心配してくれたようで、安心するような表情を見せた。 

「ごちそうさま。また来るねー」

 ブルームの様子に気を取られていると、先に来ていたお客が帰るところだった。
 声の様子から満足してもらえたようなので、特に問題なかったと判断した。

「どうも、ありがとうございました。……後片づけをお願いしてもいいですか」

「問題ない」

 ジェイクに片づけを頼むと、お客が後にしたテーブルへ素早く向かった。
   
 ブルームの方に視線を戻すと、今度はニンジンや玉ネギを鉄板に乗せていた。

「じっくり焼いた方が野菜の甘みが引き立つので、少し時間がかかります」

「分かった。鉄板の空いたところで肉を焼いて待とう」

 今のところ、ブルームの人柄を測りかねている。
 最初は横柄に感じる態度だったが、焼肉に興味を持ってからは穏やかになった。
 ジェイクやブルームの話している「大臣」が厳しいのか、あるいはブルームの忠誠心が高いのかも分からない。
 少なくとも、大臣へ焼肉を出そうと考えていることだけは判断することができた。

 考えごとをしながら、ブルームの様子を見ていると、焼き野菜を食べ始めるところだった。
 彼はニンジンをフォークで刺して、タレを絡ませて口にした。

「……このニンジンは甘いな。王都で売られているものよりも歯ごたえもよい」

「この町の市場で仕入れたものです」

「ふむっ、同じ野菜でもここまで味が違うのも興味深い」

 ブルームはニンジンを一度かじり、二度かじり、しっかり咀嚼して味わっている。

「お口に合ったようでよかったです」

「斬新な食べ方だが、誠に美味な料理だった。そなたには失礼だが、年輩故に食が細くてな。この量の肉は食べきれぬ」

「いえいえ、お気遣いなく」

 ブルームは口先だけでなく、申し訳なさそうな態度だった。

「代金はいくらだったかな」

「銀貨一枚です」

「これでちょうどだ」

 ブルームは懐から一枚の銀貨を取り出すと、まっすぐにこちらに差し出した。

「ありがとうございます」

「して、一つ頼みがあるのだが、聞いてはくれまいか」
 
「……どんな内容でしょう?」

「王都へ赴いて、大臣にこの料理を振る舞ってほしい」

「はぁっ、焼肉をですか」

 何となく予想していたものの、実際に言われると反応に困る。
 まず、第一に店をどうするかに意識が及んだ。

「すぐにとは言わぬ。わしは今晩この町に泊まる故、明日まで返事を待たせて頂こう」

「……分かりました。それまでに答えを出します」

「前向きな返事を期待しておる。それからジェイクよ、気が変わったら、いつでも王都へ戻ってくるといい」

 ブルームは俺とジェイクに目配せをすると、貫禄のある佇まいで去っていった。

 思わぬ出来事に混乱しそうだったが、新しいお客が来たことに気づいて、意識を切り替えた。



 その日の営業が終わると、ジェイクと後片づけを始めた。
 今日は客入りが続いて、売上もまずまずだった。
 
 俺は各テーブルの拭き作業をしながら、ジェイクに指示を出していた。
 彼は一つ言えば、二つか三つの勢いで仕事を覚えてくれるので、弟子として扱いやすいように感じた。

 二人でテキパキと作業を進めると、あっという間に片づけが終了した。

「お疲れ様でした。これ、アイスティーです」

「喉が乾いていたので、とてもありがたい」

 ジェイクにグラスを手渡すと、彼の表情が少し緩んだように見えた。
 最初に会った頃よりも距離が縮まったようで、そこまでの緊張感はないように感じている。

「うーん、定期的に臨時休業していたので、さすがに長期の休みは避けたいところなんですよ。あっ、定期的にの意味が変ですかね」 
 
「いや、それは構わないが、たしかに師匠の言う通りだな。オレが自分の店を持っていたとしても、同じことを考えるはずだ」

 ジェイクが「師匠」と呼んでくれたことに、照れてしまいそうだった。

「俺は王都に行ったことがないので、どんなところか気になります」

「ここよりも大きな街で、人の数もずいぶん多い。栄えている分だけ、色んな情報が得られるし、学べることもたくさんある」

 ジェイクは故郷を思うように、遠くを見るような目をしていた。

「一度、行ってみようかな……」

「もし、王都に行くなら、その間はオレが店を切り盛りする」

 何気なく呟いただけなのだが、ジェイクが真剣な顔でこちらを見ていた。

「うーん、そうですか。もう少し考えさせてください」

「うん、問題ない」

 最初はそこまででもなかったが、俺の中で王都へ行くことへの気持ちが少しずつ大きくなっていた。
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