54 / 473
王都出立編
焼肉への評価
しおりを挟む
調理場へ戻って、いつものように準備を始めたが、緊張を覚える自分に気づいた。
転生前の記憶は影響しづらくなっているものの、今でも他人に評価される場面になると動悸のようなものを感じて、息苦しくなることがある。
俺は深呼吸して息を整えてから、目の前の作業に焦点を合わせた。
手早く肉と野菜を用意した後、タレや食器類はジェイクに任せる。
食材をテーブルに運ぶと、ブルームは興味深そうに目を細めた。
「ほう、この肉を鉄板に乗せて焼くのだね」
「はい、そうです。十分に火が通ったら、こちらのタレで召し上がってください」
「では、焼いてみるとしよう」
ブルームは肉を木製のトングで掴み、鉄板の上に乗せた。
熱された鉄板で肉が焼けると、食欲をそそる匂いが立ちのぼる。
「これはよいな。見た目にも面白い」
「ありがとうございます」
「ところで、この野菜はいつ乗せれば?」
「お好きなところで。肉だけでは単色になってしまうので、色どりのためにも盛りつけてありますが、焼き野菜もけっこういける味です」
ブルームは大臣に勧めるという目的があることで、食材や味つけなどを詳細に知りたいのだろう。
肉の焼き加減を気にしながら、それ以外の情報にも意識が向いているように見えた。
「――そろそろ、焼きあがったようだな。頂くとしよう」
ブルームは取り皿に焼けた肉を取ると、フォークでタレにつけて口に運んだ。
すぐに感想を述べることなく、じっくりと味わうように咀嚼している。
「……なるほど、ジェイクがここまで来たのも分かる味だ。肉の旨味が十分に引き出されて、このタレと脂が絶妙な組み合わせをしている」
ブルームの感想が前向きな内容で、ホッとする心地だった。
俺と同じようにジェイクも心配してくれたようで、安心するような表情を見せた。
「ごちそうさま。また来るねー」
ブルームの様子に気を取られていると、先に来ていたお客が帰るところだった。
声の様子から満足してもらえたようなので、特に問題なかったと判断した。
「どうも、ありがとうございました。……後片づけをお願いしてもいいですか」
「問題ない」
ジェイクに片づけを頼むと、お客が後にしたテーブルへ素早く向かった。
ブルームの方に視線を戻すと、今度はニンジンや玉ネギを鉄板に乗せていた。
「じっくり焼いた方が野菜の甘みが引き立つので、少し時間がかかります」
「分かった。鉄板の空いたところで肉を焼いて待とう」
今のところ、ブルームの人柄を測りかねている。
最初は横柄に感じる態度だったが、焼肉に興味を持ってからは穏やかになった。
ジェイクやブルームの話している「大臣」が厳しいのか、あるいはブルームの忠誠心が高いのかも分からない。
少なくとも、大臣へ焼肉を出そうと考えていることだけは判断することができた。
考えごとをしながら、ブルームの様子を見ていると、焼き野菜を食べ始めるところだった。
彼はニンジンをフォークで刺して、タレを絡ませて口にした。
「……このニンジンは甘いな。王都で売られているものよりも歯ごたえもよい」
「この町の市場で仕入れたものです」
「ふむっ、同じ野菜でもここまで味が違うのも興味深い」
ブルームはニンジンを一度かじり、二度かじり、しっかり咀嚼して味わっている。
「お口に合ったようでよかったです」
「斬新な食べ方だが、誠に美味な料理だった。そなたには失礼だが、年輩故に食が細くてな。この量の肉は食べきれぬ」
「いえいえ、お気遣いなく」
ブルームは口先だけでなく、申し訳なさそうな態度だった。
「代金はいくらだったかな」
「銀貨一枚です」
「これでちょうどだ」
ブルームは懐から一枚の銀貨を取り出すと、まっすぐにこちらに差し出した。
「ありがとうございます」
「して、一つ頼みがあるのだが、聞いてはくれまいか」
「……どんな内容でしょう?」
「王都へ赴いて、大臣にこの料理を振る舞ってほしい」
「はぁっ、焼肉をですか」
何となく予想していたものの、実際に言われると反応に困る。
まず、第一に店をどうするかに意識が及んだ。
「すぐにとは言わぬ。わしは今晩この町に泊まる故、明日まで返事を待たせて頂こう」
「……分かりました。それまでに答えを出します」
「前向きな返事を期待しておる。それからジェイクよ、気が変わったら、いつでも王都へ戻ってくるといい」
ブルームは俺とジェイクに目配せをすると、貫禄のある佇まいで去っていった。
思わぬ出来事に混乱しそうだったが、新しいお客が来たことに気づいて、意識を切り替えた。
その日の営業が終わると、ジェイクと後片づけを始めた。
今日は客入りが続いて、売上もまずまずだった。
俺は各テーブルの拭き作業をしながら、ジェイクに指示を出していた。
彼は一つ言えば、二つか三つの勢いで仕事を覚えてくれるので、弟子として扱いやすいように感じた。
二人でテキパキと作業を進めると、あっという間に片づけが終了した。
「お疲れ様でした。これ、アイスティーです」
「喉が乾いていたので、とてもありがたい」
ジェイクにグラスを手渡すと、彼の表情が少し緩んだように見えた。
最初に会った頃よりも距離が縮まったようで、そこまでの緊張感はないように感じている。
「うーん、定期的に臨時休業していたので、さすがに長期の休みは避けたいところなんですよ。あっ、定期的にの意味が変ですかね」
「いや、それは構わないが、たしかに師匠の言う通りだな。オレが自分の店を持っていたとしても、同じことを考えるはずだ」
ジェイクが「師匠」と呼んでくれたことに、照れてしまいそうだった。
「俺は王都に行ったことがないので、どんなところか気になります」
「ここよりも大きな街で、人の数もずいぶん多い。栄えている分だけ、色んな情報が得られるし、学べることもたくさんある」
ジェイクは故郷を思うように、遠くを見るような目をしていた。
「一度、行ってみようかな……」
「もし、王都に行くなら、その間はオレが店を切り盛りする」
何気なく呟いただけなのだが、ジェイクが真剣な顔でこちらを見ていた。
「うーん、そうですか。もう少し考えさせてください」
「うん、問題ない」
最初はそこまででもなかったが、俺の中で王都へ行くことへの気持ちが少しずつ大きくなっていた。
転生前の記憶は影響しづらくなっているものの、今でも他人に評価される場面になると動悸のようなものを感じて、息苦しくなることがある。
俺は深呼吸して息を整えてから、目の前の作業に焦点を合わせた。
手早く肉と野菜を用意した後、タレや食器類はジェイクに任せる。
食材をテーブルに運ぶと、ブルームは興味深そうに目を細めた。
「ほう、この肉を鉄板に乗せて焼くのだね」
「はい、そうです。十分に火が通ったら、こちらのタレで召し上がってください」
「では、焼いてみるとしよう」
ブルームは肉を木製のトングで掴み、鉄板の上に乗せた。
熱された鉄板で肉が焼けると、食欲をそそる匂いが立ちのぼる。
「これはよいな。見た目にも面白い」
「ありがとうございます」
「ところで、この野菜はいつ乗せれば?」
「お好きなところで。肉だけでは単色になってしまうので、色どりのためにも盛りつけてありますが、焼き野菜もけっこういける味です」
ブルームは大臣に勧めるという目的があることで、食材や味つけなどを詳細に知りたいのだろう。
肉の焼き加減を気にしながら、それ以外の情報にも意識が向いているように見えた。
「――そろそろ、焼きあがったようだな。頂くとしよう」
ブルームは取り皿に焼けた肉を取ると、フォークでタレにつけて口に運んだ。
すぐに感想を述べることなく、じっくりと味わうように咀嚼している。
「……なるほど、ジェイクがここまで来たのも分かる味だ。肉の旨味が十分に引き出されて、このタレと脂が絶妙な組み合わせをしている」
ブルームの感想が前向きな内容で、ホッとする心地だった。
俺と同じようにジェイクも心配してくれたようで、安心するような表情を見せた。
「ごちそうさま。また来るねー」
ブルームの様子に気を取られていると、先に来ていたお客が帰るところだった。
声の様子から満足してもらえたようなので、特に問題なかったと判断した。
「どうも、ありがとうございました。……後片づけをお願いしてもいいですか」
「問題ない」
ジェイクに片づけを頼むと、お客が後にしたテーブルへ素早く向かった。
ブルームの方に視線を戻すと、今度はニンジンや玉ネギを鉄板に乗せていた。
「じっくり焼いた方が野菜の甘みが引き立つので、少し時間がかかります」
「分かった。鉄板の空いたところで肉を焼いて待とう」
今のところ、ブルームの人柄を測りかねている。
最初は横柄に感じる態度だったが、焼肉に興味を持ってからは穏やかになった。
ジェイクやブルームの話している「大臣」が厳しいのか、あるいはブルームの忠誠心が高いのかも分からない。
少なくとも、大臣へ焼肉を出そうと考えていることだけは判断することができた。
考えごとをしながら、ブルームの様子を見ていると、焼き野菜を食べ始めるところだった。
彼はニンジンをフォークで刺して、タレを絡ませて口にした。
「……このニンジンは甘いな。王都で売られているものよりも歯ごたえもよい」
「この町の市場で仕入れたものです」
「ふむっ、同じ野菜でもここまで味が違うのも興味深い」
ブルームはニンジンを一度かじり、二度かじり、しっかり咀嚼して味わっている。
「お口に合ったようでよかったです」
「斬新な食べ方だが、誠に美味な料理だった。そなたには失礼だが、年輩故に食が細くてな。この量の肉は食べきれぬ」
「いえいえ、お気遣いなく」
ブルームは口先だけでなく、申し訳なさそうな態度だった。
「代金はいくらだったかな」
「銀貨一枚です」
「これでちょうどだ」
ブルームは懐から一枚の銀貨を取り出すと、まっすぐにこちらに差し出した。
「ありがとうございます」
「して、一つ頼みがあるのだが、聞いてはくれまいか」
「……どんな内容でしょう?」
「王都へ赴いて、大臣にこの料理を振る舞ってほしい」
「はぁっ、焼肉をですか」
何となく予想していたものの、実際に言われると反応に困る。
まず、第一に店をどうするかに意識が及んだ。
「すぐにとは言わぬ。わしは今晩この町に泊まる故、明日まで返事を待たせて頂こう」
「……分かりました。それまでに答えを出します」
「前向きな返事を期待しておる。それからジェイクよ、気が変わったら、いつでも王都へ戻ってくるといい」
ブルームは俺とジェイクに目配せをすると、貫禄のある佇まいで去っていった。
思わぬ出来事に混乱しそうだったが、新しいお客が来たことに気づいて、意識を切り替えた。
その日の営業が終わると、ジェイクと後片づけを始めた。
今日は客入りが続いて、売上もまずまずだった。
俺は各テーブルの拭き作業をしながら、ジェイクに指示を出していた。
彼は一つ言えば、二つか三つの勢いで仕事を覚えてくれるので、弟子として扱いやすいように感じた。
二人でテキパキと作業を進めると、あっという間に片づけが終了した。
「お疲れ様でした。これ、アイスティーです」
「喉が乾いていたので、とてもありがたい」
ジェイクにグラスを手渡すと、彼の表情が少し緩んだように見えた。
最初に会った頃よりも距離が縮まったようで、そこまでの緊張感はないように感じている。
「うーん、定期的に臨時休業していたので、さすがに長期の休みは避けたいところなんですよ。あっ、定期的にの意味が変ですかね」
「いや、それは構わないが、たしかに師匠の言う通りだな。オレが自分の店を持っていたとしても、同じことを考えるはずだ」
ジェイクが「師匠」と呼んでくれたことに、照れてしまいそうだった。
「俺は王都に行ったことがないので、どんなところか気になります」
「ここよりも大きな街で、人の数もずいぶん多い。栄えている分だけ、色んな情報が得られるし、学べることもたくさんある」
ジェイクは故郷を思うように、遠くを見るような目をしていた。
「一度、行ってみようかな……」
「もし、王都に行くなら、その間はオレが店を切り盛りする」
何気なく呟いただけなのだが、ジェイクが真剣な顔でこちらを見ていた。
「うーん、そうですか。もう少し考えさせてください」
「うん、問題ない」
最初はそこまででもなかったが、俺の中で王都へ行くことへの気持ちが少しずつ大きくなっていた。
59
お気に入りに追加
3,382
あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~
Ss侍
ファンタジー
"私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。
動けない、何もできない、そもそも身体がない。
自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。
ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。
それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

知らない異世界を生き抜く方法
明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。
なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。
そんな状況で生き抜く方法は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる